2-3 ……俺のせいか?

 そんなこんなでセイリオスにドヴェルグ傭兵団がやってきた、翌日。


「アーニキー。朝っすよー。いつまで寝てるっすかー?」

「……ん、うぅ……」


 たまの休日だというのに朝から起こされて、ムジカは不機嫌に体を起こした。

 しょぼしょぼする目をどうにか開きながら、もそもそとベッドから這い出る。出来ることならまた寝ていたかったが、リムを無視すると後が怖いので諦めた。

 気力を振り絞って扉を開くと、そこにいたのは案の定、唇をむっとさせたリムだった。

 エプロン姿だが、お玉とフライパンまで装備しているので臨戦スタイルだとわかる。起きておいてよかったとムジカはこっそり安堵した――無視して寝てたらおそらく、耳元でガンゴンギンガィンと騒音地獄が繰り広げられたことだろう。

 だがその前に顔を出したから、一応合格らしい。にんまりと相好を崩したリムに、ムジカはあいさつした。


「おはよう、リム。んじゃ、おやすみ――」


 ――ガンっ!!

 それが何の音かは言及しないが。にこやかなまま、なのに明らかに圧を増した表情で、リムが囁く。


「……そんなに起こされたいっすか?」

「一回起こされたら寝てていいのか?」

「ダメに決まってるじゃないっすか」


 決まってるらしい。これ以上はごねるのも危ういと悟って、ムジカはため息をついた。

 降参のために両手を上げると、してやったりとリムが微笑むが。


「たまには寝過ごす休日もいいと思うんだけどなあ……」

「悪いって言いたくはないっすけど。それ認めたらアニキ、毎回休みは寝っぱなしになるじゃないっすか。ダメ人間まっしぐらっす。よくないっすよそういうの」

「……へいへい」


 呻きながら、ぽんぽんリムの頭を撫でつつ階下に向かう。

 洗面所で身だしなみを整えてからリビングに出向けば、リムが朝食を用意していた。

 ラウル傭兵団の中で、炊事――というか、家事の類はリムの仕事だ。最初はそれもムジカの仕事だったが、いつからかリムが手伝うようになり、いつの間にやらリムの担当になった。今では完全に任せきりだ。

 見慣れたエプロン姿でキッチンから配膳するリムの姿を眺めて、つい呻く。


「うーん……」

「? どしたっすか、変な顔して?」

「いんや、なんでも。顔は元からだ、ほっとけ」


 苦労をかけてるなあ、とは毎回思うが言わない。代わりに配膳途中のリムの頭をぽんと撫でた。

 と、リムがこちらを見上げて、ジトっとした目を向けてくる。


「ん? どうした?」

「……アニキ、なんかことあるごとにあーしの頭撫でてないっすか?」

「気のせいだろ?」


 言い切ってから、テーブルに着いた。

 リムが対面に座るのを待って、食前のあいさつを呟く。

 用意された食事は二人分だった。それが理由で、というわけでもないが、トーストをかじりながら訊く。


「そういやラウルは? またなんかの仕事?」

「みたいっす。アニキが起きる前に、トーストかじりながら出てったっすよ?」

「繁盛してんなあ……俺たちの今日の予定は?」

「特にないっすね。強いて言うなら、暇なら研究室に顔出してほしいって言われてるくらいっす。アルマ先輩、まだデータ取り足りないみたいっすし」

「まだあ? もう十分取っただろ?」

「量はともかく、質が悪いって言ってたっすよ。アニキ、毎回手を抜いてるじゃないっすか」


 バレてるっすよ、などとジト目で言われて、ムジカは思わず渋い顔をした。

 ここ最近、アルマはムジカの操縦特性を躍起になってデータ化しようとしている。目的は例の<ダンゼル>の最適化だ。一週間前の“欠陥機”の状態から、ムジカの能力に合わせて更なる飛躍を目指したいようだが。

 問題なのは、ムジカのやる気のほうだった。

 これまでアルマの実験に付き合ってモジュールのテストをしたり、アーシャの訓練に付き合ったりはしたが。それはあくまで実験や訓練なので、確かに本気は出していなかった――というより、出す機会に恵まれなかったというほうが正確か。

 そもそもがそれらは目的が違う。ムジカの能力テストではないのだから、本気でやる必要がなかったのが実情だった。


「俺が悪いみたいな言い方されてもな……そういや、この前のは? あの襲撃事件、いいデータになったんじゃねえの?」


 一週間前のメタル襲撃事件のことだ。あの<ダンゼル>の初陣でもある。

 たった単騎でメタル群を相手に大暴れしたのだ。いいデータが取れていてもおかしくないはずだが。

 リムの答えは、これだった。


「なってないっす」

「……なんで?」

「だって、データ取ってなかったっすもん」

「…………なんで?」


 意味がわからず、思わず二度同じ疑問を繰り返す。

 だがリムとしては仕方なかったと言いたいのだろう。若干開き直った様子で言ってきた。


「あの<ダンゼル>、あんまりにもあんまりな突貫工作だったせいで、ライフサポートシステライサポムすら積んでなかったじゃないっすか。機体の稼働データはともかく、アニキの状態なんかデータのデの字も取ってないっすよ」

「……ホントにクソだな、あの<ダンゼル>」


 つい本音で呻いた。搭乗者のことを何一つ考えてない欠陥格闘機というだけでもかなり“アレ”なのに、データも取ってないではポンコツもいいところだ。とことんいいとこなしである。

 なんにしてもそんなこんなで雑談しながら朝食を食べる。

 食べ終えた食器をキッチンに片付ける道すがら、ふと思いついて呟いた。


「俺のデータがありゃいいんだろ? バルムンクに積んであったエネシミュはダメか?」

「エネシミュっすか?」


 ムジカたちのフライトシップ、バルムンクに積んである設備のことだ。

 エネミーシミュレータ――あるいはバトルシミュレータなどと呼ばれるそれは、ノブリスの仮想戦闘シミュレータだ。取り込んだデータをもとに戦闘シチュエーションを設定し、寝台めいた筐体内の使用者に仮想現実を、魔術的に体感させる形で戦闘訓練を実施する。

 ノブリスの実機を使うわけではないので微妙に現実と差異はあるが、エネシミュの利点はどんな条件でも再現できることにある。初心者用の訓練から実際にあった過酷な戦場の再現、設計途中のノブリスのシミュレートなど、データさえあれば基本的にはなんだってできる。

 空の旅を続けていた頃、ムジカも暇な時にはよく使っていた。当然訓練用の設備なのだから、フィードバックのためにも使用者のデータは収集していたはずだが。

 リムからも食器を受け取って洗いながら訊いた先、彼女は何やら渋い顔をしていた。


「……アレ持ち出すっすか? グレンデルのノブリスのデータとかも残ってたはずっすから、持ち出すとうるさいかもっすよ?」

「いらないデータは消しときゃいいだろ。第一、あの島のデータっつったってもう三年前のだろ? 今更気を使う必要があるとも思えないけどな」

「うーん……でもー……昔のアニキのデータも交じってるから、データの質も怪しいところあるっすしー……」


 リムはあくまで煮え切らない反応だ。何か引っかかるところがあるようだが。

 だがふとそこまでリムが嫌がる理由に気づいて、ムジカは眉根を寄せた。


(……そういや、“アレ”のデータもまだ残ってるんだったか?)


 とある<ナイト>級ノブリスの設計データだ。オリジナルは搭乗者がいなくなったので廃棄、ないしは分解されたはずだが。データですらリムは見るのも嫌がる。ある種のトラウマになっているらしい。

 だがそれはムジカも似たようなものだ。リムほどひどくはないが、進んで見たいものではない――事実、故郷グレンデルを出た後は一度もデータを参照していない。

 だが、とも思う。あのメタル襲撃事件の日。もし、あの時――


(あのノブリスが、手元にあったのなら――……)


 その気持ちは表に出さないまま、ムジカは呟いた。


「ま、どっちにしたところで暇なときは遊べるようにしておきたかったし。逐一バルムンクのあるエアフロントまで行くのもだるいし、研究室持っていこうぜ。いらないデータはその時消せばいいだろ」

「うー……わかったっす」


 憮然と、絶対納得してない様子で、リム。

 その様子にやれやれとため息をついてから、ムジカは食器洗いを終えた。外行き用の服に着替えるためにリムと別れて部屋に戻り、とっとと着替えて部屋を出る。

 今日は休日だが学校に行くこともあり、ムジカもリムも制服だ。といってもマジメに着こなすリムと違って、ムジカはもはやだらしなく着崩しているが。


「……制服着崩すのって、正直どうなんすか? あんまりかっこいいと思えないっすけど……」

「かっこいいからじゃなくて、息苦しいからやってんだよ。首輪でも付けられてる気分になるし。きっちりしてると落ち着かねえんだよ、最近」

「……昔はもう少し真面目だったと思うんすけどねえ……」

「いつの話してんだ、いつの」


 苦々しくうめいてから、玄関から外に出る――

 と。


「……あん?」

「? どしたっすか?」


 玄関前に二つ人影を見つけて、ムジカは思わず眉根を寄せた。

 一人は顔見知りだ。犬の尾みたいなポニーテールの、見慣れた赤毛の少女、アーシャ。

 何やら気まずそうに、顔に苦笑をへばりつけつつこちらに手を振っていたが。


 もう一人は知らない女だった。

 金髪碧眼、すらっとしたプロポーション。顔立ちは整っており、客観的な事実として美少女と呼んで差し支えないような女……ではあるのだが。

 ドレスのように改造された制服に、丹念に巻かれたその髪と。ムジカが頬を引くつかせたのは、その女のそんな服装と髪型と――そして何よりも、その女の顔に浮かぶ、どこまでも勝ち気で不敵な微笑みのせいだった。

 その女はこちらを認めると、更に笑みを深めて口を開く――


「――おーほっほっほっ!! あなたがムジカ・リマーセナルね? この私、セシリア・フラウ・マグノリアが、あなたに――」


 ――バタンっ!!

 ……ガチャ。

 そして振り返り、リムに告げる。


「リム。雨降ってるから今日は家で寝てよう」

「…………アニキって時々、すっごいムゴいことするっすよね」

「何言ってるのかわからないが、面倒は避けるべきだと思わねえか?」

「それは否定しないっすけど……」


 言いながら、眉間にしわを寄せたリムが玄関を見つめた。


「アニキってたまに、わざとかって思うくらい逆効果なことしてないっすか?」

「……あん?」


 と――ちょうどそのタイミングで。

 外から聞こえてきたのはこんな声だった。


「わー!? ちょっと、ダメだってセシリア!? 殴り込みはダメだってっ!!」

「キーっ!! 離しなさいアーシャ!! あ、あの男――あの男、この私をこ、コケに……コケに!! こんな仕打ち、生まれて初めてだから、私っ……!!」

「え、あ。ウソ、泣いてる? 泣くのか怒るのか、どっちに――じゃなくて。ひとまず落ち着いてって! そういう奴だって、あたしさっき言っておいたじゃん!?」

「でも、でも、こんなことされるなんて思ってなくて、私っ……!!」


 そして声は聞こえなくなるが、すすり泣きの気配をひしひしと感じる……

 と、リムが呆れたような半眼をこちらに向けて、非難するように言ってきた。


「どうするっすか? 泣かせたみたいっすよ?」

「……俺のせいか?」

「この状況でそれ訊ける心胆に驚きっす。他に誰のせいだって言うんすか」


 リムは大げさにため息をついてみせたが、ため息をつきたいのはむしろこちらのほうだった。

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