第6話 命の叫び声。

 イチカ・リィズ・アナスタシアは石で造られた床の上をクロちゃんを連れて歩いている。今歩いている場所はどこかの街のようだ。たくさんの人が歩いている。自転車というものに乗っている人もいる。口に食パンを咥えながら走っていく少年の姿も見える。賑やかで、みんなあくせくしているように見える。その中で、イチカはその流れに逆行するかのようにゆっくりと歩いている。一人の老婆がイチカを見つけて立ち止まり、お祈りを捧げ始めた。「ありがたや、ありがたや」イチカはただ手を振って立ち去って行く。金に輝く髪、虹色の目、白い長袖を下に着て、赤いワンピースを上に着ている。石で造られた床の石が壊れて、四色の花は咲いている。これで目立たないわけがない。もちろん、目立っている。

 警察官も床を壊して歩いている人がいると、通報を受けてイチカを捕まえに来たが、あまりにも不思議な現象に頭が追いつかない。応援を呼び、さらに応援を呼び、とうとう十人を越える。イチカの後ろに十人の警察官が何もできないままあとをつけていた。「わぁーー」と、前方から叫び声が上がる。数十人がすでに集まって上を眺めている。イチカも気になって、「どうしたの?」と、集まっている人の一番後ろにいる女性に聞いた。「ほら・・・・・え?・・・・・・ええ?何?な、何なのあなた・・・・・・・・え?あなたって。え?」と、女性は答える事ができなかった。そのすぐ隣の人も同じように口を開けて、固まってしまう。イチカは仕方なく上を見てみた。他の大勢と同じように。5階建てのビルの屋上から今にも落ちそうな人が目に映った。イチカは意識して移動する。今にも落ちそうな人のすぐそばの空間に。空中と呼べる場所に。イチカにとっては何でも無い事だが、周囲からは異常に見える。そんなことは知らないとばかりに、「あなたは空でも飛びたいの?私みたいに?」と、イチカは聞く。今にも落ちそうな人は少年だった。十歳ぐらいに見える。その子はただ首を横に動かす。

「じゃあ、あなたは十歳で言いようの無い寂しさ、大きな孤独を感じてここにいるの?ここから飛び降りたら、ニュクスの養分になる日まで魔法職さいごのかみさまに会えなくなるよ。あなたを待っている人に会えなくなるよ」

「え???ボクを・・・待っている人???」と、少年はその言葉に反応する。

「そう、少なくとも私とニュクスはあなたを待っているわ。あなたが気づいてくれる事に。私の目を見て、何か思い出せない?」

「虹色の目。虹色?」と、少年はつぶやく。少年は胸が暖かくなって行くのを感じた。魂の奥深くにある深くあたたかい記憶、約束事…大蜘蛛様。

「あ、あ、あなた様は大蜘蛛様の関係者ですか?」

「宵闇の蜘蛛はニュクスの片割れであって、ニュクスそのもの。えっとつまり、私、イチカ・リィズ・アナスタシアそのものって言えるかな」

「あ、ああ。ぼ、ボク。大蜘蛛様に二度も冥府の奥底で助けていただきました。あっああ、ボク、また同じ間違いを。これで三度目なのに。また同じ間違いを。ごめんなさい。ごめんなさい。」

「いいんじゃない。同じ間違いでも。ううん、未熟だから生まれて来たって誰かは言っていたかな。ところであなた、名前は?」

「パルム・ティー。それがボクの名前です。パルラという姉がいます。父と兄を殺してしまいました。実はボクもその手伝いをしました。母は結核で亡くなりました。ボクと姉は母の看病をしていました。父と兄は結核になった母を捨てて、現実に目を向けろと、罵倒して来ました。弱った人間は切り捨てて、働けと言って来たんです。納得できませんでした。姉とボクは父と兄に反抗し、母がそれでも親子だからと、仲良くしてねって言うから父と兄の言うことは無視して母の看病だけを続けました。でも、母はそのまま亡くなってしまい、葬式もあげない父と兄をボクと姉は許せなくて、口喧嘩から始まり、兄たちが武器を使用して来たので・・・あっ、うち。剣術道場なんです。剣をお互いに持って、姉は父と。兄はボクと。勝負はボクと姉が勝ちました。姉は道場で泣き止まないんです。ボクもどうしたらいいか分からなくて。こんなビルの屋上から飛び降りようと・・・。イチカ様。大蜘蛛様・・・やっぱりボクは間違っていたのでしょうか?」

「お姉さんが道場で待っているわ。行ってあげなさい」

「え?」

「転移魔法陣を発動させるから。ほら、今すぐ」

「あの、ボクの罪は?」

「私はイチカ・リィズ・アナスタシア。大蜘蛛様はあなたを裁いたかしら?ただ受け入れてくれたでしょ。あなたという存在を。大昔に覚醒した陰陽師、安倍晴明も言っていたわ。愛しき穢れ《けがれ》って。パルム・ティー。目の前の殺人という悪で自分を責めたいのは分かる。でもね。あなたは母という存在を最後まで否定した父親と兄を許せなかった。そんな自分でしかなかったのだから。そんな自分をまず許してあげて。それで、お姉さんのパルラ・ティーに出会ったら、ちゃんと伝えてあげて。ボクたちは母という存在を守りたかったんだって。それからどうしてもと言うなら警察にでも行くと良いわ。それとも死の世界をどうしても望むならニュクスとなって迎えに行くわ。どちらにせよ、あなたを待っている人は確実にいるのよ。さ、転移魔法陣を発動させるわ。転移先はお姉さんがいる道場。良いわね、パルム。あなたならできるわ」と、イチカは転移魔法陣を発動させた。イチカの髪の色と同じ金色の光。パルムは何か言っていたが、イチカは聞こえないふりをして地表に戻り、歩き出した。イチカの後ろにはもう警察官はいない。いや、警察官も、集まっていた野次馬たちも、通行人も等しく地面に片膝をついてこうべを垂れていた。イチカの歩いた場所は四色の花が咲いている。それは街の名物となって長く愛されるのはまた別の話。

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