第8話 朽ち果てた家屋にて。

 イチカ・リィズ・アナスタシアは気まぐれに行動している。金に輝く髪、虹色の目、白色の長袖を下に着て、赤いワンピースをその上に着ている。クロちゃん(黒き狼にして世界を壊せる者)を引き連れて、朽ち果てた家屋を歩いている。果たしてその表現が正しいのか。それともただの誰も住んでいない家なのか。ほんの少し穢れ《けがれ》の気配が漂う愛しき場所なのか。いやいや、決して愛しきなどと普通の人は思うまい。吐き気を覚え、黒いわしの翼を背中に持つ、黒い大虎。目は赤く、人を喰らうあやかしにちょっとかじられて朽ち果てる。


ここ。ここはそんな場所。


そんな場所をイチカは笑顔いっぱいで歩いている。とても楽しそうに。彼女にとっては愛しき場所なのかもしれない。クロちゃんと今日のお昼ご飯は何をスパイスに食べる?などと会話をしながら歩いているではないか。


あやかしの名前は窮奇きゅうきなどと呼ばれていたりもする。仮にもきゅう字名あざなを授かっているところから霊獣の闇落ちと捉えるのが自然なところだろう。陰陽。世の中には裏と表がある。一霊四魂で考えられるところの奇魂くしみたま、感情体の部分が負の感情に飲み込まれ、闇落ち。なかなかな大きなあやかしと呼べる。虎の姿を司る前は牛の体にハリネズミの皮を持っていたと伝えられている。異世界の日本というところの牛鬼に近いところがあるのかもしれない。西洋ならミノタウルスであろう。ミノタウルスが迷宮の主人であったように、この窮奇なる者。ああ、ここでは仮に窮奇と呼ばせていただこう。ただの瓦礫だった家屋を迷宮と化している。イチカたちはそれを知ってから知らずか、笑顔いっぱいで楽しんでいるのだ。イチカの頭上には帽子に変化せずに不死鳥のまま、不死鳥が頭上にいる。おかしなメンバーで迷宮の中にイチカたちは足を踏み入れた。

「貴様、何者だ!」と、窮奇は闇から威圧をかける。壁の無いところに黒い壁が出来上がり、声を発している。普通の人間ならこれだけで、飛び上がり、腰を抜かして恐れ慄き、泣き崩れることだろう。ただイチカはにっこりと笑ったままだ。「奇魂だけになっても、よくここまで生き延びたものね。それはとてもとても愛しきことだわ」と、イチカはつぶやき、目を瞑った。

クロちゃんは口を開けて、白い光を放出する。仮にもクロちゃんは世界を壊せる者だ。窮奇の作った世界などあっさりと壊せる。

黒い壁に所々ひびがいく。

「な、なんだこの力は?まるで九尾狐様のような…」と、また黒い壁が新しく現れて声を発する。

「のような、ではなくて、クロちゃんは九尾狐とは同じ存在。世界を壊せる者同士。それで愛しき愛しき穢れよ、あなたにも直霊なおひを思い出させてあげる」と、イチカはいう。まだ目を瞑ったままだ。


窮奇は観念したのか姿を表す。作っていた迷宮を壊してまで。

黒い壁は壊れ、大きなわしの翼を持ち、黒い大虎の姿で現れる。

「あ、あなた様は一体?」と、目を瞑ったイチカに近づいていく。

感情体しか無いだけに、恐れを抱いてしまってはそれ以外は抱けないのも、あやかしの定めなのかもしれない。

イチカは目を開けて、窮奇のあごを撫でてやる。

「異世界日本において安倍晴明と呼ばれる人がいたの。今の私のように半眼で、あなた達のことを愛しきかな愛しきかな。我には其方ら全ての穢れが必要。其方らの存在を愛している。と、あやかしを愛でていた人がいたの。まあ、今も進行形で交流しているけど。陰を背負うなら陽あり。陽を背負うなら陰あり。どちらにも道はあるのよ。窮奇だったかしら。おかえりなさい」と、イチカは微笑む。朽ち果てた家屋なのか、ただ壊れた瓦礫の跡なのか。そこに虹色の光が集まり、さらに白い光となって輝いていく。眩しくて目を瞑るような眩しさだが、窮奇もイチカも目を閉じることは無かった。その光はどこか優しく、淡く、儚い。それでいて暖かい。そういうものかもしれない。

イチカの足元に四色の花が咲いていく。その中に一つ。ピンクの花びらをつける花が一輪咲いた。

「花はいいわねぇ、クロちゃん。ほら、クロちゃん、これこれ。この花をスパイスに、えっと食べるんじゃなくて。ほら、この花を愛でながら持ってきたサンドイッチを食べましょ。ね、いいでしょ」

「良い」と、クロちゃんは頷く。不死鳥もイチカの周囲をくるっと一周して同意を示しているようだ。

「うんうん。いいよね。こういう晴れた日って。」そう精一杯の笑顔でイチカは笑った。


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