第9話

 ※この小説は、暴風雨ガール~続・暴風雨ガールの続編です。


 この日の夜も律子さんはかなり酔っぱらった末、「どうせ明日も出勤ですから今夜は泊めてください。オッケーって言ってよ」と、口癖のように丁寧語とため口を混ぜて言うのだった。


 私も土日の東京への尾行調査で、長時間の緊張から解放されたこともあってか、たいして飲んでいないのに酩酊してきた。


 律子さんは安曇野の女将さんや他の常連客にまで聞こえるような大きな声で、「たまには私の言うことを聞いてください。いつもダメダメって、父親みたいじゃないの!」と言って私を責めた。


 女将さんまでが「岡田さん、今夜の律っちゃんはかなり酔っているようだから、泊めてあげたらどうかしら」という始末だし、常連客までもが、「もうエエんとちゃいますのんか」と、何がいいのか訳が分からない無責任なことを言う。


「ともかく出よう」


 私は律子さんを抱きかかえるように、そして私も律子さんに寄りかかるようにして安曇野を出た。


 背後でハの行のため息がいくつか聞こえたが、私自身も同じ行のため息を大きく吐きたい気分であった。


「律っちゃん、タクシーを捕まえてあげるから帰りなさい。もっと自分を大切にしなくちゃな」


 私は諭すように言った。


「何言ってんのか分かんない」


 律子さんは首を少し傾げて笑いながら言い、私の手を振りほどいて事務所の方へ歩こうとした。


「律っちゃん、いいかげんにしろよ。いつも酔っぱらったときにこんなふうになるのはよくないぞ」


 私は律子さんを押しとどめて手を引っ張るようにして国道へ出て、ふたりともフラフラしながら道路を反対側へ渡り、運よくすぐにやって来たタクシーを停めた。

 だが、律子さんはすっかり酩酊しており、ひとりで帰すのは危険に思い、やむなく自宅まで送り届けることにした。


 塚本までは淀川を越えればすぐである。

 律子さんの家の前でタクシーに停まってもらい、彼女の家のベルを押すとお母さんが出てきた。


「どうもすみません。土日は東京に仕事があったので、律子さんに休日出勤をしてもらって、そのお礼に食事に寄ったんですけど、ちょっと飲みすぎてしまいました。本当に申し訳ありません」


 私は腰を折って謝り、半ば寝たようにして立ちすくんでいる律子さんの背中を押した。


「いえいえ、わざわざすみません。本当に困った子で、ご迷惑をおかけしました」


 母親は律子さんの兄の件で私が尽力した経緯があったからか、恐縮そうにしながら言うのであった。


 しばらくすると奥から父親も出てきて、「どうぞ、休んで帰ってくださいな」とまで言ってくれたが、タクシーを待たせているからと丁寧に辞退した。


 事務所に帰った時刻はすでに午後九時を過ぎていて、部屋に入って酔いを醒ますために冷たい水を飲んでいたところスマホが鳴った。


 着信は真鈴からであった。

 忘れてしまっていたことに少し慌てたが、平静を装って電話に出た。


「今どこなの?」


「ああ、ちょうど今帰ってきたんだ。電話をしようと思っていたところだよ」


 自分でも分かるくらい呂律が怪しい口調となってしまい、それを真鈴が感じないわけがなかった。


「光一、飲んでるの?今本当はどこにいるの?」


「いや、事務所だよ。嘘だと思うなら事務所に電話してくれてもいいよ。確かに帰って来てから、ちょっと缶ビールを飲みすぎたかもしれないけど」


 真鈴はしばらく黙ってから「まあいいわ、信じてあげる。それで、明日はどこに行けばいいの?」と言った。


 明日は午前中に今回の仕事の報告書を作成して、午後からはT社へ顔を出さないといけない。

 真鈴の大学合格祝いだから、天神橋筋のいつもの伊藤氏の店「プランタン」でというわけにもいかないだろうと思った。


「何か食べたい料理のリクエストはあるかな?ともかく明日は夕方五時ごろに天満の駅で会うのはどう?」


「イタメシでいいよ、思い出深いから。五時に天満だね、時間はそれでいいよ。急な仕事が入っても絶対に断ってね」


「分かってるよ」


 真鈴は機嫌良さそうに「じゃあね」と言って電話を切った。


 イタリア料理が思い出深いって、いったい何のことだろうと考えたが、きっと真鈴と最初に食事をしたのが、パスタとピザだったからだと思いだした。


 あれからもう二年近くになるのだ。


 パスタを食べていた途中、急に手が止まり、勢いよく泣きはじめた真鈴。

 私は何が何だか分からなくて戸惑い、慌てて店を出て扇町公園へ移動した。

 そして彼女から父が六年間も行方不明だと打ち明けられたのであった。


「二年が経つんだ。父も帰って来て母も落ち着いた。そして真鈴も志望大学に合格した。もう僕の出る幕はないな」


 私は声に出して呟き、冷蔵庫から冷たい缶ビールを取り出して、そして一気に飲んだ。

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