第7話 パルラ・ティーと魔法職《さいごのかみさま》

涙が止まらない。こんなはずじゃなかった。

どれくらい泣き続けたのか分からない。

それでも涙が止まらない。


剣術を教えてくれたのは父だった。ダルム・ティー。母の名前はミレイユ・ティー。お互いに剣士として知り合い、道場を作り、研鑽を積んできた二人。それが母の結核が分かった途端、父は母を切り捨てるように行動し始めた。兄はそれに同調し、許せなかった。


でも。


でも。


「わたしがお父さんもお母さんもティム兄さんも、パラムだって守ってあげる」


そう約束したのはわたし。


そのために父は教えてくれていた。母も教えてくれていた。

ティム兄さんだって。そう。


わたしはわたしの大切なものを自らの手で壊してしまった。

どうしてこんな事になってしまったのか。


父はどうしてわたしの逆袈裟斬りをまともに受けて絶命したのか。


ティム兄さんはわたしが後ろから首を落とした。弟は静止した兄の胸を突き刺して、わたしが泣き崩れているのを見て逃げ出した。どこへ行ってしまったのか。


道場に立てかけてある立ち姿を確認するための鏡にわたしの姿が映っている。

わたしは金髪で、桃色の目をしている。髪は後ろでくくっている。

あれ?桃色?なにそれ?


父も母も・・・いえ、この世界の人間は等しく灰色の目をしているはず。

どうして色が・・・

肉親の死を体験した者は魔神に後ろ髪を引かれる。

あれは本当だったの?

ピンク。桃色はアスモデウス様。

そんな・・・。そんなことって。


「いたぞ!全員速やかに配置に付け。包囲が終わり次第、一斉にやる」と、道場の中に警察たちが入ってくる。その数、六人。獲物は槍。串刺しにするつもりみたいね。その程度の数で???


わたしは目を瞑った。アスモデウス様、聞こえておられるならお答えください。そしてわたしに完全なる幻影をお与えください。

【聞こえている。首を落とした者の首を拾い、接吻せよ。にえはそれで良い。お主なら簡単なことであろう】

「かかれ!」警察たちは合図と共に一斉にわたしに槍を伸ばしてくる。

ううん。合図をした人間が一番速い。わたしは合図をした人間の方へ半歩前へ進み、槍をかわして袈裟斬りに首を切り落とす。こう言うのをカウンターというのだろう。リーダーの喪失、槍の先にいた目標の喪失。時間が止まっているわ。わたしは順番に首を落として行く。簡単なお仕事だ。六人目でやっと反応がある。

「う、うわぁあああああ」と、槍を大振りに横薙ぎしてくる。それも腰を入れていない。腕だけの動き。遅い。ちょっと飛び上がって、回転して相手の後ろへ降り立つ。また相手は目標を見失った事に体のバランスを崩して足をもつれさせている。わたしは首を落とした。わたしはアスモデウス様に言われた通り、首を拾いあげて、切断面に口付けした。血の味がする。


転移魔法陣・・・新手。

完全なる幻影が発動する。

わたし、わたしが二人になる。これで撃ち漏らしは無い。

「お姉ちゃん!」

え?


え??


止まれなかった。わたしの剣はパラムの心の臓を二人で貫こうとしていた。


いや、貫いていない???パラムは金の魔法陣で守られている。

金???

虹色のオーラが溢れ出る金の魔法陣!!


魔法職さいごのかみさまだわ。

闇の支配者にして神の代理。


「お姉ちゃん!!」

パラムがもう一度叫ぶ。

わたしは剣を捨てて、パラムを抱きしめた。

「ごめんなさい、パラム」


また警察がやって来ている。それも今度も六人。手には銃と呼ばれるピストルを持っている。「配置に付け!魔導銃の恐ろしさをとくと見せてやれ!」と、警察はわたしを囲んでいく。「逃げなさい、パラム」

「駄目だよ、お姉ちゃん。おじさんたちもやめてよ。」

「構わん!撃てぇえええ!」と、警察の指揮官は言い放つ。

魔導銃は正しく発射される。赤い光。炎の精霊から力を借りているのかもしれない。わたしはそれをただ眺めていた。虹色のオーラが溢れ出る金の魔法陣が魔導銃の赤い光の弾丸からわたしとパラムを守ってくれる。この悪人を、極悪人を守ってくださる。これは一体?

わたしたちは煙に包まれる。包まれたまま煙は晴れる気配が無い。

「隊長、やりましたかね」

「この集中砲火で生きているわけないだろ。しかしすごい煙だな。殺傷能力は抜群だ。その上、味方同士で相打ちにならないよう、弾丸は味方には無効化されるようになっている。確認するぞ。番号!」

「1、2、3、4、5」

「よし!全員無事だな。しかし、こんな所から魔神契約者が出てしまうとはな。それよりも槍部隊はどうしたんだろうな。まあ、オレたちが来たんだ。あいつらも浮かばれるさ」

「あ、あの隊長。もしも魔神契約者が俺たちの部隊でも倒せなかったら???」

「その時は王が直々に動かれる。王か、魔法職さいごのかみさまがな。」

「それは俺たちが一時間以内に戻らなかったらって事ですよね」

「ああ、そうだ。転移魔法陣を使用しているから、この道場を出ればすぐ戻れる。戦いも終わった。あとは死体の確認だ」

「というか、煙が晴れませんけど。これ何かおかしくないですかい?」

「魔神アスモデウス様の術の中に幻想ファンタジスタという術がある。目の色はピンクだと聞いている。それに間違いなくピンクだった。つまり、術を発動させていると、考えられるか」と、隊長は顎に手を当てて考える。


話全部聞こえているわよ。アスモデウス様、ありがとうございます。どうして幻想ファンタジスタを使ってくださったのですか。

【イチカ、魔法職さいごのかみさまにでも聞いてくれ。おそらくもうすぐ来られる。】

え???魔法職さいごのかみさまが・・・そんな幸運にどうしてわたしが

「・・・」パラムはわたしに抱きついてくる。


「全員、構えろ!もう弾丸を氷に切り替えて、それから撃て!」

「はい!」

六人がそれぞれ弾丸を入れ替えて、構え直して撃った。

青白い光が弾丸となって、パルラたちを捉える。

煙は消える。

今度は魔法陣は出現しなかった。

ただ赤いワンピースの少女がいるだけだ。

青白い光は無効化された。

「イチカ・リィズ・アナスタシアです。戦いをやめなさい」

「も、もちろんです。王よ!」と、隊長は跪く。

他の隊員もそれに習う。

「転移」と、イチカはつぶやく。

警察官たちは金色の魔法陣によって転移していく。光の粒となって消えていった。イチカはそれを虹色の目で眺めている。

「こんにちは、パラム・ティー。それとパルラちゃんかな?」と、イチカは言う。

「・・・」パラムはただ跪いた。

パルラも跪いている。

「あ、あの初めまして。さ、魔法職さいごのかみさま。わたしのような極悪人にどんなご用件で、ど、どうしてわたし、生かされているのでしょうか」

「弟くんを殺していたら、完全に修羅の世界に落ちてたねぇ。うふふ。剣、得意なんだねぇ、パルラちゃん。パルラちゃんにとって、剣って何?」

「そ、それは」

「剣を拾って。それで私を攻撃してみてくれる?戦ってみないとパルラちゃんの剣への気持ちとか、積み上げてきたモノとか、分からないから」

「・・・わ、わかりました。やってみます」

剣は家族を守るために学んだ、わたしの全て。

魔法職さいごのかみさまに通じるか…分からない。ううん。見てほしい。

わたしは剣を拾って、しゃがむ。体を捻る。相手を見つめ、足の回転を腰へ。腰の回転を腕へ。腕の力で剣を支える。手を添える。回転斬り。わたしの最速。

魔法職さいごのかみさまイチカ様は避ける素ぶりすらない。

もちろん、心配はしていない。遠く離れていても虹色のオーラ溢れ出る金色の魔法陣で弟を守ってくれた人だ。当たるわけが無い。そう、だから。


分かっているから。


わたしは全力で当てにいった。


「はーい、首もらったかな」と、イチカ様の手刀がわたしの首に寸止めで、その後軽く叩かれる。

・・・殺されていた。先ほどまで攻めていたのが、嘘のよう。

ああ、なんだ。わたしがたまたまお父様や兄さんよりも運が良かっただけなんだわ。わたしが殺した六人もたまたまわたしに攻撃を避けられてカウンターをもらっただけ。わたしは運が良かった。それだけ。


完全なカウンターだった。わたしの剣が当たると思いきや、わたしと同じ速度で同じ回転をして、わたしの間合いに入って、わたしの背後から手刀を首へ。


そんな避け方ってある?ああ、そんな避け方をして父も・・・父さん、笑っていた。わたしに斬られたのに。もしかしてわざと?

兄さんもわざと斬られたの?

兄さんの顔も笑っていたわ。斬り落とした後に確認したから。


おかしいでしょ。なんで?

わたしと戦うために?

もしかして母さんもグルだったとか?


「パルラちゃん。わざとだったのか、どうかはもうわかるよね。あのね、パルラちゃん。私の兵士たち(警察)は時間が経つと体は自動回復して元に戻るから心配しないでね。魂を別に管理しているから、ニュクスの得意分野なんだけどさ。それはいいの。きっとご両親とお兄さんは、あなたの剣の才能に気づいていたんじゃないかな。それと、きっと魔神契約者になって欲しくて…信じられないかもしれないけど、この世界じゃそんな珍しい事でもないでしょ。この世界の王、領主は私が任命しているの。私の分身であり、わけ御霊たる魔神と契約した人間にね。それと私の光の分身たる大天使とかもそうだよ。さて、パルラちゃん。あなたにはその資格があるわ。それとあなたの魂を預かることになるの。あなたの行く場所はあなたと同じように修羅に落ちかけた人、落ちてしまった人だけが集まっている土地があるの。そこへ行ってくれるかしら。拒否権は無いけど。」と、イチカは微笑む。

「し、従います。魔法職さいごのかみさま。」と、わたしは答えて跪く。

「ぼ、ボクも姉さんと一緒に行きます」と、パルムも・・・。

「ダメよ。修羅に落ちるほど強くも無いし、それにパルム・ティー。あなたはここの道場を復興させなさい。パルラちゃんは一月に一度は帰宅させてあげるから。それを売りにして門徒を集めてみればどうかしら?」

「わ、わかりました。魔法職さいごのかみさまに従います」と、パルムは跪いたまま答えた。

「じゃ、よろしくね」と、イチカ様の言葉を合図にわたしは足元に転移魔法陣が現れた。わたしの足元から光の粒になって消えていく。

「お姉ちゃん、元気でね」と、パルムは泣き顔だ。

「うん。わたしなら大丈夫よ。これだけお膳立てしてもらったのだもの」

わたしは精一杯笑って見せた。


イチカ・リィズ・アナスタシアは金色に輝く髪を風になびかせて、消えていく光の粒を眺めていた。「ニュクス、見ている?新しい魂、送るから。お願い」と、イチカはつぶやく。赤いワンピースが宵闇のドレスへ変化する。

プラチナに輝く髪、金色の目。ニュクスは右手に送られてきた魂を見つめる。

「いいわよ、イチカ。またわけ御霊が生まれたのね」

道場のイチカが移動した場所をなぞるようにニュクスは歩く。

宵闇の蜘蛛たちが四色の花を枯らしていく。イチカの歩いた場所は元の道場へ戻っていく。戻した後にニュクス・リィズ・アナスタシアは転移して姿を消した。

パラムはただ見惚れていた。

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