第15話
東京にはこれまでたびたび調査で訪れたが、やはり勝手知った大阪をはじめ関西地域とは違っている。
上野駅といっても改札口は何か所もあって、電車から降りたあと中央改札口にたどり着くにも少し時間を要し、午後六時過ぎの約束ではあったが、時計を見ると六時半近くになっていた。
北前京子からのメッセージにあったように、改札口を出てそのままグングン進むと、確かに青山フラワーショップが見えた。
そしてショップの端の方に見覚えのある少し丸顔のスリムな女性が立っていた。
「ごめん、待たせしてしまいましたね。東京はまだ不慣れなものだから」
「いえ、私も今来たところです」
「これ、たこ焼きクッキー、二箱入ってます。正確にはたこ焼きそっくりクッキーって言うんですよ」
私は「たこ焼きクッキー」が入った紙袋を彼女に手渡した。
「ありがとうございます。一つは会社に持っていきます。同僚がすごく気に入ってるんです」
「それは良かった。でも少しはたこ焼きの味がするんですか?」
私は食べたことがないので、たこ焼きそっくりクッキーの味については想像もつかなかった。
「たこ焼きの味はしませんよ。見かけがたこ焼きそっくりなだけで、普通のミルク味のクッキーです」
「なんだ、そういうことですか」
ふたりともアハハと笑って、さてどこに行きましょうかと広い上野駅構内を歩いた。
「おなかがペコペコなんです。今日は昼間クライアントさんを三社も訪問して、お昼を食べる時間がなくなってしまいました」と北前京子は恥ずかしそうな顔をして言った
「じゃあ、早く食べましょう」
駅からいったん出て京成電鉄の方向へ少し歩くと、上野駅の端に感じの良いスペインバルがあったのでそこに飛び込んだ。
店内は入り組んだ構造ではあったがかなり広く、カウンター席やテーブル席がそれぞれ区切られたスペースになっており、駅の構内にあるレストランとは思えないほどお洒落な雰囲気であった。
時間が早いためか店は空いていて、テーブル席の奥の方に案内された。
タパスを二種類と豚肉のパエリアなど、そして高くも安くもない三千円ほどのスペインワインを一本注文した。
「お会いするのが今日で二度目とは思えない感じがします」
ワインで乾杯をしたあと、北前京子は言った。
「確かに、僕もそうですよ。何なんでしょうね?」
東京の二日間の尾行調査を実施したのが三月の初旬である。
あれから一か月ほどが経過しているが、目の前の北前京子とはこれまで何度も会っているような錯覚に陥る。
何度かメッセージのやり取りをしたことがそういう感覚にさせるのだと思われるが、何だか不思議な感覚である。
調査の初日に日比谷公園のベンチに置き忘れたショルダーバッグ、私はまったく気づかずに依頼人の夫を帝国劇場まで尾行した。
彼女は日比谷公園と道路を挟んで向かい側のビルにある会社に勤めているので、たまたま公園を横切ったときにベンチに置き去りにされていた私のバッグに気づいてくれたのだ。
「バッグをあなたに拾ってもらって幸運でしたよ。財布こそ入っていなかったけど、カメラとかいろいろと大事なものを入れていましたからね」
「探偵さんって、本当にいるんですね。映画やテレビの世界だけのものかと思っていました」
北前京子はワインを飲み干して言った。
「実際の探偵は全然カッコいいものじゃないですよ。長時間の張り込み、一か所をじっと見つめながらの立ちん坊、見失ったらクライアントにどやされますから尾行も大変です」
私は笑いながら説明した。
そして空になった彼女のワイングラスに注ぎながら、「もらった名刺には人材派遣業と書かれていましたけど、あなたは営業担当ですか?」と訊いてみた。
「営業です。スタッフさんを派遣しているクライアント先まわりが仕事なんです。でも中途採用で入って、まだ三か月も経っていないんです」
株式会社コスモスタッフと名刺には書かれていた。
「若いのに営業担当って大変でしょう」
「大手の通信会社がサービスの切り替えをはじめましたから、スタッフさんのオファーが続いているんですけど、なかなか集まらなくて困ります」
北前京子は微かに笑って言い、そしてワインを飲んだ。
「中途採用って、幾つなの?」
「二十二歳です」
年齢を訊いてみると、私よりも二十歳近くも年齢差があった。いつの間にかタメ口になっていたが、自然な感覚であった。
「その年で中途採用って、前職はすぐ辞めてしまったのかな?」
「いえ、それは、ちょっと話すと長くなるんですけど」
彼女のワインを飲むペースが次第に早くなっているような気がした。
パエリアが運ばれてきたときには、一本目のワインが空いた。
私は彼女に同じものでいいかを確認してからもう一本ワインを注文した。そしてこの夜は、会うのが二度目というのに、このあと予測だにしない事態となってしまうのであった。
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