第2話 イチカ、疲れる。

イチカ・リィズ・アナスタシアはとても気だるそうに丘の上で寝そべっているニュクス・リィズ・アナスタシアのそばに来ていた。

「疲れたって感じるなんてね。魂の闇夜を体験してしまったのかしら。ごめんね、ニュクス。記憶を一部引き継いでもらう事になるかもしれないわ。闇はあなたの得意分野だし…お願いね」それだけ言うとニュクスの額に口付けをした。入れ替わりの合図だ。金色に輝く髪、虹色の目、赤いワンピースは夜の訪れと共に消えていく。ニュクスは目を覚ます。プラチナに輝く髪、金色の目、宵闇のドレス。頭に頭痛を覚える。右手を挙げて額を抑える。イチカの記憶を引き継いでしまったようだ。本来、引き継ぐ事の無い記憶を。イチカは魂の闇夜と言っていた。工作員、王女、損失…。なるほど、何の因果か、工作員と王女が恋に落ちて、子が生まれたが…王女の兄の命令により、子を殺されて崖から投げ捨てられたか。イチカはその現場をたまたま見てしまったのか?それともその配下たちから聞いたのか。分からないな。ふぅー。ニュクスは体を捻って四つん這いになってからゆっくりと立ち上がる。地面からは宵闇の蜘蛛たちが発生する。「かわいい蜘蛛たち、今日もよろしくね」と、ニュクスは微笑む。記憶?記憶の消去…。目の前に燕尾服を着たスケルトンがやってくる。

「ニュクス様、こんばんは。カードを引く時間でございます」

「あら、そうだったわね。じゃあ、混ぜてくれる」

「かしこまりました」と、スケルトンは45枚のカードを混ぜていく。表紙は黒い翼の天使がこちらを見つめている。

「そこでいいわ」と、ニュクスは停止を指示する。スケルトンは一番上のカードをこちらに差し出す。

二十三番、紫の天使。魂の宵闇の終わりを告げ、新しい黎明と始まりを告げる天使。紫のオーラを放ち、紫のワンピースを着ている。

「ふぅー。まだ明け方には早いわよ。違ったかしら…始まりを味わう。そんな意味だったような気がするわね。イチカは悲しい体験をした。そうね。認めてあげるわ。ふぅー。まだ頭痛はあるけど、ゆっくりと消えて行くわね。体の痛みは体からのメッセージでもあるから。脳の痛み、このモヤモヤは私に何を伝えているのかしら。きっと心は答えを知っているわ。導きたまえ。言霊は今を引き寄せる。

<母さん、どうして助けてくれなかったの>ああ、これが冥府の声だとするなら、イチカは殺された息子の魂を背負ってしまったのね。きっと助けたかったのよ、あなたの母親はね。屈強な兵士に抑えられて、泣き叫んでいたの。だからこうして霊となって、あなたを抱きしめに来ているじゃない。<ありがとうございます>。大したことじゃないわ。イチカから…もう一人の私からあなた達を預かっただけだから。それにいただくわね」母親の霊と殺された息子の霊は紫色の光となって、ニュクスの口のそばに。ニュクスはそれを深呼吸をするように、つるんと吸い込む。「いい味ね」と、霊たちはニュクスの養分として消えていった。

「スケタクロウ、ありがとう」と、お礼を告げる。

「はっ、ありがたき、幸せ」と、スケルトン、スケタクロウは跪く。

「シロちゃんを呼んで来て」

「はっ、今すぐに」と、燕尾服を着たスケルトン、スケタクロウは背を向けて走って去っていく。その後ろ姿をニュクスは半眼で眺める。

月明かりが足元を照らす。黒い蛇たち、黒い蜘蛛たちが集まって道を作っている。蛇達は汚れた霊魂を口に咥え、蜘蛛達は恨みつらみの霊魂たちを運んで来ている。「ふぅー。私の得意分野とはよく言ったものだわ。そうね、冥府の声を聞いてあげる霊もいるわ。でも、そのほとんどはそのまま食しているわね。まあ、今日もシロちゃんと一緒に冥府の声を聞いていこうかしら」

白い狐が現れた。神の化身とも言われる狐。

「こんばんは、シロちゃん」

「やあ、ニュクス。今日も長い夜になりそうだね。まずはサイコロを振ろう」

「そうね、今日は八つでいいわ」「わかった、八つだな」と、シロちゃんと呼ばれた白い狐が鳴くと八つの魔法陣が浮かび上がる。

魔法陣からはサイコロが現れ、回転を始めた。

四、四、一、一、三、三、二、五。

「隠された数字は7かしらね。奇妙な恋人。そんな意味だったかしら」

「それはわれのことか」

「ふぅー。それでも良くてよ。ただ彷徨える魂たちにとっては、奇妙な恋人は私のことかもね。魔法職さいごのかみさまたる私。六道の地獄を離れ、7。私の元へ還る。そういう意味にも読み取れるわ。今日はそう言う浄化の日になるのかもしれないわね」と、右手をつたい、肩に乗ってきた白い狐、シロちゃんを見てニュクスは微笑む。

「そろそろ行きましょ」

丘の上からニュクスは歩き始める。最果ての島と呼ばれる丘の上から。宵闇の蜘蛛と蛇たちを携えながら。イチカのいる始まりの森へ歩き始めた。

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