3-2 ……兄さん。後でお話ししましょうか?

「なあ、助手よ……キミ、実は私のこと嫌いかね?」


 というのがまあ、十秒ほど硬直した後のアルマの反応だった。お気に召さなかったのは言うまでもないが、半分涙目なのはよほどショックだったらしい。

 だが皮肉が効いたことに、内心でムジカは口笛を吹いた。意外にアルマは古語に堪能らしい。こういうところでマッドではあってもバカではないんだなと感心させられるが。

 リムがきょとんと訊いてきた。


「カタフラクトってなんすか?」

「古語だよ。大昔の……ってのも変な言い回しだが。空歴以前、まだノブリスなんてなかった頃の騎士ナイトの前身だとさ。どこまでホントのことなのか、今となっちゃあわかったもんじゃないが」

「なんでそれで、アルマ先輩がショック受けてるっす?」

騎士見習いダンゼルの将来が、騎士ナイトですらない“騎士の前身カタフラクト”だぞ? 前時代的とか時代に逆行してるって批判だよ。ある種の皮肉だ、皮肉」


 本来の“カタフラクト”の意味は、単なる武装騎兵だったはずだ。ただしカタフラクトは職業や身分としての騎士が生まれる前の、いわば兵科であり、騎士という存在はその後に生まれたとされている。

 情報があやふやで曖昧なのは、空歴以前の歴史や文化はそのほとんどが散逸、失伝してしまっているからだ。

 メタルの誕生から長い争いを経て――そして人類が地上から空へと逃げる中で、人類は大部分の歴史や文化を喪失した。その中には言葉の意味や語源も含まれる。今となっては“それがなぜそう呼ばれているのか”がわからない言葉も少なくない。


 カタフラクトはその点ではまだかろうじて意味の残った単語だが、それが正しいかどうか、変質していないかどうかは今となっては調べようがない。

 その上でムジカがあの機体を“時代遅れ”と断じたのは、現代のノブリスはガン・ロッドによる射撃戦が主体だからだ。格闘機はとある事件をきっかけに仲間からの誤射の危険性が取り沙汰され、現在ではほとんど姿を消している。

 その流れにあの<ダンゼル>は逆行しているのだから、カタフラクトと名付けるのもむべなるかな――と、ムジカは思っているのだが。

 そんな名付けの反応はと言えば、リムの凄まじいまでの白い目と呆れだった。


「アニキってなんていうか……そういう、一周回ってカッコつけてるみたいな名前好きっスよね……」

「んだよ。なんか文句あんのかよ」

「いや、文句はないっすけど……」

「その言い方で本当に文句がなかったことがあったか?」


 断言する。ない。この場合のこの言葉の真意は“不満はあるけど今は妥協してあげますよ”だ。絶対に信用してはならない。

 などと思っていたら、「んじゃ言うっすけど」とリムは開き直ってみせた。


「正直アニキのネーミングセンス、あーしかなり嫌いっす。なんかこう……ビミョーに自虐めいてるのがカッコイイと思ってる感がイタイタしいっすよ。捻くれてるのがカッコイイと思ってるというか。正直ないっす。改善を要求するっすよ、改善を」

「遠慮なく言ってくれるじゃねえか……あーあーはいはい、わかったよ。まあ次があればな」

「その言い方でホントに改善したこと、今までなかったっすよね?」


 似たようなフレーズで当てつけられて、ムジカは肩をすくめてみせた。こういう場合はお互い様ということにして、水に流しておくに限る。

 そうしてリムのジト目を涼しく受け流しながら、アルマのほうに向きなおった。

 彼女は未だ、若干涙目で恨めしげにこちらを見ていたが。


「あーもう、わかったよ。命名権はいらねえから、代わりにあの<ナイト>のカスタムを頼むよ。それで本気のデータ収集は請け負ってやる」

「…………」

「……なんだよ、次は何の文句だ?」

「……要望がないなら私スペシャルのハチャメチャ実験機を仕立て上げてやるからな……」


 恨み節というか、アルマの呟きは明らかにある種の呪いだったが。


「要望、ねえ……?」


 ふと脳裏に閃いた選択肢の、イヤな感触を確かめるように呟いた。


「……アニキ?」


 何か感じ取ったのかもしれない。ジト目でこちらを見ていたリムが、不意に不安そうにこちらを呼んだ。

 勘がいい、というよりはこちらの顔から何か嫌なものでも感じ取ったか。そんなリムの様子に苦笑を返す。

 何に苦みを感じたかと言えば、それが欠片も全く惹かれない選択肢だったことだが。

 だがふと思い出したのは、とある少女の自信満々な声だった。


(やると決めたら半端はしない……か)


 そして、一週間前の襲撃事件のことを考えた。戦場に出る決断をした直前のことを。

 たまたまあの時はアルマが<ダンゼル>を用意してくれていたが。あの瞬間、ムジカは間違いなく無力だった。何もできず、知人の死を前に震えていた。思い出すのはその感触だ。

 ただの<ナイト>では、あの戦場を突破できなかったことだろう。それはここ数日、ずっと考えていたことだ。ただの<ナイト>では遅すぎる。

 今の立場を思えば満足するべきだとしても――必要なのは、もっと明確な力だった。


「なら、作ってもらいたいもんがある」


 だからこそ、嘆息するとムジカはアルマに告げた。


「む。もうカスタムの仕様が決まっていると?」

「ああ。ただ、今は手元にデータがない。近いうちに渡すよ……そいつを用意してくれるなら、俺も本気を出せるから」

「……今までは、本気じゃなかったと?」


 訝しむようにこちらを見るアルマに、だがムジカは肩をすくめることを返答とした。

 言うに及ばずだ。標準的な<ナイト>はムジカには“窮屈”に過ぎるし、アルマの作った<ダンゼル>はまだ機動系レイアウトが未完成。突撃しかできない欠陥機は、全力を出す前に慎重さを要求されるお粗末さだ。

 なにより――と思う。あの機体は、自分には合っていない、と。

 と――


「アニキ……まさか……?」


 震える声のほうを振り向けば、こちらを見るリムは愕然としている。その顔を見れば、否応なくわかろうというものだ――選択としては下の下を選んだのだと。

 だが、それでも必要だと思ったから、ムジカは引かない。

 真ん丸に見開かれていたリムの眼は、すぐにきっと睨むような形へと変わる。

 できれば目を背けたかったが、彼女がこう言ってきたのでムジカは逃げるのを諦めた。


「……?」

「……アイアイ、マム」


 手下口調を排してのお誘いだ。つまりお説教だろう。それも、本気の。

 あるいは、わざわざこちらが許しを請うための懺悔の時間を作ってくれたのかもしれないが――どちらにしたところで、何をするつもりか悟られている以上は甘んじて受けるしかないだろう。

 深々とため息をつくと、ムジカは暗鬱に覚悟を決めた。

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