第7話

 翌日は朝六時半にはロビー階に降りて、同階にあるセリーズというカフェレストランでビュッフェ形式の朝食をとった。


 依頼人の夫たちは朝早くにチェックアウトはしないと思われたが、念のため朝食会場がオープンしてすぐに入り、フロントが見える席で、二度と食べることはないであろう高級な朝食をいただいた。


「朝食付きプランにしてよかったですね。経費で出ますからね」


「部長には朝食付きしかホテルのプランがなかったって口を合わせてくれよな」


 われわれは四十分ほどもかけて、ゆっくりとビュッフェのメニューを堪能した。

 和食も洋食も、それほどメニューの品数は多くはなかったが、口に運ぶとすべての素材が良質であることがすぐに分かり、美味しくて上品な朝食であった。


 セリーズを出てチェックアウトを終え、そのあとフロントが見える位置のソファーで張り込みを開始した。


「帰りも新幹線でしょうね」


 A調査員が呟いた。


「分からんけど、多分帰りの新幹線の切符も買ってると思うね。だから、こっちは自由席乗車券を買っておいて、ふたりの座席を確認してから自由席で空席を捜さないとね」


「そうですよね」


 依頼人宅は兵庫県西宮市だが、相手女性宅は分からない。

 それを判明させることが与えられた使命である。



 午前九時を過ぎたころにふたりがロビー階に現れて、セリーズに入って行くのを確認した。

 バッグなどを持っていなかったから、朝食後はいったん部屋に戻るようだ。

 ホテルのフロントのスタッフなどに警戒を付けるとまずいので、無理な写真撮影は控えた。


 ソファーにずっと何もしないで座っているのも不自然だから、A調査員と仕事の打ち合わせをしている雰囲気を見せながらさらに張り込んだ。

 するとそのときスマホが鳴った。ディスプレイを見ると真鈴からであった。


「おはよう、どうしたんだ?」


「どうしたんだって何よ、その言い方」


「じゃあ、いかがされましたか?」


「またからかうんだ。もういいよ!」


 電話が切れた。


「どうしたんですか?」とA調査員が不思議そうに訊いた。


「いや、変な女の子なんだ。短気でどうしようもない」


 ふたりがまだ出てこないことを確認してから真鈴に電話をかけた。


「ちょっと気が短かすぎないか?」


「光一がいつもからかうからじゃない。普通にどうしたの?って優しく言って欲しいよ。どうしたんだ?って言われたらガックリ」


「そうかな。じゃ、これから気を付けるけど、何かあったのか?」


「何かあったのかって、K大に合格したからご馳走してくれるんでしょ?今どこなの?」


「今は仕事で東京に来てるんだ。あれ、変だな、この前電話をもらったとき、土日は東京で仕事だから、月曜日にって言わなかったかな?」


 合格祝いにご馳走してやるとは言ったが、それは確か月曜日と言った筈だ。

 真鈴はスマホの向こうでしばらく黙っていたが、「そうだった。私の勘違い。ごめんなさい」としおらしく言った。


「いいんだよ。今日大阪に帰ったら、遅くなっても必ず電話するから。それでいいかな?」


「うん、待ってる。好きよ、光一」


 そう言って真鈴は電話を切った。


 私は自然と嬉しそうな表情になっていたようで、A調査員が「何をニヤニヤしているんですか?」と訊いた。


 朝から真鈴の声を聴けて、私はちょっと嬉しい気分になるのを抑えられなかった。



 ふたりは一時間近くセリーズから出てこず、午前十時前になってようやく姿を見せてエレベーターホールの方へ消えた。


 結局、そのあとすぐに降りてきて、午前十時半にはチェックアウトをしてエレベーターで階下に降りた。

 A調査員には先に降りてもらって、ふたりを確認したら尾行を開始してもらうように伝えていた。


 私はふたりがエレベーターで降りたあと、隣のエレベーターで一階に降り、エスカレーターを駆け降りて地下街を新橋駅の方向へ歩くと、前方にA調査員の姿を確認した。


 ふたりは東京駅に戻って、東海道新幹線乗り場にあらかじめ購入していたチケットで入り、私は大急ぎで自由席新幹線チケットを二枚購入、その間は改札口の手前でA調査員にふたりの姿を目で追ってもらった。


 幸いにもチケット販売機は空いていたので、難なく改札を入ってふたりに追いつき、数分後に滑り込んできた午前十一時二十五分発のぞみ号に乗り込むのを確認、車両番号は五号車、中央より少し後ろの二列席にふたりは腰をおろした。


 列車が発車したあと、われわれは自由席のある三号車へ移動し、空いている席に座ってやっと一息ついた。


 この先は品川で降りることはないだろうし、名古屋、京都に停まった際にふたりを確認に行けばよいだろう。

 

 ところが、予想ではふたりとも新大阪駅で降りるだろうと踏んでいたのだが、京都駅が近くなった時にA調査員に五号車の連結部で張り込んでもらったところ、相手女性だけが京都駅で降りる様子だとスマホに連絡があり、私は慌てて降りる支度をした。


 さあ、ここからが大事だ。相手女性の家を突き止めないといけない。

 絶対に逃がさないぞ。

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