6-10-2 お前たちだけが、特別だと思うなっ!!

 やがてぽつりと、だがあふれ出すように語り始めた。


「当主として、彼らを使っていた時には気づかなかった。彼らを酷使した。中には私を恨んでいる者もいるだろう――だが、便利だった。いくらでも汚れ仕事を押し付けられる、都合のいい道具だった。何でもやらせた。こき使った。それを当然として何も考えてこなかった」


 そこで一拍だけ間をおいて、ゆるゆると首を横に振った。


「……子供を見たんだ」

「子供?」

「ノーブルの非嫡子。将来“ドヴェルグ”になることが決まっていた子供だ。ドヴェルグのやつらに可愛がられて、笑っていた――初めて乗るノブリスに目を輝かせて、はしゃいでいた。それを見た時、初めて考えた……自分は彼らに、何をやらせてきたのかと」

「子供可愛さに、過ちに気づいたと?」

「そうだ。笑えるだろう――娘が産まれ、死んで、代わりに息子を産ませ直しても、あれほどの動揺はなかった。子供にあんなことをやらせるのかと、人にあんなことをやらせてきたのかと恐れおののいた。スバルトアルヴを守るため? とんだ欺瞞だ――私は今更になって、先祖と私が犯してきた罪を突き付けられたのだ!!」


 唐突にジョドスンが声を荒らげた。

 銃口はリムとレティシアに突き付けたまま、叫ぶようにして先を続ける。


「スバルトアルヴの体制はもう変えられない。本島は――あの島は“傭兵”に依存し過ぎていた。増長したノーブルどもに更生は期待できない。ならばせめて、守ってやらねばならん。それができるのは私だけだ――私だけしか、いなかったのだ!!」

「……その結果として、あなたの故郷が滅ぶとしても?」

「スバルトアルヴが滅ぶ? 勝手に滅べばいい!! 傲慢のツケを払う時が来たというだけだ。だがこの傭兵団は守る。それが私にできる、最初で最後の贖罪だ!」


 そしてジョドスンが一発を撃った。触れ合う距離にいるリムたちの真横。魔弾が格納庫の壁を叩いて一瞬だけ辺りを白く染めた。


「戦争が、今更私を止める理由になるか! あいつを止めろ!! でなければ、死なない程度に一発ずつ貴様らを撃つ! できないと思うな――私には、覚悟がある!!」


 その時だった。


「……覚悟?」


 ハッと。吹き出したのは、誰の声だったか。

 それが自分のものだと気づくのに、随分と時間が必要だった。


「――?」


 嘲笑だ。だけど、顔が強張って笑えない。だからそれは、きっとただの蔑みにしかならなかった。

 それでも構わない。音の消え去った静寂の中、リムは挑むようにその男を睨んだ。


「覚悟があれば、何をしたっていいって言うの? 大切な人を守りたいって気持ちなら、私にだってある。その人のために命を捧げることを覚悟って言うんなら――私にだって、その程度はある!!」


 そうだ。自分は今から死ぬのだ。あの人を殺させないために――あの人に未来を残すために。


「人質としてむざむざ生きながらえてなんかやるものか。私を殺して、そうしてあの人に殺されればいい。あの人が生きていけるなら、私にできることは何だってやる――それが死ねってことなら、いくらだって死んでやる!!」


 真正面から睨んでくる敵を睨み返して。この体の震えを悟られないよう、歯を食いしばって身構えた。


「私にだって、覚悟くらいある!! お前たちだけが――お前たちだけが、特別だと思うなっ!!」


 泣いてはならない。それだけを自分に命じて拳を握り締める。

 銃口がリムを見ていた。ジョドスンの怒りに揺れる瞳も。だがそれを恐れたくはない。

 そうだ。さっき自分で言ったのだ。あの人がくれた未来だと。だからこそ、あの人が生きていけるなら、喜んでこの身くらい捧げてみせる。


 ――誰がわかってくれるだろう。

 誰も彼もに裏切られ、震えていたあの日の孤独を。

 追い詰められた幼い自分が、せめてもの抵抗に死んでやろうなどと思ったことなど。


 ――誰が、わかってくれるだろう。

 そんな自分に最後まで、跪き続けた彼の想いを。

 “助けて”と縋るように泣いた自分に、二言なく請け負った彼の覚悟を。


 ――誰が、わかってくれるだろう。

 縋りついた対価として、

 だからこそ、救われたあの日に決めたのだ。

 この全身でもって彼に報いる。彼が死ぬ日が自分の死ぬ日だ。そして……彼より先に、彼のために死ねるなら。その時には喜んで身を捧げると。


 だから。


「――ふ、ふふ……フフフ――」

「……っ!?」


 不意の笑声に、ぎょっとリムは背後を振り向いた。

 いつの間にか、隣からリムの真後ろにまで移動していたレティシアが……笑っている。

 声を荒らげたのは――不思議なことに、ジョドスンだった。


「なんだ――何がおかしい!?」

「ふ、ふふ。いえ、失礼。ごめんなさいね――少し、羨ましくて」

「羨ましい……?」


 聞き間違いか? 本当に彼女はそう言ったのか? ジョドスンはその顔に困惑を浮かべたが、リムもそれはきっと同じだっただろう。

 そんなこちらを置き去りにするように、レティシアは笑う――


「大切な人のために命を懸ける覚悟、大変結構。ですが、私にはそんな覚悟はありませんもので。ですので――」


 と。

 呟いた、まさにその瞬間だった。


「――?」


 レティシアがリムを羽交い絞めにして後ろに跳んだ。何を、という暇もない――

 衝撃は、その直後にやってきた。


「うおっ!?」


 ジョドスンが悲鳴。フライトシップが下方からの衝撃に揺れ、全員が姿勢を崩す。次いで感じたのは風だ――レティシアとリムが元いた場所に、風穴が開いている。

 急変する事態の中でリムが見ていたのは、床下を突き破った魔弾だった。床下から、天井まで貫いて消えていった魔弾。

 いきなりの異変と吹き荒れた暴風に、誰もが何もできないでいる中――レティシアだけが止まらない。


「口、閉じていてくださいね?」


 リムにそう囁くと。

 そしてレティシアは有無を言わさず、その風穴へと飛び込んだ。


「なっ……!?――待て!!」

「……っ!!」


 ジョドスンの悲鳴のような呼び声も遅い。

 風穴の下は何もない空。悲鳴を堪えながらこちらを抱えるレティシアを見やれば、彼女はどこまでも真っすぐに正面を見据えている――笑みすらなく真剣な表情で、雲海を。

 こう叫ぶのが聞こえた。


「――ヤクト!!」


 そして答える声があった。


『まったく、あなたって人は!!』


 雲海が割れ、中からノブリスが飛び出してくる――三機の<ナイト>だ。肩には盾を背景にした翼と剣の紋章。

 セイリオス周辺空域警護隊。その一機が、レティシアとリムを空中で抱きとめた。残りの二機は素早く前に出て護衛を買って出る。

 その二人にだろう、リムたちを抱きかかえる<ナイト>が女の声で告げた。


『ヨナ、ユン。ターゲットは確保。全速力で離脱する。フォローは任せるぞ』

『ユン、任務了解』

『ヨナりょーかい。あーあー、とんだハズレくじだぜ。どーせならアタシも暴れたかったよ』

『遊ぶな、愚痴なら後で聞いてやる』

『なにナマ言ってんだ。愚痴ってな、今言うから気分いいんだろ? 後で言ったって――』

『うるさい黙れと言わなきゃダメか?』


 僚機二人が緊張感もなく言い合うのを呆然と聞きながら――

 リムが考えていたのは、たった一言、これだけだった。


(……助かっ、た……?)


 と。


「――ごめんなさい、リムさん」


 不意に声をかけられて、思わずリムは身を強張らせた。

 気づけば、リムとは逆の手に抱きかかえられたレティシアがこちらを見ている。その顔にはやはり笑みがあるが、いつもほどには穏やかではない。

 申し訳なさそうに伏し目がちで彼女が言ってきたのは、これだった。


「あらかじめ、お話しできたならよかったのですが……

「仕事……?」


 と、言われてハッと思い出す。そういえば元々は、そんな話で彼女に連れ出されたのだった。

 だがだからこそ、意味がわからない。仕事と言っても自分が何をしたというのか。さらわれて、怒鳴りつけただけだ。それが仕事……?

 こちらの疑問を察したのか、あらかじめ種明かしするつもりだったのか。一度だけ嘆息するように間を置くと、そうして彼女は言ってきた。


「あなたの仕事は、いざという時にムジカさんに発破をかけること。これだけが、選べる中で完全に犠牲のない唯一の未来でした」

「……未来?」


 さっきも、何か奇妙なことを話していた。未来視がどうとか、干渉がどうとか。それが何のことなのかも、リムにはわからない。管理者の血族がどうとかも言っていた気がするが、父からそんな話は聞いたことがなかった。

 だが彼女はそこについては説明する気がないようで、勝手に話を続けていた。


「本来なら、人質にされるのは私だけ。律義に彼は私を追いかけてきて、私の助命と引き換えに死ぬ。それが最初に見た未来……私もあなたと同じように、命令したんですけどね。浮島の管理者の命と、たかが傭兵、たかが学生一人の命では釣り合いが取れないって。算数の理屈で、彼は死んでしまいました」

「…………」

「彼の死なない道筋は、他にもいくつかありましたけど。そちらの場合は、別の誰かが代わりに死にます。誰も死なさずに収集をつける道筋は、たった一つしかありませんでした」

「それが……?」

「ええ。


 と、そこでレティシアはため息をついた。


「まあ、結果として私は彼に恨まれそうですけどね……あなたは彼の逆鱗ですから。やれやれです。浮島の管理者なんていうのは、なんともまあ割に合わないことで」

「…………」

「まあ、それはともかくとして――ヤクト。ムジカさんに通信を。助かったことを教えてあげてください。気が気でないことでしょうから」

『……あなたからお声がけしないでよろしいので?』

「私を憎んでるかもしれない相手とお話ししろと? 私にそこまでの度胸はありません」


 おどけたように言うレティシアだが。

 わずかに視線を伏せて、ぽつりと。弱音のように、彼女はこう言ってくる。


「ねえ、リムさん。一つだけ、ズルいこと言ってもいいですか?」

「……?」

「――私はあなたが羨ましい」


 彼女が呟いたのは、本当にその一言だけだった。

 そしてもうそれっきり、言葉もない――それに対して、リムが言える言葉も。

 ヤクトと呼ばれた<ナイト>はため息をつくと、空を見上げて叫び声を上げた。


『――ムジカ・リマーセナリー!!』

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