4-4 何故傭兵になった?
「――小型メタル、五体目撃墜。周囲に他の敵影なし……しばらく周辺警戒」
「了解」
ガン・ロッドを構えて周囲に視線を走らせるガディにそう返答し、ムジカは彼と逆方向を見やった。最初の小型メタル二体を撃破後、孤立したメタルとぼちぼち遭遇。それを難なく撃破した直後のことである。
ラウルが太鼓判を押した通り、ノーブルとしてのガディの能力は悪くなかった。傾向としては遠距離戦指向の気が少々強いが、ムジカが逆のタイプなので僚機としては高相性。結果として危ういところもなく交戦を終えている。
セイリオスから距離にして、北東におよそ二十キロ。その地点からムジカはガディと逆側の空を見やった。
といって、雲海上を行く影はどこにもない。少なくとも視認できる範囲に脅威は見当たらなかった――せいぜいが、帰る場所が少々遠いという心細さくらいか。
傭兵時代ならすぐ傍とまではいかなくとも、リムたちの待つフライトシップが近くにあった。今はそれがない。
(ホームシック……っていうのかねえ? こういうのも)
バカバカしい考えにまた思考が寄っていく前に、ムジカはガディに問いかけた。
「一応、念のため聞いておきたい。小型とはいえメタルとの遭遇頻度が高い気がする。普段からこんなもんか?」
周囲の警戒を優先したからか、ガディの返答は数秒ほど遅れたが。
それでも彼は、律義に返答してきた。
「いいや。出発前にも言ったが、ここ最近は遭遇頻度が高い。原因として考えられるのは、先のメタルの“巣”が生み出した残党だ。出現も北に偏り気味だ……そのため、最近は警戒対応が増えていた。普段なら、もう少しシフトも緩い」
「警戒対応が増えたってのは、またメタルの“巣”がないか疑ってるとかか?」
「そうだな、一応はそれもある。一番の理由は念のため、といったところだが……結果として、“巣”はない目算が高い、というのが今のところの警護隊の判断だ。発見されたメタルは小数ばかりで、群体として動いている形跡はない。遭遇頻度も減少傾向だ。そこから残党だろうと判断された」
「なるほど、わかった」
判断の理由を聞いて、ムジカは頷く。
こちらの納得を見取った上で、ガディは改めて指示を口にした。
「……周囲に残存する敵戦力なし。ただし、ここが終着だ。後十分ほどここで周囲の警戒を行った後、問題がなければセイリオスに帰投する」
「了解」
ガディはこれまで通りに、それ以上の必要のないことは言ってこなかった。
必要なこと以外は話さないという彼のスタンスは、思いのほか気楽なものだった。実力も十分にある相手だから、フォローを考える必要もない。あちらもこちらを気にしていないのなら、変に身構える必要もない。
お互いに背中を合わせて空を見張る。しばらくはそのまま二人、無言で空に佇む時間を過ごした。何も起きなければ会話はない――何も起きないのだから会話もない。無駄とは言えないが、ただの空虚な、過ぎていくだけの時間を味わう。
「――ムジカ・リマーセナリー」
それを破ったのは、意外なことにガディだった。
名を呼ばれて、肩越しにちらとガディを見やる。彼はこちらを見もしていなかったが、意識をこちらに向けていることだけは不思議と伝わった。
無言で先を促すと、彼がぽつりと訊いてきたのは、これだった。
「傭兵のお前に一つ、訊いておきたい――お前はこの空に、何を見る?」
「……?」
改めて、ムジカは背後を振り向いた。
ガディは相変わらずこちらに視線を合わせない。だからムジカが見たのは、彼の<ナイト>の横顔だったが。
「悪いが、質問の意味がわからない。逆に訊くが、アンタには何が見えるんだ?」
問いに対する沈黙は、さほど長引かなかった。
あらかじめ答えを用意してあったのだろう。わずかに間が開いたのは、答えがなかったのではなく……その答えの意味か重さか、あるいはなにがしかを確かめていたのかもしれない。
彼はそれを、ぽつりと呟いた。
「――私は、この空に人の“弱さ”を見る」
「……弱さ?」
あまりもの脈絡のなさに、つい繰り返した。意外なことでもないのかもしれないと思い至ったのはその後だ。
人類は自らが生み出したメタルから逃げ出して、空に定住した。弱さとはつまり、そのことを言っているのかとも思ったが。
似ていたが、違った。彼が語りだしたのは――この空の、歴史だった。
「時の魔術師がメタルを生み出して、人類は地上を失った。戦士たちが時間を稼ぎ、後のノーブルたちが後を請け負って、人類は空へ逃げ出した。我々は……人類は、敗残者としてこの空にいる」
「…………」
「その空にしたところで、居場所はそうは多くない。この空に比べれば遥かに小さい浮島と、それよりも遥かに小さいフライトシップ。その中でしか生きることができない我々は、ひどくちっぽけな存在だった。かつては隣の浮島に行くことにも、命を賭けねばならないほどだった」
「……まさか、昔のことに思いを馳せて“弱い”って言ってるのか?」
怪訝に眉根を寄せて訊くと、ガディは苦笑したらしい。
「結論を急ぐな。まだ序論だ」
「……短く頼むぜ? しゃちほこばった議論とかっていうの、好きじゃないんだ」
「なら、話を急ぐか?」
冗談で言ったつもりはないが、軽口には応じてくる。なんだかんだで話自体はできるらしい――などと、奇妙なところに感心していると。
早速だが、ガディは話を切り込んでくる。
「そうして人類が空に逃げ、浮島に閉じこもって幾星霜。ある日、人類はノブリスの最下級モデル、<ナイト>の再現に成功した――この空で何が起きたか、わかるか?」
「……嫡子のスペアでしかなかった、ノーブルの非嫡子に<ナイト>が用意されて、ノーブルの総数が増えた。余剰戦力ができたことで、これまで命がけだった浮島間の交流が増加した。各浮島の技術、文化が混ざり合うようになって、ノブリスの研究がより加速した。メタルの襲撃に対応しやすくなり、比較的平和な時代が訪れた……」
パッと思いつくものを簡単に並べていく。
頷くとガディは、だがそれでは不十分と言うように、一つ付け足した。
「
「…………」
「人々を守ることこそが義務であり、存在理由であったはずの“ノーブル”の在り方が一つ揺らいだ。責務ではなく私欲を戦う理由とする者が現れた……彼らの登場は、誰にも望まれていなかったはずだ」
相変わらず彼はこちらに視線を向けてこなかったが。その言葉がムジカを――傭兵を意識して放たれたことは理解していた。
だから、ふとムジカは納得を口にした。
「……あんたが傭兵を背教者とか言ってたのは」
「そうだ。それが理由だ。使命を捨てて出ていった……だが、そんなことは実のところ、大した問題ではない」
「大した問題じゃない?」
「私が傭兵を嫌いだという理由でしかないからな。この話ともあまり関係はない」
と、そこでようやくガディはこちらに向き直った。
表情はヘルム型バイザーに隠されて見えないが、視線はまっすぐにこちらを見据えているのだろう。
彼が言ってきたのはこれだった。
「先ほど、お前が挙げた例があっただろう。私はそこに、一つ加える」
「……それは?」
「“ノーブル”の視点だ……傭兵が生まれて“ノーブル”は、“戦う”という役割を――自らの存在理由であったそれそのものを、他人に押し付けることが可能となった」
そして自嘲するように、先を続けた。
「堕落だよ。戦いを生業とする者が、それを拒否する方法を手に入れてしまった。この空を守るのは、もはやノーブルだけではない。人類は新しい戦力を手に入れたと誇ることもできるだろう――だが私は、だからこの空に人の……“ノーブル”の心の“弱さ”を見る」
「…………」
「私はそれを、認めるわけにはいかんのだ」
ガディはそう、静かに言い切った。
事ここに至って、ようやくムジカはガディが――空域警護隊が、セシリアと同じようにムジカに警護隊参加の案内を送ってこなかった理由を悟った。
そうして彼は、その言葉の矛先を改めてムジカに向けた。
敵意というほどに強くはない。だが明確な反感を込めて、言ってくる。
「ムジカ・リマーセナリー。お前の力を認める。私はあの<ダンゼル>を、満足に動かすことすらできなかった。あの襲撃は、お前がいなければ乗り越えられなかっただろう……だが、だからこそわからない。それだけの力を持ちながら、何故傭兵になった? 単騎で死地に踏み込める、その覚悟を持てる人間が何故?」
「……力と覚悟がないなら、傭兵になってもいいって言ってるみたいに聞こえるぜ?」
揶揄するように言い返したが、声に力が乗らなかった。
感じていたのは、場違いなことだが眩しさだった。
彼はこの空で自らの戦う意味を持っている。ノーブルとして生まれ、ノーブルとして在る。人々を守るという責務を殊更に意識し、自分はそうあるべきだと律している。
自らの“戦う理由”に、信念を持っている。
ムジカにそんなものはない。傭兵になった理由すら。
(なりたくて、なったわけじゃない――)
そう言いかけた口を閉ざさせたのは、自分が傭兵にならなかった“もしも”を想像できなかったからだ。
理屈でならわかる。何かの奇跡で“貴族殺し”の罪が許されていたなら、ムジカは未だにあの故郷にいただろう。その時にはラウルも、クリムヒルトだってあの島に残ったはずだ。自分は変わらず彼らに仕えているに違いない。
自分が“ジークフリート”の名を継ぐことになるかは知らないが、そうして自分はグレンデルのノーブルの一人として、人々のために戦うのだ――
父を殺し、リムを犠牲にしようとした奴らのために?
「――ハッ」
つい、冷笑した。こんな話で笑えるとは思えなかった。だが笑えた。
わかっている。そんな未来はあり得ない。あり得なかった。選びようもなかった。その選択肢は選ぶ以前に消えていて、だからムジカが“ノーブル”のままでいられる道などなかった。
ムジカに残されていた道は二つだけだ。処刑されるか、故郷を追い出された先で野垂れ死ぬか。ただそれだけ。そこには傭兵という選択肢すらなかった。
――だから、リムとラウルが選んだのだ。
二人が自らの人生を捨ててまでして、ムジカをさらってグレンデルを出た。
それを思ったから、冷笑は声になる前に凍りついた。
(もしも、あのままグレンデルにいられたのなら……)
もしも、旅立つ必要がなかったのなら。もしも自分が復讐を“結末”まで望まなかったなら。
少なくとも、リムに――
後悔があるとするのなら、それだった。
彼女の未来を奪った。貴族の令嬢として健やかに育つはずだった、彼女を煉獄の道連れにしかけた――……
「……――?」
ハッと。不意に物思いから覚めた。
頭の隅で何かの感覚が囁く。ガン・ロッドを手に警戒態勢。見える景色に変化は――ない。青い空と、広がる雲海。それ以外には何もない。
だが。
「……ムジカ・リマーセナリー?」
「静かに。何か、聞こえる――」
下からだ。雲海の下。腹の内に響く振動と、時折聞こえる破裂音のような音――
気づいて、咄嗟にムジカは叫んだ。
「上昇しろ!! 下から何か来るっ!!」
「――――っ!!」
叫びにガディは俊敏に反応した。
二機の<ナイト>が空へかける。ガン・ロッドを突き付けて見下ろした雲海に、変化が見えたのはその直後。
分厚い雲を引き裂くように。飛び出してきたのは、まるで何かに投げ出されたかのように吹き飛んでくる一体の小型メタルと――
『クソッタレのメタル共め――バレちまったじゃねえかっ!!』
怒り、あるいは侮蔑と共に敵意を向けてくる、見慣れない<ナイト>だった。
――右腕に装備されたスパイカーで、それが先日の空賊だと悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます