3-1 それより問題はこっちのほうだぞ助手よっ!!

「――チーム戦? ああ、あんなの放っておいていいよ」


 というのが、アルマにチーム戦のことを聞いた時の返答だった。

 学園錬金棟の奥、アルマ班の研究室。あの後アーシャ、セシリアと別れたムジカたちは、そのままの足でアルマに会いに行っていた。

 彼女は休日だというのにいつもと同じように、部屋奥の大型マギコン前に陣取りデスクワークに興じていたが。調子よさそうにコンパネを叩きまくっているので、どうやらいつも以上に興が乗っているようだ。

 だがチーム戦の話題に対しては、心底退屈そうな顔をした。


「いいのか? 成績悪いと研究班潰されるかもしれないんだろ?」


 最強のノブリスを作るために研究室を立ち上げた彼女からすれば、研究班凍結は痛手としか思えない。一時的に他の研究班に組み込まれるという話なので、実際には潰されるわけでもないようだが。それにしたって自由な研究ができないのは十分なストレスだろう。

 だがとことんどうでもいいのか、あるいはすでに対策済みなのか。アルマは気だるげに言い返してくるだけだ。


「安心したまえ、うちの研究班が潰されることはない」

「……なんでだ?」

「この前の<ダンゼル>で、結果出したからっすか?」


 と、これはリムの質問。確かに直近での実績と言えばそれがあるが。

 ようやくマギコンから顔を上げたアルマは、これまたつまらなそうに、


「アレは関係ないな。あの<ダンゼル>はあくまで<バロン>級。<ナイト>のカスタムの当たりづけや、集団戦用の訓練が目的の今回とは趣旨が異なる……ああ、ちなみにこの前の<ダンゼル>の評価結果はあれだよ、あれ」

「あれ?」


 きょとんとしながらアルマが指さした先を見やる。

 ガラス張りのパーティションの先にあるガレージ。そこにはいつもの<サーヴァント>の他、二機の<ナイト>級ノブリスがあった。ただし、どちらも見覚えはなく、ラウル用の<ナイト>でもない。一機は装甲を極限まで削られたカスタム機で、もう一機は装甲を外してこれからカスタムするかのようなありさまだった。

 間違いなく、昨日までは存在しなかった二機である。

 アルマが指さしたのはその後者のほう、装甲を剥いだ<ナイト>のほうだったが。


「喜びたまえ。この前の襲撃事件の戦果があまりにも素晴らしかったということで、錬金科の助手に特例的に<ナイト>をプレゼントだそうだ。それカスタムしてチーム戦に出ろとのお達しだよ」

「……喜びにくくねえか? プレゼントとか言いつつ微妙に強制されてるし」

「いいじゃないか別に。ちょっと遊んでくるだけでおもちゃがもらえるんだから」


 つまり、何があってもムジカはチーム戦に出なければいけないようだ。

 が、ならばなおさら気になるのは、出なければいけない試合にどうしてアルマが興味なさげなのかということだが……


「んじゃ、あの隣のやつは?」


 それに関係しているのかどうなのか。言いながら、目を細めてムジカは<ナイト>のカスタム機を見やった。

 白を基調とした、どこか女性的なシルエットの<ナイト>だ。それも奇妙と言えば奇妙だが、ムジカが最も違和感を覚えたのは、極端に装甲を薄くしておきながら、機動関係のモジュールがあくまで標準仕様に近いというところだ。

 通常、装甲を削ったカスタム機は、その脆弱さを機動性能で補う調整が多い。当たらなければ装甲などいらないと言うと極端な考え方だが、攻撃性能を維持したまま生存性まで維持しようとすれば、いじりやすいのは装甲か機動性かの二択になる。

 問題は、ではわざわざ装甲を削った分の余剰出力を、この機体はどこに割いているのかということだが。


「ああ、“ブーケ”か。あれは助手用ではないから、間違っても使わんように。キミとは十中八九適性が合わん」

「“花束ブーケ”?」


 それが機体名か。だが見た目に花束らしさ――というのが何なのかもよくわからないが――というのは感じない。

 既にもうどうでもいいのか、視線をマギコンへと戻しながらアルマが言う。


「大昔に興味本位で作った、試作ガン・ロッドのテスト用ノブリスだ。本来は<ダンゼル>級で、表に出すつもりもなかったんだが、とあるアホウに見つかってな。ランク戦で結果を残して、<ナイト>級として昇格された。“ブーケ”も本来はそのガン・ロッドの名前だ……が、登録名がないと困ると言うのでな。思い入れもなかったし、適当に任せたらそうなった」

「ランク戦ってことは、戦闘科の生徒の機体なのか。誰だ、そのアホウって?」


 アルマの言う試作ガン・ロッドとやらも今は近くにないが、一番気になったのはそれだ。あの<ダンゼル>の出来からして、このちんちくりんなマッドと手を組みたがる相手などそういるとは思えないが。

 訊くと、アルマは呆れたように肩をすくめてみせた。ただし、呆れはムジカにではなく、ここにいないその誰かに向けたもののようだ。


「その辺は内緒にしておけと言われてる。チーム戦が始まってからのお楽しみだそうだ」

「……なんだそりゃ。というかそれって、うちの研究班に俺たち以外で所属してるやつがいるってことか?」

「いるに決まってるだろう。研究班だぞ? 戦闘科との連携が前提なんだ、ノーブルが一人もいない研究班なんぞ申請しても承認されるわけなかろう?」

「……なら、なんで俺たちはそいつを見たことがないんだ?」

「多忙だからな。タイミングが合わないのは仕方がない……し、まあいろいろ事情がある。面倒な事情が」


 そう言って、アルマはなんとも言い難い顔のしかめ方をした。なにやら色々あるらしい。その辺りは詳しく聞くと面倒な予感がするので、気にしないことにしたが。


「まあ、アレが“ブーケ”で出るならよほどのことがない限り負けはない。放っておけばいいって言ったのはつまり、そういうことだよ。加えてキミも含めた二対三なら、万が一もない。負けるはずのない勝負なんだから、放っておいたところでどうってことはないのさ」


 そこまで言い切ってから、彼女は小さくため息をついた。


「とはいえ、今回はカスタム<ナイト>の祭典だ。キミ用の<ナイト>も拵えなければならん。後で何か考えなければならんな……面倒な」

「まあ、その辺は苦労をかけるが……結局誰なんだろな、そのアホウって」

「相当信頼されてるみたいっすけど。凄腕ってことっすかね?」


 と、これはリムの小声の囁き。

 こちらとしては、そんな信頼にできるやつがいるならあの<ダンゼル>だってそちらに押し付けたいものだが。

 と。


「――それより問題はこっちのほうだぞ助手よっ!!」


 唐突と言えば唐突に、そんな叫び声を上げてアルマが“っターンっ!!”とコンパネを叩いた。

 どうやら、ムジカたちに何か見せたかったらしい。壁にかけられた大型ディスプレイに、アルマがマギコンでいじっていたデータが投影される。

 映し出されたのは――なんてことはない、あの<ダンゼル>の設計データだが。

 気づいてムジカはきょとんとまばたきした。


「……あん? この前のとまた仕様変わったか?」


 この前の事件で使った状態と比べると、結構な変更が加えられている。

 最も大きな変更点は装甲板の用意と、左右のガントレットマニピュレータだろう。空力カウルしかなかったバイタルガードは最低レベルではあるが魔導感応装甲を備え、ムジカのケガに合わせて用意された右腕、大型粉砕歪曲腕は外されている。魔剣――イレイス・レイ用共振器が振れればよかった左ガントレットと合わせて、標準的な軽量型のものに変更されていた。

 一方で、空戦機動の根幹を握る大型フライトグリーヴはそのままだ。そしてブーストスタビライザーを含んだ背部レイアウトは……


「……なんでブースター周りの仕様が決まってないんだ?」

「それは助手よ、キミのパーソナルデータが全然集まらないからだよ!!」


 バン、とコンパネを叩き、その反動で椅子を回してアルマが振り向く。

 顔を見るまでもなくわかってはいたが、案の定アルマは不機嫌だった。怒っているとまではいかないが、まあ目を吊り上げてはいる。

 そそくさとリムがムジカから距離を取るのを裏切り者を見る目で見ていると、アルマが人差し指でこちらを串刺しにするかの如く指さしながら言ってきた。


「この前のアレは確かに突貫工事だったからいろいろアレだったかもしれんがね。キミの全力に合わせて作ってやろうとしてるのに、そのキミの全力のデータがないんじゃ決まらないんだよ!! 普段から手を抜いてるのは分かってるんだぞ? このてんっさい!! の私の時間は無限にはないんだ、わかったらとっとと本気でテストを受けたまえ!!」

「えー。とは言うけど、やる気出ないんだよ。あのフライトグリーヴでさえ結構なトンデモだろ? この上変なもの作られたら、俺、すんげえ困るんだけど――」

「困るわけあるかー!! 私を信頼しろ、誰もが唸る素敵なブースターを作ってやるぞ!!」

「それが怖えんだよ……」


 どうせろくなものにはなるまいという予感がある。というよりもはや確信だ。絶対にろくなものにならない。

 ムジカの全力に合わせると言うのであれは、それはおそらくムジカが、という意味合いのはずだ。ブーストスタビライザーは回避の用途に使うことも多い。咄嗟の反射がものを言う世界で、一瞬でも気の抜けない機動用モジュールなど使いたくない。絶対に。

 なので苦い顔をしていると。

 先ほどまでの勢いから一転、『ふ、ふふ……』と引きつけのような笑い方をして、ゆっくりとアルマが口を開く……


「……そーかそーか……つまり助手は、ご褒美を寄こせと言うのだな……?」

「……あん? ごほーび?」

「皆まで言うな、わかっているぞ。というより今悟った。確かに私も狭量だった。アレやれコレやれと指示を出すだけで、確かに助手には報いていなかったなと。わかるぞ。馬を走らせるにはニンジンを目の前にぶら下げる必要があるというものな。うむ」

「……馬」

「アニキの扱い結構雑っすよね、アルマ先輩」

(お前が言えたことか?)


 とは言わない程度には、ムジカは大人のつもりだった。

 が、なんにしろそこでアルマはそのご褒美とやらを閃いたらしい。会心の笑みで叫んでくる。


「よし、助手よ! 出血大サービスだ――もし私に快く協力するというのなら、キミにあの<ダンゼル>の命名権をくれてやろう!」

「……命名権? アレに俺が名前つけろって?」

「うむ、キミがあの<ダンゼル>の名付け親というわけだ。正式採用された暁には、あの<ダンゼル>がセイリオスのノブリス・アーキテクチャとして登録されることになる! キミのつけた名が歴史に残るぞ? これはとっても名誉なことだ! どーだ嬉しいだろう!?」

「いや、別に俺、汚名を歴史に残したくはない――」

「そーかそーか嬉しいか! なんなら今決めてしまえ。そうすればもう助手は私に逆らえないからな! さあ決めたまえ今決めたまえ! せーの! さん、はいっ!!」


 なにやらもう、テンションで押し切るつもりらしい。

 手を叩いて拍子をつけ始めたアルマを『こいつ……』と白い目で見ていたら、なんとリムまで合いの手を入れ始めた。そして視線ではこう言った――もうさっさと諦めるっす。

 味方はいないらしい。観念のため息を深々とつくと、放り捨てるような感覚であっさりと告げた。


「“時代遅れカタフラクト”」


 ――瞬間。

 ギシィと音が聞こえそうなほど、ハッキリとアルマが硬直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る