2-2 どう思います?
(……“若”、ねえ?)
嫌な感触を訴えてくるうなじの辺りを揉みながら、ムジカは現れた男二人を胡乱な目で見やった。
一人は軽薄そうな十八前後の若造。もう一人は四十後半ほどの整えたヒゲの男。どちらが傭兵団の団長らしいかと問われれば、ムジカは後者と答えるだろう。
だがこの二人の様子を見る限り、男のほうが若造に傅いている気配がある。これは少々意外なことと思えた。
理由は単純。単に傭兵団の長となる者は、長く生き抜いた戦士と相場が決まっているからだが。
(大方、傭兵団の長の息子が後継いだとか、そんなところか? 親子二代で傭兵ってのも珍しいが、ないわけでもないし……それに、この声……)
聞き覚えがある。先ほど見かけた<ヴァイカウント>級ノブリスの使い手が、確かこんな声だった。敵であるはずの空賊を助け、ムジカを撃ったあのノブリスの――
まあ、どうでもいいことではある。仮にそうだろうが違おうが、この案件は本来ムジカには何の関係もないことだ。この護衛任務とやらを終えれば関わることもあるまい。
そう割り切ってしまえば思うところなど何もなく、すぐに退屈に襲われるが。
青年が気安くレティシアに声をかけたのは、ちょうどそのタイミングだった。
応接机からあいさつのために立ち上がったレティシアに、上機嫌に言う。
「地獄に女神とはあんたのことかな。どーだい? つまらない話が終わったら、その後はお茶でも」
「あらあら、まだあいさつも交わしておりませんのに。気の早いお方ですのね?」
「なんなら手も早いぜ。試してみるかい、お嬢さん?」
にやりと笑って青年が言う。浮かべたのは人好きのする笑みだ。気障なことを言ってハズした滑稽さが、二枚目半のような気安さを感じさせる――が。
それがわざとだと見抜いたうえで、レティシアは応じなかった。微笑んで、言い返す。
「ふふふ。嬉しいお誘いですが、お断りさせてください。これでも私、身持ちは固くありたいのです」
と、そこで何故かレティシアはちらとこちらを見た。
ちょうどあくびをしかけていたところだったので、慌てて噛みしめる。まさか、あくびの気配を察してこちらを見たのだろうか。だとしたら察しがいいというか、気の抜けない相手だが。
素知らぬ顔をしていると、ほんの少しだけ彼女はつまらなそうに眉根を寄せた。
「……むー。手ごわい」
こちらにも聞き取れないほどの小声で何事か囁いた後、視線を青年のほうに戻す。
当の青年と言えば、断られるのを予想していたらしい。特にショックを受けた様子もなく、何かを放り捨てるように肩をすくめてみせた。
「あーあ。フラれちまったか。オーライ、なら仕方ない。だったらさっさと商談を始めよう」
そうして対談のためだろう、レティシアの対面の席に着く。もう一人の男は青年の背後に控え、ラウルは彼らから離れてムジカの隣にまでやってくる。
レティシアも座り直すと、青年が早速切り出した。
「浮島スバルトアルヴより派遣されてきた、ドヴェルグ傭兵団の頭領、フリッサだ。こいつはジョドスン。任務は“罪人の護送”――ダンデス・フォルクローレの回収だ。雇い主には話を通しておくって言われてるんだが。齟齬はないかい?」
「ええ。傭兵団を派遣すると、スバルトアルヴのノーブルから伺っています。計画では、今日彼を回収して、そのまま帰還されると聞いていましたが?」
「計画ではまあ、そうだったんだがねえ……」
と、言いづらそうに口ごもってから。
観念したように肩を落として、言ってくる。
「アンタも見てたんじゃねえかな、うちらが空賊に襲われてたの」
そうしてフリッサはレティシアたちを素通りさせて、窓の先へと視線を投げた。
そこからでは角度的に、見たいものが見えなかっただろうが。なんとはなしに、ムジカはその視線の先を追いかけた。窓に近かったから、フリッサがおそらくは見たかっただろうものが見える。
それはエアフロントの淵にあった。フリッサたちの大型フライトシップだ。空賊は撃退したが、損傷過多で不時着した。現在は警護隊と傭兵団が協力して様子を見ているようだが。
それが見えているはずもないが、フリッサが言ってくる。
「あんな状態だと、今日中に帰れって言われても難しくてね。悪いんだけど、アレ直すまで逗留の許可をいただけねえかな?」
「ふむ……期間は?」
「損傷具合にもよるけど、ざっくりひと月は欲しいね」
「ひと月……」
言葉を、というよりはその感触を確かめるように、レティシアが繰り返す。
時間にして数秒。考えるような間を少しだけ置いた後、彼女はふと言ってきた。
「どう思います?」
こちらにだ。まさか意見を求められるとは思わずまばたきするが。
「……なんで俺に訊くんだ?」
「いえ、多面的なものの見方も時には必要かなと」
「だからって、俺に意見求められても困るんだがな……」
ちらと隣のラウルを見やるが、彼はおどけるように肩をすくめてみせた。この件に関して何も言う気はないらしい。
と。
「失礼ですが、そちらの御仁は?」
聞き慣れない声だったので、誰が言ったのかすぐにはわからなかった。
視線をそちらに向ければ、目が合ったのはジョドスンとかいう男だ。疑う――というよりは、敵でも睨むかのような目がこちらを見ている。
わからないのは、そんな目で睨まれなければならない理由だが。
(……こいつらに見覚えはないな。知り合いでもなんでもないはずなんだが……)
ふと視線をずらせば、冷たくこちらを見据えるフリッサと目が合う。
あちらは挑発でもするかの如く微笑んでみせたが、ムジカは表情をピクリとも動かさなかった。
と、レティシアが暢気に答える。
「ああ、彼は我が島のノーブル――」
「違う。ただの学生だ」
まだ諦めてなかったのかと白い目を向けると、レティシアは唇をへの字に曲げてみせた。
だがジョドスンは納得していない。未だに視線を険しくしたまま、
「ただの学生が、どうしてこの場に?」
「さあ? この人の趣味としか言いようがねえな」
「……むー。それだけ聞くと私、公私混同してるダメな管理者みたいですね」
レティシアがうめくが、実際その通りではある。この場にムジカがいる必要性はほとんどないので(というかレティシアのワガママで連れてこられたので)、公私混同は正しい指摘だ。
なんにしてもジョドスンはまだ追及を続けようとしたようだが、レティシアがそれに付き合わなかった。
ジョドスンが口を開くよりも早く、彼女がバッサリと切り捨てるように話を戻す。
「ひと月は長いですね。期間は最大で二週間。船の修理が終わり次第退去という形であれば受け入れましょう――ただし修理期間が足りなくなっては本末転倒です。我々のほうからも、修理要員を派遣しましょう」
「おいおい、それは困るな。アレは俺たちの家だぜ? 他人に土足で踏み入られたくないんだけど?」
「とは言われましても」
そこでレティシアは言葉を区切ると。
まるで困ったとでも言うように、こてんと首を傾げてこう言った。
「――私、実はあんまり、あなた方を受け入れたくないのですよ」
「……!?」
まさかの一言に、思わずムジカは目を剥いた。あまりにも直接的すぎる拒絶だ。もはや宣戦布告に近い。
真っ向からの拒絶に驚いたのは向こうもだ。飾る気のない言葉を突き付けられて、フリッサが絶句しているが。
にっこりと笑うレティシアに、逆ににやけ面を消したフリッサが言ったのは、これだった。
「……いいのかい。スバルトアルヴとの仲がこじれるぜ」
外交問題になると言う。
脅しだろう。たかが一傭兵が粗雑に扱われたにしては、大げさな物言いだ。
だが一方で、彼らがスバルトアルヴの専属傭兵であることを考えると、なくはない話ではある。彼らが全権大使としての任を担っている場合、確かに問題にはなり得る。
だがレティシアはにべもない。彼の言い分に欠片も取り合わなかった。
「あら。
「…………」
微笑みもそのままに……だが支配者として、突き返す。
そうして無言のまま、二人は睨み合う。間に流れるのは冷たい空気だ。敵を見据えるように――というのであれば、まさしくこの二人の視線がそうなのだろうが。
音を上げたのは、フリッサのほうだった。
「こっちのが分が悪いな……オーライ、わかったよ。二週間で出て行く――ただし、修理だけは俺たちだけでやらせてもらいたいね。それで修理が終わってなくても、俺たちは出て行く。それでどうだ?」
「ええ、それで構いません。ただし、修理に参加はせずとも監修要員はつけさせていただきますね? 修理用の資材の手配も必要でしょうし」
「だらだらやるなってことね。オーライ、それも受け入れるよ」
「ああ、あと、先ほど絡まれていた空賊の情報はくださいね? もしこの周辺空域を拠点としているなら、退治しませんといけませんし。あなた方が連れてきてしまったとも言えるわけですし、もし近くで見つけたら退治にもご協力を――」
「おいおい……注文が多いぜ。勘弁してくれよ、お嬢さん」
嘘だろとでも言いたげな様子で、フリッサ。だがレティシアはあまり容赦をする気もなさそうだ。若干恨みめいたものを感じなくもないが……
なんにしろ、そうして話題が交渉に移っていったあたりでムジカは会談から興味をなくす。
ジョドスンとかいう男がこちらを気にしているのに気づいてはいたが、ムジカは気にせず欠伸をかみ殺すことに神経を注いだ。
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