6-11 お前と俺と、何が違うっ!?

『――ムジカ・リマーセナリー!!』


 ハッと。聞き馴染みのない声に目を見開いた。

 ナイトをまた一機空に堕とし、現在の敵残機は五体ほど。仲間を助けていた敵機が戻ってくるにしても、そろそろ始めてもいいだろうと思っていた頃合いだ。

 だが完全なノイズに目を覚まされた。冷水を浴びせられたような感覚に、ムジカは周囲を探った。通信は空賊からのものではなかった。

 異変は遠くを行くドヴェルグのフライトシップから。何かがあったのか、巻き上がる煙。そしてその下方にいつの間にやら現れた、三機の<ナイト>と――


「――リムっ!!」


 ムジカは息を呑んだ。

 <ナイト>の一機が、大事そうにリムとレティシア、二人を抱えている。残りの<ナイト>が彼女たちをかばうように機動しているが、向かう先はセイリオス――つまりは味方だ。

 通信を入れてきたのは二人を抱える先頭の<ナイト>だろう。彼女は矢継ぎ早に言ってきた。


『レティシア様とリム嬢は救出した! もうしばらくすれば警護隊の一部が救援に来る! もうしばらく持ちこたえてくれ!!』

「――! 了解した! アンタたちはとっとと撤退しろ!!」


 こちらの返答を聞き届けると。

 どこの誰かは知らないが、セイリオスの<ナイト>三機が雲海の中に身を隠すことを選んだ。リムとレティシア、生身の二人には少々辛いだろうが。それでも不可視の雲の中を行ったほうが安全だ。メタルに遭遇するなんてよほどのアクシデントがない限り、無事でいられる。

 こちらを見上げる少女の瞳が、やがて雲の中へと消える――彼女が何を思っていたのか、この短時間ではわからない。

 だがそれでも無事でいてくれたという事実に、ムジカは音にならない声を漏らした。


(……よかった……)


 安堵の対価は、極限状態だからこその集中の崩壊だった。

 全身が軋む。呼吸は浅く、体中が汗ばんで気持ち悪い。疲労感と倦怠感の中で、“亡霊”としての自分が薄れていく。

 まだ状況は終了していない。勝利条件は再び変更された。リムたちが逃げる時間を捻出すれば、後はこんな面倒に付き合う必要はない。最後の気力を振り絞って、ムジカは全身に活を入れた――

 それとほぼ、同じタイミングだった。


『――ムジカ・リマーセナリーっ!!』

(ようやくお出ましか……!)


 また名を呼ばれて、辟易とムジカはそちらを見やった。<ナイト>より大型の、暗青色のノブリスが突っ込んでくる。

 名前も知らない<ヴァイカウント>級。機体名はついに聞かなかったが。


「なんでどいつもこいつも、俺のことフルネームで呼ぶかな……!」

『下がれ!! お前らはもうコイツに手を出すな――こいつは俺がやる!! お前らはさっきの<ナイト>を追え!!』


 ぼやくのと、フリッサの命令が聞こえてくるのもほぼ同時。傍目には何も見えない雲海の中を捜索するのはかなりの無謀だ。見つかるはずもないが、それでも命じたのは何か理由があるのか――

 だがそれを見送るつもりはなく、ムジカはこちらを無視して雲海へ向かおうとした一機に突撃した。


『ひっ――』


 ブースター全力機動、背部ブラストバーニア全点火。爆音を置き去りにして、遠くの横合いを抜けようとしていた一機を捉える。悲鳴は耳ではなく肌で感じた。

 そしてその敵に魔弾をばらまく。狙いはブーストスタビライザーと、フライトグリーヴだ。機動力を削ぐ。それでリムたちを追えなくしたうえで、更に叩き落して更なる時間稼ぎを――

 魔弾の一発がスタビライザーを撃ち抜いたが、組み立てた作戦はそこで取りやめた。


 フリッサだ。ちょうど先ほどの再現になる形で、ムジカがフリッサを追いかけてきている。魔弾をばらまいてくるのまで一緒だ。ただしあちらのほうがガン・ロッドの質はいい。より遠距離から撃ち込んでくる。

 その間に先ほどの<ナイト>が逃げるが――


(ちょうどいいか!)


 ぶん殴りたいツラがわざわざ近づいてきてくれた。

 ムジカはその場で反転した。同時に側転するように機動し、こちらに殺到する魔弾の弾幕の隙間に体を差し込むようにして避ける。

 そうしてひっくり返った世界から。迫るフリッサに全力の突撃をかました。


『くっ……!!』


 急襲だが、フリッサは即応。イレイス・レイの脅威を把握しているからか、直線上には留まらない。

 横に大きく逃げたフリッサを通り過ぎたが、ムジカはすぐさま反転した。全身をひねるようにして、ひっくり返った世界を正しながらガン・ロッドを撃つ。

 直撃させられたなら御の字だが、相手も通り過ぎたこちらを背中越しに見ていた。そして避けない――魔弾はガントレットで受ける。辺りに轟音が響くが……敵はびくともしない。

 爵位持ちノブリスはこれが厄介だ。よほどの攻撃以外は致命傷になりにくい。十分な機動力と攻撃力を確保したうえで、強固な装甲厚で機体を守ることができる――


(ならやっぱ、突っ込むしかねえか!)


 決断というほどの強さはない。だが割り切って身構える――

 だが相手も同じことを考えていた。飛び回るムジカを相手に遠間では崩せないと踏んで、突っ込んでくる!


「――上等だ」


 相手が来るならこちらからも行ってやる。敵の突撃に突撃を合わせた。

 突き出された右腕、そのスパイカーが吐き出した魔槍をブラストバーニアでかわしながら、ムジカは飛び込んできた敵に銃剣を振り下ろす。

 それをガン・ロッドで受け止めながら。


『――なんなんだよ、お前は……!!』

「……?」

『これだけのことができて、なんでお前は!!』


 軋るように、フリッサが言う。

 等級差を思えば押し合いで不利なのはこちらだ。あくまで<ナイト>級の“クイックステップ”では、<ヴァイカウント>に抗しえない。であれば即座に仕切り直すのが正しいのだが。

 それでもつい、フリッサの叫びに聞き入った。


『同じ傭兵のくせに――俺たちは! お前を殺さなきゃ、帰る場所すらないんだよ!!』


 それはただの、支離滅裂な泣き言だった。

 

『同じ傭兵のくせに、なんでお前は前ばっか見てる――どうしてお前はこんなにも違う!?』

「アホどもの首輪付きだからだろ。イヤなら出てけよ!!」

『出てって、これだけの傭兵団をどうやって食わしてくって言うんだよ!?』


 当人以外には聞く価値のない――だが当人にとっては心の底からの絶叫。

 それと共に。フリッサが機体を前へ押し込んでくる。


『傭兵の黎明は始まる前から終わった。今となっては傭兵なんざアウトローの代名詞だ。この空は俺たちに優しくない――出てってどうなる? 無理難題を押し付けられて、はした金を稼ぐ日々か? それともまた汚れ仕事をやらされて、どこにも居場所がなくなって。末路は空賊か? それを俺たちにやれって言うのか!』

「今だって似たようなもんだろうが!!」

『それでも、飯は食えるんだよ!!』


 体勢を崩される前にムジカはガン・ロッドを振り払った。

 突っ込んでくる敵を前に後ろには下がらない。後退こそがスパイカー持ちの狙い目だとわかっているからだ。超短射程の、限界まで圧縮された魔弾――魔槍はその距離でこそ真価を発揮する。

 迫る敵の肩に触れ、飛び越えるように頭上を舞った。場所を入れ替えて二人、背後を振り向いて武器を振りかざす。

 振り向きざまの更なる一撃。魔槍の軌道にイレイス・レイを重ねて殺した。その上で踏み込んで――つま先を突き刺す。敵の腹へ。

 ダメージはバイタルガードの装甲を凹ます程度だが、それでも敵を吹き飛ばした。

 距離を取って睨み合う――間も、フリッサの嘆きは続く。


『生きていけるんだ。どれだけ血で手を汚したとしても、唾を吐きかけられたとしても。ノーブルに奪われて、踏みつけにされて、それでも生きてくためにはそうするしかなかった。なのに……なんでお前は――」

「ちっ……!」

『なんでお前は、俺たちとこんなにも違う? なんでだ――!!』

「――!!」


 その言葉には、流石のムジカも呼吸を止めた。


「知ってるのか?」

『知らなかったさ! だけど、知ってるやつがいた――ノーブルに何もかもを奪われ、地獄を見た挙句に故郷からも捨てられたクソガキのことはな! 俺たちだってそうだ! あいつらに全部――何もかも全部奪われた! なのにどうして……どうしてお前は!!』

「知るかよ鬱陶しい!!」


 つい言い返してガン・ロッドをぶっ放したが、ハッキリ言って悪手だった。

 対してダメージにならないことに余力を割いた。ガントレットを盾にして、フリッサが突っ込んでくる――スパイカーに燐光。常よりも更にその光が強かったことで、相手がこれで決めるつもりだと悟った。


『ノーブルに虐げられてきた! 傭兵として生きるしかなかった!! 俺とお前は同じはずだ! それなのに――お前と俺と、何が違うっ!?』


 絶叫に、囁きを返した。


(――


 だから迫るフリッサを前に、ムジカは正面から受けて立つ。

 スパイカーを突き出して踏み込んでくる敵に、退

 敵を誘う――その中で置き去りにしてその場に残すように。手首のスナップだけで、共振器を投げつける。


『取った……!!』


 勝ち誇りの結果は、爆発でもって示された。

 魔槍を突き破って共振器が進む。残存魔力を失う前に、共振器はスパイカーの基部に突き立った。破壊されたスパイカーに押し込められた力が暴発する。

 限界ギリギリまで圧縮された魔力が、制御を失って膨れ上がる――


 その爆発の中を。ムジカは全力で前進した。


 灼熱の中にその身をさらして――共振器を失った左腕を振りかぶる。

 愕然とこちらを見る、<ヴァイカウント>に静かに告げた。


「寝てろ、クソッタレ――いい迷惑だった」


 そして顔面をぶち抜いた。

 <ヴァイカウント>のバイザーが砕け、のけぞるように背後に吹き飛ぶ。ノブリスの機動も乗せた全力だ。生半な一撃ではない――が、殺すほどの威力もない。

 気を失って空から堕ちていくフリッサを、慌てて空賊の<ナイト>が捕まえた。リムたちを探していた全機も、フリッサの敗北を受けて動きを止める。

 そいつら全員に向かって、広域通信で呼びかけた。


「まだやるってんなら本気でやるぞ! そこのバカ連れてとっとと失せろ!!」


 実際には、かかってこられても困る。共振器を失ったのは相当な痛手だ。ノブリス“クイックステップ”の攻撃力は大半がアレ任せ。ここからまだ戦闘を続けるというのなら、覚悟を決めなければならないが。

 と、不意に上位者からの強制通信。バイザー内モニターに開かれたウインドウの中にいたのは……

 見覚えのある顔だ。確か、ジョドスンとかいう。

 初めて見た時にはそれほど歳を取っていたようにも見えなかったが。だが今は敗北に打ちひしがれ、うなだれて老人のようにしぼんでいる――

 その彼が最初に言ってきたのが、これだった。


『……殺さんのかね?』

「アホか。お前らがリムたち攫ったからやりあってるだけだ――リムに手を出してたら、本当に全員殺してやってよかったがね。必要がないなら、誰が好んで人殺しなんかするか。さっきも言ったぞ、とっとと失せろ」

『……どこへ行けと言うのだ?』

「……ああ?」

『貴様を殺すという任務は失敗した。もう一つの任務であるノブリス“ロア”も回収もだ。“ロア”の魔道機関だけは回収できたが、それだけ。失敗をカバーする“手土産”も失った――レティシア・セイリオスを取り逃した時点で、我々全員の空賊認定も免れまい。となれば、本島の連中も我々の失敗を許すことはあるまい……たとえ私の口添えがあったとしてもな。これで、どのツラ下げて帰れと言うのだ?』

「知るかよ、しゃらくさい。だから俺に死ねって言う気かよ」


 思わず吐き捨てる。実際、それこそがこの男の願いなのだろうが――

 ムジカの想いは変わらない。フリッサに先ほど言い返したのと同じことを、ムジカはうんざりと呟いた。



 違うというのなら、これこそが本当の違いだ。

 浮島所属の傭兵か、それとも本当に自由な無所属の傭兵か。

 生まれは選べなかったとガディから聞いた。生まれた時には“ドヴェルグ”になるしかないと。そうして“奴隷”として虐げられてきたと――

 だがそこから先くらい、選んでもいいはずだ。

 それを考えたことがないわけでもないだろう。視線の先、ジョドスンが浮かべたのは疲れ切ったような笑みだ。


『さっき、若が言ったな? これだけの傭兵団を食わしていけるような空ではないと。私たちが生きて、食っていくにはこれしかないと……本当に傭兵になったとしても、いずれ干上がる。それはわかりきったことだ……それでもお前は、そうしろと言うのか?』

「そうだな……確かに傭兵をやってて、クソみたいなことばかりだったよ」


 記憶を振り返れば、確かに優しい空ではなかった。面倒な仕事ばかり押し付けてくるくせに、金払いの悪い連中ばかりだった。空で生きていた頃は食事にありつけない日もあったし、いつ死んでしまうかもわからない日々だった。終盤に至っては商売道具の<ナイト>はボロボロ、ガン・ロッドに至っては大破ときた。

 今暢気にしていられるのは幸運によるところが大きい。ラウルの伝手で学園に入学できていなければ、今頃路頭に迷っていただろう。最悪、今頃飢え死にしていたとしても文句は言えなかった。

 この空は傭兵に優しくない。故郷を捨てて飛び去った裏切り者の余所者に、浮島の住民が優しくする理由もない。傭兵はどこまで行っても鼻つまみ者だ。

 だがそれでも……思い出すのは“家族”の顔だった。


「それでも……俺は案外、楽しかったよ」

『……楽しかった、か』


 その言葉を繰り返して、ジョドスンは天井を見上げた。

 目を閉じて、祈るように。後悔を囁く。


『そうか……そうだな。たとえ死ぬとしても、奴隷よりはマシかもしれんな』

「…………」

『私がするべきだったのは……守ることではなく、連れ出してやることだったか』


 それも今となっては難しい。この後レティシアが彼らの罪を公表すれば、彼らは空賊として正式に指名手配される。

 スバルトアルヴに逃げ込まないなら、彼らは傭兵ですらなくなる――それを思えば、未来は決して明るいものではないが。

 だがそれ以上の言葉はなく、ムジカは無言で雲海の中へ消えていくドヴェルグたちを見送った。


 相手はどうせ空賊に認定される。そうでなくともこれだけの騒ぎを起こしたのだ。だから本当なら、ここで殺してしまっても問題はなかった。

 それでもそうしなかったのは、気分が萎えていたからだった。


 ――お前と俺と、何が違うっ!?


 記憶に蘇る声がある。一緒なのに、どうして違うのかと叫ぶ声。

 その問いかけにふと思った――もし誰にも手を差し伸べられず、故郷を追放されていたのなら。その可能性もしかしたらを考えたとき、あいつは自分だったのかもしれないと思った。

 胸の内にあったのは、同情だった。

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