4-6 アレと比べると、あんたは随分マトモだな?

「――先ほどの戦闘前にした話を、覚えているか」

「……<ナイト>の再開発に成功したことで生じた変化の話か?」

「そうだ」


 ガディの告白は――あるいは懺悔は、そのような切り出しで始まった。

 既に空から場所は移り、戻ってきたエアフロント。使っていた<ナイト>も警護隊詰め所のガレージに預け終えた後――ガディの<ナイト>が損傷していたため、少々騒ぎになった――、任務の結果報告を控えての今だ。

 ひとまずガレージから連れ立って外に出た。といって近場にベンチが置かれた休憩所などの都合のいい場所はなく、エアフロントの適当なところでお互い足を止めた。


 そうして切り出されたのが、先ほどの言葉だった。

 ガディはムジカより数歩ほど先に――空に近い場所にいる。彼の視線の先にあるのは、先ほどムジカたちが戦っていた空だ。

 そちらを見やったまま、彼は言ってきた。


「<ナイト>が量産され、人々の目は自らの浮島の外に向いた。ノーブルが増え、浮島間の交流が活発化した。そして傭兵が生まれ、ノーブルの堕落の要因となった……そんなことを話したな」

「ああ」

「お前や私が語ったそれらはな。言ってしまえば、“今の私たち”の視点から見た、俯瞰的な事実を語ったものだ。そこには……当時の感情が反映されていない」

「……感情?」


 訝しんで、繰り返すと。

 ガディは自重するように、それを囁いた。


「<ナイト>を手に入れて、貴族の非嫡子たち――いわば“スペア”と呼ばれてきた者たちは、色めき立った。ただの予備として踏みつけられ続ける未来に見切りをつけて、外の世界へと出ていった。

「それは……」

「傭兵となった者たちを非難はできん。その気持ちを理解できないとは言えない――ノブリスを扱うだけの力を持ちながら、一生を予備として終えるくらいなら、というのはな。だが予備は必要だからこそ予備なのだ。爵位持ちのノブリスを動かせる血統は、上位種であればあるほど稀少だ。当主が不慮の死を遂げた後、スペアがいなかったがために途絶えた家系も実際にあった。よそから養子を迎えたりして、どうにか命脈を繋いだ家もな」

「…………」

「当時はひどく混乱したようだよ……ついでに言えば、代々<ナイト>級ノブリスを受け継いできた貴族は、<ナイト>の再開発によって権威を失った。この辺りの没落劇も混乱を助長したらしい。そうした中で、時の支配者たちは人材の流出対策を考えなければならなくなったわけだ」


 そこまでの話なら、まだムジカにも理解はできた。単純な理屈として考えていけばいいだけだからだ。

 だから、そこから先は完全にムジカの理解を超えた。


「そこで、スバルトアルヴの管理者はこう考えた――非嫡子たちが傭兵となって外へ出ていくのなら、最初から非嫡子たちを傭兵として囲っておけばいいと」

「……はあ?」


 言っている意味が理解できず、思わずそんな声を上げる。

 それが面白かったからか、あるいは何か別の理由か。振り向いてきたガディの顔には、苦笑が浮かんでいた。

 泣きそうな顔だ。それでも笑うしかできなかったからこその、それは苦笑だった。


「簡単な話だよ。役割がないから出ていく。なら生まれた時から“傭兵”という役割を押し付けて、首輪で繋いでおけばいい。未来など、最初から奪ってしまえばいい――言ってしまえばスバルトアルヴは、ノーブルと非戦闘員の間にもう一つ、身分を作ったわけだ……“傭兵”という名前の“奴隷”をな。生まれた瞬間から、彼らは“スペア”ですらなくただの“雑用係”にされた」

「……それが――」

「そう。“小人ドヴェルグ”だ。最も早くに生み出されたドヴェルグ傭兵団を筆頭とする、スバルトアルヴの傭兵たちだ」


 言い切ってから、ガディはその顔から苦笑を消した。

 また空のほうを見やって、だが言葉だけはムジカに向けたまま、言ってくる。


「先ほど、ドヴェルグの一人が言っていただろう……“ただ先に生まれただけの癖に”と。あれはつまり、そういうことだ。嫡子のみがノーブルになる。嫡子でないから“小人ドヴェルグ”にされた。あれは……そういう叫びだ」

「……なんだそりゃ」


 としか言いようがない。傭兵の概念が違いすぎる。文化の違いをまざまざと見せつけられた、そんな気分だ。長く空の旅を続けてきたが、その中でもこの話がとびっきりだった。

 ムジカの知る傭兵は違う。誰からも管理されない自由業、その程度の認識だ。誰からの助けも受けないその代わり、誰からも指図されずに自由に在る。

 だが今ガディが語ったのは……と唖然としているこちらに。

 追い打ちのように、ガディは言ってきた。

 今度こそ、彼は本当に自嘲していた。


「笑えるのはな。今スバルトアルヴの実務を担当しているのは、ノーブルではなくその“小人ドヴェルグ”たちだというところだよ」

「……は?」

「周辺空域警護やメタル・空賊退治、島間フライトシップの護衛、ノブリスの新規技術開発協力……他の浮島であればノーブルがやるだろう仕事を、スバルトアルヴは全て小人に押し付けた。今となっては“スバルトアルヴのノーブル”とは、後ろでふんぞり返ってるだけの肥え太った豚に過ぎない。貴重な血筋を繋ぐなどというお題目を掲げて、戦闘に出ることもほとんどない……さっき言っただろう。傭兵は堕落の要因になったと」

「それはまあ、聞いちゃいたけど……」


 だからと言って、予想していたものとはスケールが違った。せいぜい一部程度かと思いきや、全体が腐ってるという話をされるとは思いもしなかった。

 と、ふとこちらを振り向いたガディが思い出したように言う。


「そういえば、お前はダンデスと縁があったか。だったら今の話を聞けば、あんなのが出てくるのも道理だとは思わないか」

「……アレと比べると、あんたは随分マトモだな?」


 自らを“ノーブル”と殊更に誇示し、非戦闘員の権利を平然と踏みつけにし、いざそれが叶わないとなれば“侮辱”と断じて決闘を仕掛けてきた。思い出すのもうんざりとする“アレ”と、そういえば目の前の男は同郷だったはずだ。

 どこか呆れ半分感心半分の半眼を向けると、彼は素直に苦笑――今度は泣きそうな顔などではなく――したようだった。


「私は幼少期に何度か、“外”のノーブルを見かける機会があったからな。その姿に憧れた。あれこそがノーブルの姿だと信じた……本島では風変わりなガキ扱いだったがな」


 それがなければ私もああなっていたに違いない、とガディはゆるゆると首を振った。

 そうして唐突と言えば唐突に、ガディは話をがらりと変えた。


「先日の、メタルの襲撃事件だが。あの後上位陣で話し合いが行われた。お前がいなければ大きな被害を受けただろうことを踏まえたうえでの対策会議だ。この島を守るために、何ができるか……アイデアの中には傭兵や、他の浮島のノーブルを護衛として招致する案が出た。お前が活躍したからだ――


 いや――変えてはいないのか。前振りだと気づいたのは、彼が傭兵について触れ始めた時からだ。

 まっすぐにムジカを見つめて。囁くほどの声量で、だが強く断言する。


「わかるか。傭兵は――安易な力には誘惑がある。文字通りの意味で自らの身を切らない、身の痛まない選択には。志を簡単に腐食させる、強い誘惑だ。スバルトアルヴはその誘惑に抗わなかった。むしろ率先して飛びついた。だから徹底して堕落した」

「…………」

「この空はノーブルが守ってきた。それこそがノーブルの存在意義だ。その誇りこそが我々の寄る辺だった――……と、言うのにな。ノブリス・オブリージュなどと宣う我らの、なんとクソ食らえなことか」


 聞き馴染みのあるフレーズに、ついきょとんとした。“ノブリス・オブリージュなんざクソ食らえ”。それがラウル傭兵団のモットーである――こちらのお定まりの信条と、今ガディが言ったセリフでは、まるで意味が違ってしまっているが。

 と、ガディはまた思い出したように、


「……本題は、どうしてドヴェルグを見逃したか、だったか。簡単だよ。同情だ。彼らを哀れんだ……“セイリオスのノーブル”としては、そんなことは関係ない。撃ち落とすべきだったんだがな」

「……確かこの後、報告する必要があるんじゃなかったか?」

「そうだ。ノブリスのログも提出する必要がある。会長からの叱責を賜らねばならん。空賊を意図して見逃した以上、警護隊の副長という立場も危ういな……まったく。どうもうまくいかん」


 最後のは、おそらくは愚痴だったのだろう。かなり本音に近いものが見えた気もしたが。

 なんとも言えない面持ちで、ムジカは呆れを呟いた。


「<ダンゼル>の件といい、アンタ、気苦労背負いすぎなんじゃねえか? アレだって確かアンタの独断だろ?」

「独断は人聞きが悪い。権限の範囲内で、出来ることをしただけだ」


 お前たちが危険な力を有していたのは事実だった、とガディは生真面目に付け足した。傭兵としてのお前を危険視しているのも変わってはいない、出来るならただの錬金科の一生徒としておとなしくしていてほしい、とも。

 その上で彼が言ってきたのは、これだった。


「誰かが見てやらねばならんのだ。誰も顧みないところをこそ、誰かが。でなければ……いつの間にか、道を踏み外すことになる。後戻りのできないところまで」

「……どうも、話のスケールがでかくてよくわかんねえな。それ、あんたが気にしなきゃならんことか?」

「本島の連中もきっと、皆同じことを思っていただろうさ」


 それこそ話のスケールがわからなくなるようなことを、ガディはさらりと言い切る。

 そして咳ばらいを一つ置くと、彼は最後をこう締めくくった。


「報告にまで、お前が付き合う必要はない。今回の件、報酬は警護隊名義でラウル講師に払っておく。後で本人から受け取ってくれ。以上、解散だ。帰ってよし」

「……了解」


 任務終了だ。了承を示すと、ガディが頷く。

 それを見届けてから、ムジカは彼に背を向けて歩き出した。

 ぽつりと呟かれた彼の囁きを聞き取れたのは、たまたまだった。


「――どうしてお前は、傭兵として現れた……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る