4-5 ――去れ!!
(なんで、こんなところに空賊が――)
という疑問は、行動の後で脳裏に生じた。
「――メタルの迎撃を最優先! ただし本空域内に我々以外のノブリス、ならびに空船の類の航空申請はない! 対象ノブリスは推定敵勢力として警戒しつつ――」
意識は即座に戦闘用に切り替わる。ガディの声も一旦は耳から素通りさせた。
状況把握は一瞬。雲海からメタルが吹っ飛んできたのは、同じく雲海から飛び出してきた空賊の<ナイト>に迎撃されたからだ。
そのメタルに、ムジカは頭上遠くからガン・ロッドを二連射した。同時にガディも発砲。三発の魔弾が抵抗もなくメタルの背中に吸い込まれ――金属体を爆散させる。
その間も異変は続いていた。
次いで雲海から飛び出てきたのは、空賊のだろう小型フライトシップが一隻と、護衛だろうノブリスが二機。そして二体の小型メタルだ。それぞれ一対一に持ち込んで、戦況は安定している。
空賊たちの戦場はムジカとガディの遥か下方。更に飛び出してきたフライトシップをムジカたちからかばうように、先ほど叫んできた<ナイト>が間に立つ。ガン・ロッドをこちらに突き付けて、露骨に敵意を向けてくるが――
そこでようやく、疑問が状況に追いつく。こんなところにどうして空賊がいるのか。雲海の下で、メタルと戦闘していた理由は――
(違うか。雲海に隠れていたこいつらを、メタルが見つけたのか?)
頻繁な哨戒が必要な程度にはいたメタルの残党が、たまたま雲海の中に隠れていたこの空賊たちを見つけた。その戦闘に、ムジカたちは巻き込まれたことになるのか――
だとしたら、何故こいつらはここに隠れていたのかが問題になるが。
物思いは、ガディの警告で掻き消えた。
「告げる! こちらセイリオス周辺空域警護隊!! セイリオスは、貴船の空域通行申請を受理していない! 貴船はセイリオス空域を侵犯している! 残存メタル掃討後、直ちに識別信号を提示せよ! 提示なき場合、貴船はセイリオスの空域を侵犯したものとして迎撃する! 繰り返す、こちらセイリオス――」
<ナイト>の外部スピーカーから、拡声された叫びが響く。空賊相手に何を暢気な――と思ってしまうが、彼はあくまで警護隊としての仕事をしているだけだ。彼の立場上必要なことをしている。
そして相手の側からすれば、それはやはり悠長なことでしかなかった。
『ガキども風情が――ウザってえんだよっ!!』
「――っ!!」
「下がれ!!」
絶叫と共に<ナイト>が全力で突っ込んでくる。ガン・ロッドを左手に、スパイカーを右腕に。魔弾をばらまきながら――昇ってくる。
反応の遅れたガディに叫んで、ムジカはガン・ロッドを連射。強引な突撃を牽制しながら舌打ちした。
敵は牽制をものともしない。多少の直撃ではびくともしない――
(よりにもよって、スパイカー装備か!)
近接戦闘特化の、違法改造ガン・ロッド。それがスパイカーだ。
単なる魔弾の射出器の一種でしかないそれが使用を禁止されたのは、武器としての用途が極端に狭いせいだ。射程距離数十センチ程度の、貫通能力のみに特化した魔弾――あるいは魔槍と呼ぶにふさわしいそれを吐き出すだけの武器。
その想定用途は一つだけだ。
――相手ノブリスのバイタルガードを貫いて、ノーブルだけを殺すこと。
あまりの短射程故に、対メタル戦ではほとんど使い道がない。相手ノブリスの搭乗者だけを殺し、ほぼ無傷でノブリスを鹵獲する、殺人のためだけの武器――
(相手の<ナイト>が、スパイカーの運用に特化してるなら――)
前面を装甲で固めて、被弾を無視しても突っ込んでくる。止まらないのは、たとえ多少のダメージを受けても近づけば殺せる力があるからだ。一撃必殺の武器が手中にあるからこそ、死ぬ前に殺せばいいと思っている。
『この、程度で――舐めんな、しゃらくせえんだよっ!!』
何度も撃ち込まれた牽制打に、空賊が吼えた。
やはり予想通りだ。何発受けても止まらない。敵がブースターを全力機動。大気を振動がかきまぜる。
さらに加速して、殺意を振舞いてムジカに迫る――
(――上等だ、クソが)
迫る敵を前に、ムジカは待ち受ける愚を犯さなかった。
応じるように。フライトグリーブ、ブーストスタビライザー――最大励起。
突撃してくる敵を前に、自らもまた突撃をかました。
『なっ!?』
下がるか、避けるか。回避行動を想定していたのだろう敵の驚愕、一瞬の動揺を見逃さない。
間合いを測り違えて撃ち損ねた敵を目前に、ムジカは
対ノブリス戦闘では滅多に聞くことのない、装甲同士の絶叫が大気を切り裂いた。
『――がああああっ!?』
「遅いんだよ」
手短に吐き捨てて、吹き飛ぶ<ナイト>にガン・ロッドを突き付けた。質量打撃に姿勢が崩れた敵は回避行動も取れない。ガン・ロッドに全力の魔力を注ぎ込み、逃げようのない敵をぶち抜く――
が。
「ムジカ・リマーセナリーっ!!」
「――ちっ!!」
ガディの叫びに、体は機敏に反応した。
下方から打ち上げてくる魔弾の連射。空賊の<ナイト>二機がメタルを撃破して上がってくる。追撃を諦めて、ムジカは飛び退くように背後へ後退した。撃ち返して牽制しながら距離を取る。
後退際の射撃精度で、敵の力量をある程度見切った。大した敵ではない――少なくとも恐れるほどでは。
その上で、ガディに囁いた。
「どうする。撃滅するか、尻尾巻いて逃げるか。どっちでもいい、アンタが選べ」
問いかけながら、先ほど吹っ飛ばした敵<ナイト>が体勢を立て直すのを見届けた。仲間と合流して、こちらを――とりわけムジカを睨んでいる。バイザーの下に隠された視線などわかるはずもないが、不思議とそれを感じた。
明らかに一本取ったのはこちらのほうなのだから、それも当然だろうが。血の気の多いやつらしい――そして、仲間を大事にするやつららしい。それも見て取ったが。
その呟きを聞き取れたのは、たまたまだった。数秒の睨み合い、その静寂があったから聞き取れた。
「フリッサ……お前……!!」
「……?」
ガディの声だ。
怪訝に意識だけ向けた先で、次に彼は全体に聞こえるように声を荒らげた――
「――
それは警告のための言葉だった。
「
『…………』
静寂の中に困惑が混じった。
それが意味するものは――ガディの警告にどんな価値があったのか、それはわからない。だが明らかに、敵はうろたえたようだった。
まるで、逆らってはいけない相手を敵にしたかのような。二つの命令の狭間でどうすればいいかと惑うような――
だが。
『上から目線で、ごちゃごちゃと……!』
その中に一つだけ、憎悪が聞こえた。
先ほど突き飛ばした、あの<ナイト>の声だ。今その男は、ガン・ロッドを突き付けて警告を叫んだガディを見ている。ガディだけを。
それはなぜか、泣き声のように聞こえた。
『
「……っ!?」
そして警告の返答は、ガン・ロッドの吐き出す魔弾だった。
いきなりの攻撃にガディは被弾。声なき悲鳴とともに背後に吹き飛ぶ。バイタルガードが一発をしのいだようだが、それで敵の攻撃は終わらなかった。
仲間が止めるのも聞かず、スパイカーを構えてまた突撃する――
その軌道に、ムジカは割って入った。
『邪魔するなあ!!』
「逐一うるせえんだよ!」
敵の気迫に怒鳴り返して、ムジカもまた引かなかった。
既に近距離。突撃の勢いのままに突き出されたスパイカー――ムジカの胴体部を狙う一撃に、ガン・ロッドを合わせる。
放たれる魔槍を銃身で受けた。わずかな猶予と武器を交換する。
得物を失わせたと敵が、勝利を確信した笑みが不思議と見えた――
が、ムジカはそこで止まらなかった。
「――クソマヌケが」
囁いて、ムジカはそこから一歩、体を前へねじ込んだ。
ブースターが絶叫。同時に振り上げた右足が<ナイト>の腹、バイタルガードにめり込む――衝撃に<ナイト>の体が浮いた。
勝ちを確信していただろう敵の苦鳴。空に逃げる敵をムジカは更に追う。
相手のガン・ロッドを右手で掴んで。砕けた得物を捨てた左を振りかぶった。
「駄賃代わりにいただいていくぞ」
『はっ――』
そして拳で敵<ナイト>の頭部を打ち抜いた。
敵がガン・ロッドを手放さず、あるいは抵抗しようとすれば頭がもげたかもしれない。だが結果としてそうはならなかった。敵は拳を避けようと、わずかにでも後ろに下がろうとした。だから死ななかった。
だが衝撃は、敵<ナイト>のバイザーを打ち砕いてまだ止まらない。ここは空だ、地上とは違う。衝撃は<ナイト>を貫いて、体を縦に激しく回転させる。
そうして<ナイト>は止めるものもなく、空へと落ちていく――
気絶したらしいその男を、仲間が助けた。
更にもう一人がムジカたちの間に入って身構えるが。
付き合いきれない。奪ったガン・ロッドを構え直しながら、ムジカは告げた。
「そこのバカ連れてとっとと失せろ!! いい迷惑だ!!」
『…………』
相手は――答えない。撃ってもこないが。
気絶した<ナイト>を抱えた仲間をフォローしながら、一度もムジカには背を向けずに空賊のフライトシップまで飛んでいく。仲間を収容したフライトシップは、一目散にこの空域から離れていく――
そうして彼らは一度もこちらの警戒を解かないまま、遠くの雲海の中にその姿を消していった。
セイリオスから遠ざかる方向だ。それで一旦はよしとするしかないが。
「……さあて」
その姿が完全に消えるまで見送ってから、ムジカは背後を振り向いた。
そこには変わらず、ガディがいる。といって一発はもらったのだから、無事というわけでもない。胸部バイタルガードが大きく砕けている。あと何発かもらえば内部にダメージが及ぶだろう。その程度の損傷具合だが。
命に別状はなければ、怪我をしたわけでも、気絶しているわけでもない。それを見て取ってから、ムジカは相手を睨むようにして訊いた。
「見逃してほしそうだったから見逃してやったが。事情は説明してくれるんだろうな?」
「…………」
ガディはしばらくは、無言のまま何も言い返してこなかったが。
逃げきれない問いかけだともわかっていたのだろう。やがて彼はゆるゆると首を振ると、ぽつりと呟いた。
「わかった……お前には話そう。スバルトアルヴの恥部と……傭兵とは名ばかりの“
その声はかすれたようにしゃがれていて、まるで疲れ果てた老人のようだった。
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