2-1 ……十分、アウトローでは?

(……なんだって俺が、まだこんなことに付き合わされなきゃいけないんだ……?)


 戦闘から離脱し<ナイト>を返却後。レティシアに呼び出されたムジカは、警護隊詰め所の隊長室で深々とため息をついた。

 何のためにそんなところに呼び出されたのかと言えば、レティシアの護衛のためだそうで。デスクに座るレティシアは上機嫌だが、ムジカはボディガードよろしくその後ろに控えながら、呻くように言う。


「なあ。俺もう帰ってよくないか?」

「ダメですよ? 護衛が護衛対象ほっぽりだして帰るのは許されません。そんなひどいことすると怒りますよ? むーです。むー」

「……むーって、ガキ叱るみたいに言われてもな」


 呆れて言うが、レティシアは聞いた様子もない。なのでムジカはまたため息をついた。

 既に傭兵団と空賊たちの戦闘は終わり、静けさを取り戻したエアフロント。警護隊詰め所は未だにてんやわんやな状態だが、隊長室はその騒ぎとは今のところ無縁だ。報告も来客もまだない。

 だから、というわけでもないのだが。応接机につくレティシアはニコニコとご機嫌だ。どうも、帰ろうとしたこちらを捕まえられたのが嬉しかったらしい。護衛ならラウルのほうがいいだろうとも言ったのだが、彼女は聞く耳持たなかった。


(何がしたいんだかなあ……どうせこの後、あの傭兵団と打ち合わせかなんかだろ? 別に俺、いらないんじゃねえかな……?)


 胸中でのみ呻くが、それを言うと何か藪蛇な予感がしたので、言わない。釈然としないものを感じながらも、ムジカは首を傾げるにとどめておいた。

 が、その気配でも読んだのか、レティシアが不意に振り向いてくる。


「ムジカさんは、私がこの後どうなってもいいと思ってるのですか……?」

「あん?」


 一瞬何を言われたのかもわからなかったので、つい呻く。

 と、レティシアは“ふふん”と得意げな顔をすると、人差し指をピッと立て、


「よく考えてみてください。これからお話する相手は、男やもめで女日照りの飢えた野獣のごとき傭兵団。対するは浮島の管理者としては、未熟で若輩なか弱い乙女のこの私。女に飢え獣欲をたぎらせた荒くれたちは、私を見てきっとこう思うことでしょう――」

「“あーもうヤっちまうか”って?」

「……もうちょっとこう、遠回しに言ってくださいません?」

「そっちが始めた話だろうに」


 想像したのか何なのか。白い目を向けた視線の先、レティシアは軽く頬を染め、恨めしそうに睨み返してくる。

 だがムジカとしては呆れるしかない話でもある。ため息混じりに言い返した。


「一応言っとくが、傭兵をイコールで荒くれだの悪漢だのと結びつけるのは安直だろ。食い扶持なくて荒んでる奴らばっかかもしれんが、連中の出自はほとんどノーブルだぞ?」


 粗暴なイメージばかりが先行しているせいか、その事実がどうしても忘れられがちだ。だがノブリスを扱える者が傭兵になるのだから、その彼らが元はノーブルだというのは何もおかしい話ではない――ただし、非嫡子が多いという注釈もつくが。

 現代において貴族――ノーブルとはすなわち、この空に浮かぶ浮島を守る者たちの呼称だ。彼らは祖先から代々受け継いできたノブリスを纏って人類の天敵、メタルと戦うことを使命とする。

 魔道式強化外骨格エクゾスケルトン、対メタル用空戦機動兵器。ノブリス・フレームは“浮島”と並ぶ、古代魔術師の遺産だ。現代の技術者では再現できない、人類を守るための貴重な遺産。

 ただしその遺産は長子相続となることが多く、大抵の場合非嫡子は嫡子に“もしも”があったときのためのスペアでしかない。一応は非嫡子……というよりノーブルの家族は貴族扱いが通例だが、それでも彼らの立場は決して強いものではなかった。


 ただし、今はそれも昔の話だ。

 事情が変わったきっかけは、人類がノブリスの最下級モデル――俗に<ナイト>級と呼称されるノブリスの“再開発”に成功したことだ。最も困難とされた魔道機関の再現に成功し、量産が可能となった。

 量産された<ナイト>はスペアに過ぎなかった貴族の非嫡子たちを正しく“ノーブル”へと変えた。そして同時に、使命から浮島から離れることのできなかったノーブルたちの足を軽くした。<ナイト>さえ――戦力さえあれば、人は容易に他の浮島へと行ける。浮島間のフライトが、命がけではなくなった。

 俗に“傭兵”と呼ばれる彼らは、その中で生まれた。活躍の場すらなかった貴族の非嫡子たち。彼らはスペアとしての生を捨て、自らの活躍の場を外へと求めた。そして<ナイト>と共に故郷たる浮島を出ていった。それが始まりだ。


「そらまあ素行の悪い奴らだってそこそこいるけどな。だからって、会う奴片っ端からアウトロー扱いすんのはやめとけよ? ヘタなこと言ったらすぐケンカになるぞ?」

「……すぐにケンカになる時点で、十分アウトローでは?」

「舐められたら終わりな稼業だからな。そこは仕方ねえよ」

「……十分、アウトローでは?」


 同じ疑問を二度繰り返して、レティシアは眉根を寄せる。

 だがまあ、それでレティシアが何故ムジカに付き添いをお願い(というか強制)したのかよくわかった。これから件の傭兵団――ドヴェルグとか言ったか――と会談するにあたって、相手の激発を危惧しているようだが。

 

 本来なら、ドヴェルグ傭兵団との会談など必要なかった。当初の予定では、ダンデスの入ったジェイルコンテナを押し付けて、それでお終いだったらしい。

 だがドヴェルグ傭兵団が空賊に襲われたせいで、計画が崩れた。彼らのフライトシップは大破し航行不能。船の修理のためにも逗留を認めざるを得ない状態だ。

 当然だが、セイリオス側としては彼らの逗留は歓迎していない。ムジカはああ言ったが、傭兵がアウトロー寄りの存在なのは事実だ。商人などと違って、利や益を運ぶ存在でもない。

 また、ノーブル側の心情の問題もある。本来ノーブルは“浮島と、そこに住む人々を守る”という使命を持った存在だ。傭兵と呼ばれる彼らはそれから背いた裏切り者とされることも多い。

 特に若い者――つまりは潔癖な者――の多いセイリオスでは、受け入れがたい存在だと言えた。

 そんな傭兵団との会談が、このあとすぐというわけだ。

 と。


「……ん?」


 不意に感じた人の気配に、ムジカは顔を上げた。

 部屋の外。足音は複数――おそらくは、三人分。どうやら来たらしい。

 荒めのノックの音にレティシアが“どうぞ”と返すと、そこそこの勢いでドアが開いた。

 最初に現れたのは壮年の大男、ラウルだ。どうやら、彼が客人の案内役を任されたようだが。


「やあ、レティシア嬢。連れてきたよ」


 そして、その背後から現れたのは――


「ひゅーっ。あんな目に遭って心が滅入ってたんだが。美人の出迎えとは生き返るねぇ」

「……はしたないですぞ、若」


 口笛を吹いたにやけ面の青年と、壮年と呼ぶにはやや歳のいった、整えたヒゲの男だった。


 ――軽薄なようでいて、その実観察するように落ち着いた瞳が、うなじの辺りをざわつかせた。

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