第10話 古城の中で・・・

 イチカ・リィズ・アナスタシアは何とか古城の中へ入ってきた。室内は、ちょうどいい温度で、快適だ。そもそも室内と呼ぶよりも胃袋の中と呼ぶべきかもしれない。古城そのものが魔物なのだから。「水、喉が渇いたわ。どこかで飲めないかしら?それとも精霊を呼び出して…うん?でもここの胃袋の中では精霊を呼び出せないのかな。それとも呼び出してしまってはまずい。うーん。こういう時はニュクス。ねえ、私に答えて。あなたは楽しみにしていたんでしょ」

【長い年月を得て、なるタイプと…度重なる事故、偶然などから怨念が集まり、人を喰らう化け物になってしまうタイプとに分かれる。ちなみにここは前者だ。後者であるなら歳月は関係無いからな。ここは長い歳月をかけて、複数の精霊達が宿った結果、人をたぶらかし、取りこんで魔物となった。そういう経緯を持っている。だから”ここ”古城で出される水などは間違っても飲むのは禁止だ。催眠効果の含まれた水を飲んでしまうと、後々解除するのが難しい。何せ水分として吸収するわけだからな。だからと言って飲むのを我慢するのも論外だ。答えとしては精霊を呼び出すに限る。しかし、複数の精霊達は今やゴーストの上位種に成り果てており、他の精霊をテリトリー内に召喚などすれば、たちまちに館全体からくびり殺されるか、異物として吐き出されるだろう。もちろん、私たちは後者だ。それではどうするか。簡単だ。口の中に精霊を召喚してやればいい。場所指定の召喚だ。練習をしておくように言っておいたよな。できているか、イチカ】

「あーあれね。・・・・・・ごめん、練習してない。あのホントごめん」

【まあ、そんな事だろうと思っていたところだ。今回は私が召喚してやる。今度、夜の時間に私の依頼に答えろよ、イチカ。なに、イチカでもできる簡単なことだ。心配するな】

「う、うん。わかったわ。召喚お願いします」と、イチカは目を瞑り、両手を合わせる。口の中に水が溢れ出ている。口を開けてしまい、数滴こぼしてしまう。イチカは急いで口を閉じてゆっくりと味わう。ごくんと、音がするわけでは無いが、飲み込むことを意識してイチカは飲み込んだ。精霊は消えてしまったのか、水に溺れる事も無く、水が溢れるのは終わりを告げた。ニュクスは自分で何度も試しているのだろう。そうでなければこんなに上手くいくはずがない。

 改めて周囲を観察する。赤い絨毯の廊下、灰色の石壁、二階へ続く階段、天井にはシャンデリア、槍を持った鎧の騎士人形、水槽、オレンジの髪をしていて、紫の帽子に紫の服を着た女の子の人形、人間の顔をした犬・・・。いくつかおかしな物をイチカは見てしまった気がした。紫の帽子を被った女の子の人形は歩いている。人間の顔をした犬は尻尾を振ってどこかへ行ってしまった。

女の子の人形はこちらに歩いて来ている。

「こんにちは、お姉さん」と、イチカに話してきた。

「うん。こんにちは」と、イチカも答える。

「私たちを食べに来たの?お姉さん」と、人形は言う。

「えっとそうね。ニュクスに聞いてみるわね」

【イチカ、そう言う質問ははぐらかすんだ。馬鹿正直に答えているんじゃない。まあ、答えてしまったのは仕方ないが。私が楽しみにしていたのは、古城という魔物の中に住んでいる奇妙な存在に出会いたかったからだ。目の前にいるような、存在にな】

「お姉さん…ニュクスって言うの?」

「ううん。イチカが今の私。ニュクスは夜の私。えっとね。ニュクスはあなた達に会いたかったって言っているわ。とても楽しみにしていたみたい」

「わ、私たちに?私たちは古城に食べられて古城に消化器官の一部として再生されただけの存在だよ。そんな私たちに会いたかったの?ここに食べられに来たの?お姉さんも人生に絶望しちゃったの?」

「人生に絶望している私も確かにいるわ。ルキって私は呼んでいるけど。それも確かに私。ただホントにあなた達と言う存在に愛おしさをニュクスは感じているのよ。それに私、イチカも。可愛いってあなたのことを思ってしまっているわ」

「ええ?おかしいよ。おかしすぎるよ。消化器官の一部なんだよ、私たち。消化を手伝うことで古城に生かされているだけの存在なんだから」

「じゃあ、そのシステムを書き換え・・・ううん。私たちこそ唯一の所持者。古城は私の意思に従ってくれると思う。まあ、分からないかもしれないけど。だから抱きしめさせて。そうしたいの」

「・・・・・・。そ、そこまで言うなら。体、溶けても知らないよ。でも、私たちを理解した上で、私たちを必要としてくれるのは素直に、なんだろ。この胸が暖かくなっているのはなんだろう。胸の奥からじわじわと暖まっていっている感じなの。心地いい。心地いい。うん、きっとそんな感じなの」

イチカは紫の帽子を被った女の子の人形を抱きしめて頬擦りする。

イチカの皮膚には薄いうすい膜ができていて、消化されるのを防いでいる。

「お・・・イチカ。ううん。イチカ様、ありがと・・・う」紫の帽子を被った女の子の人形は白い光の粒となって、ゆっくりと消えて行った。イチカの足元の絨毯も白い光の粒となって天井に上がる。イチカの足から三〇センチほど円を描くように絨毯が消えて赤茶色の床が現れた。イチカが歩くと、歩く場所だけ絨毯に穴が空くように消えて、赤茶色の床が見える。しばらくすると、また絨毯が現れる。魔物である古城が補充しているようだ。

「これはとても楽しめそうね。造りからして3階建てかしら。そんな気がするのだけど。とりあえず、1階から楽しみたいわね。だから、階段は後回しにして、変な顔を持った犬の方へ行こうかな」と、イチカは廊下の奥へ消えていった方へ歩き出した。古城は石壁に目玉を出現させて、イチカを見ている。だが、攻撃の意思は無いようだ。ただ観察している。正体を見極めようとしているのかもしれない。石壁の目玉はしばらく観察した後、ゆっくりと閉じた。


明日へ続く。

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