5-1 思い出せなかったらペナルティ、ですよ?

『レディィィス、アァァンド、ジェェントルメエエエエエンっ! ノッてるかぁぁあい!?』


 ――うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!


 観衆集まる第一演習場スタジアム。実況席からいつぞや見た金髪サングラスの男が叫び、それに咆哮じみた大歓声が答える。


『今日はいつもとはランク戦とはまた一風変わった試合をお送りするぜ――題して、セイリオス周辺空域警護隊、新人入隊テスト戦!! 現役警護隊員対、入隊希望者とのノブリス戦だ!! 今回の趣向は、この島セイリオスを守る警護隊隊員の紹介も兼ねてるぜ――俺たちを守ってくれる戦士たちがどれほどのものか、お前たちも知りたくないかぁ!?』


 ――うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!


「……なんだって急に、こんなバカげた催しが始まったんだ?」


 その辺りで。

 壁に立てかけられたモニターと、遠く――というより頭上から響いてくる大歓声の振動に、ムジカは呆れ声を上げた。

 スタジアム内部の控室兼ガレージ。いつの間にやら第一試合――というかオープン試合にエントリーされていたムジカは、出場準備を整えるとうんざりとため息をついた。


 何がどうしてこんなところにいるのかというと、全てはセシリアがムジカに話を持ってきた、周辺空域警護隊に一年生を入隊させるという話が原因だ。

 元々は即戦力となり得る見込みのある一年を中心に、少数を警護隊に組み込む予定だった。それがどこかで話が漏れたようで、声のかからなかった一年や、まだ隊員になれていない他学年のノーブルが殺到した。

 そうした者たちをふるいにかけるべく始まったのが、今回の入隊テストとかいうやつだった。


 ちなみにムジカがオープン試合に出場するハメに陥ったのは、そのオープン試合に同じく出場するもう一人から“命令”されたためなのだが。

 ため息をもう一度ついてから辺りを見回すと、壁際のハンガーには二機の<ナイト>級ノブリス――“クイックステップ”と“ブーケ”が懸架されている。その近くの床にアルマが胡坐をかいているのだが、現在彼女はマギコンを叩いて機体の最終チェック中だ。この場にリムがいないのは、彼女の不機嫌がまだ継続中だからだが。


 手持無沙汰を持て余して、ムジカはアルマのほうへ近寄った。

 暇だから手元でも観察しようと思ったのだが、それよりも一拍、彼女のほうが早かった。

 アルマはマギコンから目を離すと、一息ついてからこちらを見上げて言ってきた。


「助手よ、いいところに来たな。“クイックステップ”のチェック終わったから、キミも目を通しておいてくれ」

「わかった」


 頷いたのと同じころ、腕時計型携帯端末がデータを受信。端末を操作してチェック結果を表示しながら、ムジカは“クイックステップ”の前に立つ。

 改めて見やるが、ノブリス“クイックステップ”はさほど面白みのない機体だった。

 機体構成は、見た目にはほとんど<ナイト>の標準仕様。感応装甲を最小限にまで削ることで余剰出力の確保と軽量化を実施し、浮いた出力の分だけ随所にブラストバーニアを追加。推進用のブーストスタビライザーはレイアウトを調整し、前進性特化に変更。その程度の機体である。

 対して武装レイアウトは少々特異だ。ソードオフした銃剣付きガン・ロッドと、ダガータイプのイレイス・レイ共振器。近距離戦仕様なら二丁拳銃持ちという構成もあるが。格闘機の廃れた現代で一銃一刀流の武装レイアウトはあまり例を見ない――


「――正直に言うと、まだ準備不足の感が強いんだがね」


 と、かけられた声に視線を降ろした。

 床に座ったままのアルマはマギコンを見たままで顔を上げてもこないが、気配だけはこちらに向けて、言ってくる。


「作り始めたのが遅かったし、ブラストバーニアを一気に何十個もなんて偏った発注のせいで、部品揃うのが遅れたしで、完成したのは昨日の午後だ。キミにアジャストする暇がなかったが、使えそうかね?」

「昔、イヤになるほど使ってた機体だからな。コツは体が覚えてる。組付けに問題がないなら大丈夫だろ」

「そうかね。ま、ほとんどはリムくんが手掛けた機体だ。礼なら彼女に言っておくといい」


 そのリムは作っておいて傍にいないのだが。彼女の不機嫌はなおも継続中だ。

 と言って、今も本気で怒ってるのかは怪しいところだとムジカは疑っていた。思うに、引っ込みがつかなくなって怒ったふりを続けているだけな気がする。タイミングを逃して謝りにくいとか、そんな感じだ。

 むしろこちらから声をかけたほうがいいかもな……などと考えていると、ぽつりとアルマが言う。


「……曰くのある機体らしいね? リムくんが随分と気にしていたよ」

「そうかい……俺は気にしてないんだがなあ」

「そうかね? ……だとしたら、リムくんの危惧はあながち的外れとも言えんね」

「……あん?」


 奇妙な呟きに、ムジカは怪訝にアルマを見やった。彼女はしばらく、"クイックステップ"を見上げていたが。

 不意にこちらに顔を向けると、皮肉そうな笑みを浮かべて言ってきた。


「気づいてなかったのかい? キミ、さっきから随分と怖い顔をしているよ?」

「……怖い顔?」

「まるで、敵を殺すことを考えているような顔さ。そんな顔をするとわかっていたのなら、確かにこれをリムくんが作りたがらなかったのも理解はできる」

「…………」


 アルマの軽妙な、だが何かを見透かしたような言葉に、ムジカは無言を返した。

 敵を殺すことを考えている――それがどんな顔か、いまいち彼には理解できなかったが。一方で、わかるような気もした。

 まさしくこのノブリスは、"それ"を望まれて生み出されたのだから。

 それを語るのは面白いものではない。ムジカは早々に話を変えた。


「それより、そっちの“ブーケ”は? そっちはもう調整済んでるのか?」


 言いながら、ムジカは隣のハンガーを見やった。そこには昔アルマが作ったという純白のノブリス、“ブーケ”が懸架されているが。

 どこか女性性感じさせる<ナイト>、それが“ブーケ”だ。外観は研究室に置かれていた時と変化はないが、今はその傍らに専用のガン・ロッドが並べられている。

 

 試作ガン・ロッドとアルマは言っていたが、確かに見た目は既存のガン・ロッドとは違っていた。

 機体名の由来にもなったというガン・ロッド、ブーケ。特徴的なのは、先端に向かうにつれて放射状に広がっていく銃身だ。と言って一つの銃口がラッパのように口を広げているわけではなく、中央の銃身を寄り添って囲うように、六つのまた別の銃身が先端へと伸びていく。

 メインバレルとは別に赤く塗られたそれを、アルマはガン・セグメントと呼んでいた。各セグメントはどうも簡単に取り外せるようで、何故かスラスターまでついているが。


「……なんなんだ? このガン・ロッド。ガン・セグメントなんて単語も初めて聞いたけど。小さい銃口何個もつけるくらいなら、でかい銃口一つ設けたほうがいいんじゃねえのか? 連射系のガン・ロッドとも違うみたいだし……何が狙いでこんな形してるんだ?」

「これか? これなあ……」


 訊くと、アルマは露骨に嫌そうな顔をして、ゆるゆると首を横に振った。

 説明するのも嫌だと言うくらいの渋面で、ごまかすように、


「まあ、見てればわかるよ。学園入学前の幼い私が、向こう見ずな勢いだけで作った欠陥品だ」

「欠陥品?」


 学園入学前から彼女が何か作っていたというところも疑問だったが。

 訊くと、アルマはきっぱりとその欠陥を断言した。


「使用者を選びすぎる」

「っていうと?」

「機構というか、操作が特殊でな。適性のある人間しかうまく使えないんだが、今のところその適正持ちが一人しか見つかってない。他にも魔力消費がとんでもなくて、<ナイト>じゃ二割程度の能力しか発揮できないとかいろいろあるんだが。一番致命的なのはやっぱりそれだよ。作ったはいいが、ノーブル側の能力が足らなくてスペック発揮できないのは計算外だった――」


 と、ちょうどそんな話をしていた時だった。

 ばしゅん、と空気が漏れる音。ついでノブリス“ブーケ”のバイタルガードが解放。

 開かれた装甲の中から出てきたのは……髪の長い女性だ。体にまとわりついた金の髪を振り払うように首を振ると、“ブーケ”から抜け出して一息をつく――


「ふう……アルマちゃん。内部システムのチェック、完了しましたよ。ガン・ロッドとの同調も完璧。“ブーケ”なら全開の三割程度で運用できそうです……あら? どうしました?」


 生徒会長、レティシア・セイリオスその人だった。

 きょとんとしている彼女を指さしながら、アルマに訊く。


「……適性のある人?」

「うむ。困ったことに、これ以外に使える奴が出てこなかった」

「なんつーか、反則じゃねえかなあ。この人持ち出すのは」

「むう。なにかひどいこと言われてる気がします」


 話がわからないなりに唇を尖らせるレティシアに、ムジカは『気のせいだ』とうっちゃるように手を振った。

 そして実際問題、反則のようなものである――レティシアに限らないが、浮島の管理者の血族というのは。


 現存するノブリスの中でも、最高等級機とされる<公爵デューク>級を唯一動かせる血筋。それが浮島の管理者の血統だ。俗に“真なる蒼き血”等とも呼ばれるが、彼らは単純な量だけでも他のノーブルを圧倒する魔力を保有している。

 だがムジカが彼らを反則と断じるのはそれだけが理由ではない。加えてもう一つ、管理者たちの血族には――さほど知り合いがいるわけではないが――奇妙な特徴があった。

 それが異様なまでの、勘の鋭さだ。時折、まるで未来でも見通しているかのように行動する。ノブリス戦では異様なレベルで相手の動きを先読みできるとされるが、ラウルがまさしくその典型例だ。

 そして未来予知という点で言えば、レティシアもメタルの“巣”を発見するという前科持ちだ。ノブリスの腕前はまだ拝見していないが、管理者の血族としての異能めいたものは持っているように見える――……

 なんにしても、彼女は“ブーケ”から出てくると、改めるようにこう言ってきた。


「というわけで、お久しぶりです、ムジカさん。今日はよろしくお願いしますね?」

「よろしくも何も……そもそも、なんで俺がこんなことに付き合わされなきゃいけないのかもよくわかってないんだがな」


 入隊テストの開催は、まさしく唐突に決まったことだ。それまでまったく周知されていなかったのに、前々日あたりにいきなり発表された。

 急すぎる発表だったため人数は集まらないだろうと思っていたのだが、意外なことに結構集まった、らしい。やはり一年が多いようだが、二年や三年など若い学年からもそこそこ希望者が殺到した。

 チームを組んで参加する者もいれば、たった一人で参加を表明した者もいる。そうした者たちに合わせるように、チームにはチームで、一人には一人で警護隊の隊員が相手をする。そして勝てたなら入隊決定――というほど、単純なものではないようだが。

 胡散臭げに見つめた先、レティシアはニコニコ微笑んで答えてきた。


「それはまあ、私がこの浮島のトップなわけですから。オープニングを飾るにはこれ以上ないわけですが……一対一のノブリス戦ってランク戦と変わらないし、地味じゃないですか」

「……だから、俺も一緒に参加させてチーム戦にしたって?」

「オープニングは派手なほうが楽しいでしょう?」


 胸を張ってそう言い切るレティシアに、ムジカは胡散臭げに見つめ続けた――何が恐ろしいかと言えば、その間レティシアはわずかにも表情を変えなかったことだが。

 何の痛痒も与えられなかったことにため息をつくと、それを見計らったかのようにレティシアは困った顔をして、


「それに……ほら、最近警護隊についての噂が流行ってるの、ご存じないですか?」

「噂?」

「“役立たず”」


 言われて、思わずムジカは「ああっ」と声を上げてしまった。

 直接聞いたのは結構前のことだし、そんなのが噂になっているとも思っていなかったが。メタル襲撃事件を事前に防げなかったことを理由に、彼らがそんな風に呼ばれていたことをムジカは覚えていた。


「“巣”の発見にこそ失敗しましたが、彼らはこれまでセイリオスを守ってきた、大事なノーブルたちです。彼らが“役立たず”扱いされているのは、私としても本意ではないわけでして……ここらで一度、彼らの名誉も回復させておこうかな、と」

「それで、こんなお祭り騒ぎにしたって?」

「結構切実な問題なんですよ? 中には役立たず扱いが堪えて、落ち込んでしまった方もいるくらいなんですから。そういった方に奮起していただくためにも、彼らは立派なノーブルなんだということを知らしめなければならないわけで」

「だから、新人をダシに使うわけか?」


 新人と警護隊の面々なら、当然警護隊のほうが練度は高い。もちろん全戦全勝とはいかないだろうが、警護隊が勝ち越すことは目に見えている。

 つまりは政治だ。呆れて半眼を向けると、レティシアは口元を手で隠して悪だくみの顔を作った。


「あらやだ、人聞きが悪いですねえ……でもまあ、ノーブルのメンタルケアも必要なことですから」

「……そこまで気を使わなきゃいかんのか。大変だな、あんたも」

「それが浮島の管理者としての仕事ですから――あ。今のってもしかして褒めてくださいました?」

「いいや。感心半分呆れ半分だ」

「……むう。ほめてくださっても罰は当たりませんのに……」


 露骨に唇を尖らせて不満を表明するレティシアに、ムジカはひとまず肩をすくめてみせた。

 と。


『――それでは皆様、お待ちかねのぉ!! オープン試合開始――選手!! 入場でっす!!』


 ――う・お・お・お・おぉぉぉぉぉぉ!!


 実況の絶叫、観衆の大歓声にスタジアムが揺れる――

 どうやら時間らしい。ため息一つで気分を入れ替えると、レティシアに告げた。


「だそうだ。駄弁ってないでそろそろ準備するか」

「……その前に一つ。ムジカさん、よろしいですか?」

「? なんだ?」


 まだ何かあるらしい。そんなに時間があるわけでもないので、

 怪訝に見やった視線の先で、レティシアが言ってきたのはこれだった。


「宿題を出してたの、覚えてます?」

「宿題? って……あっ」


 言われてようやく思い出す。というか、今の今まで完全に忘れていた。

 というのも、先日のメタル襲撃の直前に言われたことだ。ムジカは初対面だと思っていたが、彼はこのレティシアと以前、どこかで会ったことがある、らしい。

 らしいというのはムジカにはそんな覚えが全くないからで、だからこそ思い出すことをレティシアから要求されていたわけだが。

 忘れていたのも問題であれば、今した反応も問題だった。

 視線の先には眉間にしわを寄せたレティシアの怒り顔。ずいっとこちらに身を乗り出すと、唇をへの字に曲げて言ってくる。


「むー。むーですよ。むー。その様子ですとムジカさん、一度も宿題のこと考えてなかったでしょう。私のことも全く思い出してませんね? むーですよむー」

「……怒ってるつもりなのはわかるんだが。アピールの仕方がちょっとガキ臭すぎねえか? あんた、俺より年上――」

「……む゛ー……?」

「……オーライ。俺が悪かったから、唸りながら上目遣いに睨んでくるのはやめてくれ」


 眉間にしわを寄せたまま凄惨に微笑むレティシアに、ムジカは両手を上げて降参を示した。

 と、それを見届けた瞬間に、レティシアはパッと笑顔の怒り顔が消してみせた――といって次に現れたのは、イタズラを思いついた子供のような怪しい微笑みだったが。


「じゃあこれも忘れちゃってますか?」

「これって?」

「――?」

「……ああ?」


 そして、レティシアが要求してきた“ペナルティ”に――

 ムジカは“なんだそりゃ”と“あんた何考えてんだ”と“やりたくねえ”を全力で表情にした。

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