第2話
二月二十五日、有希子の四十九日の法要は淡々と行われた。
有希子が亡くなって四十九日目ではなく、その数日前の日曜日に行われたのは、義父母の親戚の何人かが平日の休みが取れないからという理由からであった。
当日はいったん義父母の自宅に集まってから、車数台に分かれて生駒市内の某既存仏教の寺に移動、ここの納骨堂の隣の部屋にある祭壇で有希子の法要が行われた。
長い長い読経の間、息を引き取ってから俗界に彷徨っていた有希子は、この日ついに天国へ行ってしまうのだと思うと、私は自然と流れる涙を止められなかった。
不思議なことに、神妙な顔つきで僧侶の読経を聞いている義父母や親戚たちの姿が、一瞬だけ私の視界から消え去って、目の前の祭壇から有希子が姿を現し、そして私に微笑んだ。
「有希子!」
私は声には出さずに叫び、椅子から少しだけ腰を上げそうになったが辛うじてとどまった。
そのあと有希子は微笑みから明らかに笑顔に変わった。
その屈託のない笑顔は、私との長い歴史の中で何百回も何千回も見せたものであった。
「有希子は成仏する。そして天国へ召されるんだ」
有希子は祭壇には目もくれず、建物の高い天井の上の方へ舞い上がって、私の方を見続けながら、やがてその姿は消えた。
私は流れ出る涙をハンカチで拭い、有希子が天国に召されたことにホッとすると同時に、私にだけに姿を現してくれたことに感謝した。
読経が終わってから隣の納骨堂に有希子の遺骨は納められた。
まるでコインロッカーのような扉が並んでいる納骨堂の一つの中に、彼女の遺骨と位牌は収納された。
でも、そこには有希子はいないと私は確信を持った。
有希子は私のこころの中に確かに存在していた。
寺を出て、会食の場として予約しているらしい生駒市内の日本料理屋へ向かったが、「もうこれで満足です。駅の近くで降ろしていただけませんか」と、私は義父母に辞退を申し出た。
「無理にとは言いませんが、少しだけでも皆さんといかがですかな」
「いえ、急ぎの仕事の準備もありますので、ここで失礼します」
生駒駅前で降ろしてもらい、私は逃げるように大阪に戻った。
もうこの先の法要には参列したくない。
寺も納骨の場所も分かったのだから、有希子と話がしたいときには会いに行けばいいのだ。
事務所兼居宅に戻ると留守番電話が点滅していた。
法要中はスマホをオフにしていたのを忘れていたので、電源を入れると穴吹療育園の関さんから携帯番号の着信履歴が残っていた。
留守番電話を再生すると、懐かしい関さんの声が流れてきた。
「お久しぶりです。年が替わって二か月があっという間に過ぎてしまいそうね。ちょっと話したいことがあるんだけど、携帯電話がつながらなかったので伝言を残します」
メッセージはそれだけだった。
私は躊躇なく関さんのスマホに電話をしてみた。
すると彼女はすぐに出て、元気のない声でこう言った。
「忙しいのにごめんなさい。今、西条の実家に帰っているの。両親がお見合いをしなさいって言うから、今夜その人とうちの両親と相手の両親とで食事をするのよ。岡田さんに報告しておかなくちゃって思ったから」
私は何と返事して良いものか分からず、言葉を捜しているうちに十数秒が経過した。
「気に入らないからって断るつもりなの。それでいいよね、岡田さん」
「えっ?ああ、そうだね、いい人かもしれないし、会ってからでいいんじゃないかな」
今度は関さんがしばらく黙った。
言葉を待っていたが彼女は何も言わず、息遣いだけがスマホの耳に感じられた。
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