5-2 はああっ!?

「――お、リムちゃん見っけ。おーいっ!!」

「…………」


 ほっといてほしい時に限って、なんでかこの人によく遭遇するな、と。

 思わず寄りかけた眉根をどうにか自制しながら、リムはゆっくりと顔だけそちらを見やった。

 父とやってきた、第一演習場スタジアムの観客席。無駄に広いし人も多いので、この中で待ち合わせもなく知り合いと遭遇することなどまずないと思っていたのだが……なんでか視線の先には、元気に手を振ってくるアーシャを筆頭に、いつものバリアント三人組がいた。

 別に相手が悪いわけでもないし、思うところはあっても嫌いではないので普段なら挨拶を返すのだが。少々気分が滅入り気味だったので、わずかに挨拶を返すのが遅れた――


「ぃぎっ!?」

「やあ、三人とも。久しぶりだ。元気にしてたかな?」


 ら、そのわずかの間に父に頭を下げさせられた。

 挨拶が遅れたから叱られたというよりは、邪魔だったからどかしたというような雑さだ。思わず父を睨むが、父はよそ用の微笑みを浮かべるだけでこちらのことなど気にもしない。

 そしてその頃には、駆け寄ってきたアーシャが父にあいさつしていた。


「ども、ラウル先生。ご無沙汰してます――隣って空いてます?」

「ああ、空いてるよ。一緒に観戦するかね?」

「ぜひ! あとリムちゃん、おっはー?」

「……おはようございます」


 ひとまず邪魔な父の手をどけてから、リムは挨拶を返した。父のせいで格好がつかないのが腹立たしいが、不機嫌でむくれて子供臭いと思われるのも癪なので、素知らぬ顔をする。

 と。


『レディィィス、アァァンド、ジェェントルメエエエエエンっ! ノッてるかぁぁあい!?』


 ――うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!


「うわあ。すごい、盛り上がってるなあ……」


 突然始まった実況に、ノリノリな観衆たちの咆哮。大音声に驚いたのはクロエだが、その声ですら喚声にかき消されてしまいそうなほどだ。


「今日の一試合目が、ムジカさんの試合なんだっけ? この前の決闘も結構人いたけど、今日はそれ以上にすごいね……」

「まあ、仕方ないよ。だって第一試合――じゃなくて、オープン試合は大本命が出場するんだもん」


 と、クロエの疑問に答えたのはサジだ。錬金科だからか、あるいはこういったものが趣味だからか。サジは事前にこの入隊テストの情報を集めていたらしい。

 ただわからなかったので、リムはきょとんと繰り返した。

 

「……大本命?」


 誰のことだろう。相手のこと? などと首を傾げていると。

 不意にぐりんとこちらに身を乗り出して、サジが大声を上げた。


「――生徒会長だよ!」

「わっ?」

「現生徒会長、戦闘科四年生レティシア・セイリオス! 現ナンバーズの中でも最強のランクワン――つまり彼女は、セイリオス最強のノーブルなんだ! 彼女は入学してからたった一年で、無敗のまま当時の生徒会長を降して現在の地位を得た! “ブーケ”は彼女が最終戦直前まで使っていた<ナイト>級ノブリスで――」

「――ストップ。サジ、ストップ。勢い抑えて。リムちゃん驚いてるから」

「あっと……ご、ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃって」

「い、いえ……こちらこそ、驚いてしまってすみません」


 いきなり早口でまくしたてられて、つい驚いてしまった。

 申し訳なさそうなサジにこちらもひとまず謝っておくと、彼は恥じ入るように頬をかく。


「ま、まあ、なんにしても、ランク戦一位の会長が注目されるのは当然なんだ。最近は挑戦者がいなくて、ずっとランク戦にも出てこなかったしね。一方の対戦相手はランク戦こそ振るわないけど、警護隊の中ではチームプレイの名手として知られてる人たちが来るんだって。だから、この第一試合目は注目の対戦カードなんだ」

「ふーん……あれ。じゃあムジカさんは? 今回は、そんなに注目されてないの?」

「ムジカは……どうかな。この前の襲撃での活躍は知られてるから、完全に注目されてないわけじゃないと思うけど……正直なところ、色物扱いの気配が強いかな」

「色物? なんで?」

「ムジカの使用機体がね……ちょっと、アクが強すぎるんだ――」


 クロエに言いながら、サジは自身のマギコンを操作して目の前にホロスクリーンを映し出した。

 空中に浮かぶのは、とあるノブリスのデータシートだ。リムが作り、ムジカが使う機体。パッと見には、ほとんどただの<ナイト>と変わらない。ただのマイナーチェンジのようにも見える――

 と、ラウルがぽつりと呟いた。


「――“”、か。まあ確かに、アレはアクが強いとしか言いようがないが――」

「父さんっ!!」

「おっとすまん。つい間違えた」


 おどけたように父が言う。思わず怒鳴りつけてしまったが、父は肩をすくめるだけだ。こちらの気持ちなど全く意に介していない。

 と。


「……“レヴナント”? これは、“クイックステップ”では……?」


 サジが気になってしまったらしい。おずおずと、だが好奇心に突き動かされた目で訊いてくる。

 今更ごまかしようもない。目を吊り上げて父を睨むが、父は肩をすくめるだけだ。

 こちらに苦笑を向けながらサジに説明する。


「“レヴナント”というのは、あいつが故郷で使ってた<ナイト>級の名前でね。仕様は“クイックステップ”とほぼ同じ……つまり“クイックステップ”は“レヴナント”のコピー機体だ。一部パーツが最新のものにアップグレードされているから、多少性能は上がってるかもしれんが……」


 そこで父は面白がるようににやりと笑うと、唐突にサジに吹っ掛けた。


「さて、サジくん? 錬金科のキミに、ちょっとクイズを出してみよう――この構成からこのノブリス、“クイックステップ”がどのような戦闘思想から生み出されたか、読み取れるかな?」

「……回答の前に、まず前提を。基本的に、ノブリスの戦闘はガン・ロッドによる射撃戦が前提となります。大昔には白兵戦機も存在しましたが、現代ではほとんど存在していない――これは“ジークフリートの悲劇”によるところも大きいですが、実はそれ以前から白兵戦用機は減少傾向にありました」

「ふむ。その理由は?」

「白兵距離での戦闘は、ノブリスの損傷率・大破率が著しく高くなるためです」


 と、そこで一区切り入れてから、サジは続ける。


「あまりにも単純な話をしますが、射撃戦には語るのもバカバカしい“当然”があります。それが敵との距離で……敵に近ければ近いほど、致命傷を負う確率が上がるんです。反応が間に合わなくなりますし、距離減衰のない魔弾の直撃ですから。極めて単純に、白兵距離は危ないんです」

「だが“クイックステップ”はその白兵距離――近接戦闘のための武装レイアウトだね?」

「ええ、はい。だからこその、この全身に取り付けられた姿勢制御スラスター……とは名ばかりの、ブラストバーニアなんだと思います」


 瞬間的な爆発を引き起こして、機体を機動させるブラストバーニア。全身至る所に増設された瞬発力特化のこの追加装備こそが、“クイックステップ”の最大の強みだとサジは言う。


「どんな状態であろうとバーニアで機体を吹っ飛ばして、回避を間に合わせる。ほとんどのノブリスが近接戦闘を度外視した中で、このノブリスだけはその逆を行っている――つまり、ノブリス“クイックステップ”は、近接戦闘という自分にだけ優位な距離での戦闘を、相手に押し付けることをコンセプトとした機体なんじゃないかとボクは思ってます」


 思う、と断言はしなかったが、その目には確信めいた強さがある。クロエは話が分からなかったのかきょとんとしていたが、アーシャは『へえー』と感心していた。

 対して、父の反応だが。


「ふむ……まあ、要所は押さえてはいるか。少なくとも、ノブリスに対する所見は正しいかな。そうだな……百点満点中、五十点を上げよう」

「ご、五十点?」


 サジには自信があったらしい。だが半分しか点をもらえなくて、目を丸くしていた。

 ラウルはそんな彼に苦笑して、点の配分を教えてくれる。


「サジくんが間違っているというわけではないよ。機体から戦闘思想を読み取ろうとするなら、まあその通りなんだ。だから五十点だ……が、

「運用……?」

「そう。どんな環境で使われることを想定し、実際にどんな敵に使われたか、さ……言っておくがアレ、真っ当な設計思想から生まれたものじゃないよ。サジくんが言ったように、遠距離主体機に近接戦闘を押し付けて優位に立とうとか、そんなまともなことは出来るが一切考えてない」


 不思議そうなサジに、露骨に呆れを浮かべてラウルが言う。


「一例としてだがね。サジくんが言ってくれた、ブラストバーニア。ムジカはアレを、回避よりも攻撃のために使うんだ」

「攻撃のための……?」

「近接戦闘機動の神髄というやつさ――アーシャくん。暇なときにアレを使ってるムジカと手合わせしてみるといい。

「えっ……キモい、んですか?」

「父さん……」


 他に言いようはなかったのかと、リムは父を半眼で睨んだ。いくらなんでも“キモい”はない。

 でも、とすぐにリムは表情を曇らせた。父は気持ち悪いと感じたようだが、リムの感想はそれとは違う。“怖い”だ。

 本気……つまりはなりふり構わなくなったムジカの戦闘機動を、リムは知っている。かつて一度、その力でとある<カウント>級ノブリスを血祭りにあげた――あの<ナイト>級ノブリスで。ただの一発ももらわずに。

 その時の彼のことを覚えているから。だから自分は、あの機体を好きにはなれない……

 と。


「……にしても、“クイックステップ”なあ?」


 どこかからかいの気配を含んだ父の声音に、リムは怪訝に父を睨んだ。

 父はリムがその名をつけたことを知っている。だからこそのぼやきなのだろうが。


「……なに、父さん。何か文句でも?」

「いや、文句ってほどのもんじゃないが。アイツのネーミングセンスは最悪だが、お前もわりと大概だぞ? “亡霊レヴナント”よりも“私と踊れダンス・ウィズ・ミー”って? 前々から思ってたがお前、ちょっと独占欲強すぎるぞ」

「は? な、ちょ……」


 なんてことを言うのか、この父は、と。

 思わず椅子から立ち上がると、リムは父を思いっきり怒鳴りつけた。


「そういうのじゃないっ!! そういうのじゃ――」

「リムちゃん……」

「……ちょっとそこ。アーシャさん。勘違いするのは勝手ですけど、生温い目でこっち見るのやめてください。本当にそういうのじゃないので」

「うんうん、わかる。わかるヨ、リムちゃん……気恥ずかしいんだね? でもなんだかんだでムジカ、いいお兄ちゃんだもんね。あたしも最初はなにあれーって思ってたけど。でも口は悪くても面倒見はいいし、意外に色々助けてくれるし。リムちゃんの気持ち、あたしは理解を示すよ――」

「クロエさん。ちょっとアーシャさん叩いてもらっていいですか」

「はーい。ほら、アーシャも。わかるって言うならいらないこと言わないの」

「アイタっ!?」


 バシィ、と耳に心地よく響く音。クロエが味方してくれたので、ひとまずリムは留飲を下げた。

 椅子に座り直して、誰にも聞こえないように小さく呟く。


「……本当に、そういうのじゃないもの」


 と――

 それを呟いたのと、ほぼ同じ時だった。


『――それでは皆様、お待ちかねのぉ!! オープン試合開始――選手!! 入場でっす!!』


 ――うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!


 不意の大歓声に、ハッとリムは顔を上げた。

 興奮した実況の宣言通りに、まず西側のゲートが解放される。暗闇の中から現れたのは――三体の<ナイト>級カスタム機。

 

「最初に登場したのは西サイド! 周辺空域警護隊所属――エフテイル三兄弟っ!! ランク戦でこそ振るいませんがこの三兄弟、実はセイリオス一のチームプレイのエキスパート!! 先日のメタル襲撃でも共同スコア32と上位入りを果たしています!! 三兄弟からは“一対一なら勝ち目はないが、チーム戦なら我ら三兄弟、生徒会長に負けずとも劣らず!!”と強気のコメントをいただいています!!」


 本当に強気なのかどうか、いまいち釈然としないコメントだった気もするのだが。それはまあともかく。

 西から現れたのは、赤・青・緑をそれぞれの基調としたカスタム<ナイト>だ。

 機体構成は二丁拳銃持ちの前衛機に、標準的な武装レイアウトをしたおそらく遊撃担当の中衛機、大型ガン・ロッドを持つ後衛機と、オーソドックスなスリーマンセル。機体を構成する各モジュールはそれぞれ専用のもののようだが、一部形状が三機で共通となっており、兄弟機と察せるようになっていた。

 対するムジカたちは、ムジカと生徒会長の二人しかいない。数的に不利なのは間違いないのだが……


「対する東サイドは!! 我らが生徒会長、レティシア・セイリオスと配下一名!! レティシア様のサイドはたった二名でのエントリーですが、その一人がレティシア様なら油断もできません!! しかも今日、彼女はランクワンとなる直前まで共にあった伝説のノブリス、“ブーケ”を纏っての参戦です!! さあ、伝説が入場――……っ!?」


 瞬間。


「……はっ?」


 それが誰の声だったのかもわからなかったくらい、唖然とした声が出た。

 ほんの一瞬だが、スタジアムが凍りつき――次の瞬間に爆発したのは、何の感情が含まれているのかもよくわからない喚声だった。


 ――う・お・お・おぉぉぉぉぉぉっ!?


『ななな、なんと、なんとぉ!? !! 我らが生徒会長、レティシア・セイリオスが!? <ナイト>に抱きかかえられて今、颯爽と入場ぅぅっ!? どよめき・怒号・男たちの悲鳴で揺れるスタジアムの中、満面の笑顔で観衆に手を振っています! バイザーを外し、赤い花束のようなガン・ロッドに、純白のノブリス“ブーケ”を纏った彼女の姿は、まるでウエディング・アイルを行くお嫁さんんんっ――』

「…………」


 そして。

 リムにできた反応はと言えば、たった一言、これだけだった。


「――はああっ!?」

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