第四十一話 屈辱

「【灰の王者オルプニノス】」


 まず動くのは、栗林俊介。

 彼は即座に、発動済みの《灰葬世界ラウスモンド》の対象に小川宏紀を入れる。


魔法書解放リード――《守護ノ神ガーディアン》」


 それに対し、宏紀が行使するのは、あらゆる攻撃に耐性を持つことが出来る固有魔法――《守護ノ神ガーディアン》。

 これにより、身体の灰化は完全に免れる事となる。


(《灰葬世界ラウスモンド》は、格下殺しに特化している……故に格上で、かつ明確な対処法を持っている私の方が、圧倒的に有利)


 だが、油断は一切できない。

 序列7位、レベル102の栗林俊介は――


「やるなぁ、宏紀!」


 自身と同じ、対人戦特化。

 刹那、俊介が即座に右手を掲げる。

 その手には、3個の黒いビー玉サイズの球が、指と指の間にそれぞれ1つずつ挟まれていたのだ。


「ほらよっ!」


 そして、それを軽く前へと飛ばす。

 直後、その球体がまるで破裂したかのように膨張し、大量の灰になった。


「【灰の王者オルプニノスの下、従え】」


 生み出された大量の灰は、俊介の意思の下、いくつもの槍となって宏紀へと迫る。

 オガネソンと迷宮ダンジョンアダマンタイトの化合物――地球上で、最も密度の高い物質を利用する事で、灰を一瞬で大量生成したのだ。


(面倒……ですが、問題はありません)


 確かにこれは強力だが、《灰葬世界ラウスモンド》はあくまでも万物を灰にする能力であり、灰の操作はその副産物的なものでしかない。


「【魔法書解放リード――《神速雷走イピクロス》】」


 それに対し、宏紀が発動させるのは、速度超上昇の固有魔法――《神速雷走イピクロス》。

 それを使い、やや大回りの経路を一瞬で駆け抜け、俊介に迫った宏紀は、その拳で腹に風穴を開ける――が。


「ばーか。流石に舐めすぎだ」


 刹那の内に灰となった俊介が、その攻撃をやすやすといなす。

 これこそが、俊介の強み。

 放出系魔法を使えない者は、例え特級でも負け兼ねない。

 だが、勿論――


「知ってますよ!」


 宏紀は対策を持っている。

 何せこれは、鈴木宗也のお陰で予め分かっていた戦いなのだ。

 逆に対抗策を持っていない方がおかしい。


「【魔法書解放リード――《水龍顕現ドラグーン・ネロ》】」


 そうして宏紀を起点に発動するのは、龍を模した巨大な水流。

 それはうねる様にして蠢き、周囲の灰を飲み込んでいく。


「灰に水は、相性最悪……簡単な事です」


「これほど、とはっ……」


 水の龍を操る宏紀に対し、俊介は満身創痍の状態で、地面に倒れ伏していた。


(殺す気でやったのに死なないとは……存外、強かったですね)


 恐らく、水への対策も相当していたのだろう。

 ただ、宏紀の魔法がそれを上回っただけ。

 そう思いながら、宏紀は即座にとどめを刺すべく、水の龍を向かわせる。


「ははっ……ちっとぐらい、全力、出させて、くれ、よ……こんなの、想定、できる、か……」


 自身の強みを尽く潰され、実力の半分も出すことが出来なかった俊介は、そんな嘆きの声と共に、水の中へと消えてゆくのであった。


「……これでまた1人。ですが、藤堂信也を……そして、佐藤時光を倒さなければ、これは終わらない。やるんだ……今度こそ。もう、私は見紛わない」


 そう言って、《死ノ決闘デス・マッチ》を解除した宏紀は、即座に宗也へ連絡を入れる。


「宗也さん。栗林俊介を倒しました」


「そうですか。では、後処理はこちら側でやりますので、宏紀さんは一旦こちらへ戻って来てください。私は、”魔滅会”の構成員の対処で、駅の裏手にあるビ――えっ なぜここに――」


 ブチッ


 そこで、急に電話が切られてしまった。


「マズいっ! はあっ!」


 あの宗也に、想定外の事が起こった。

 それがどれほどヤバい事なのか、宏紀には容易に理解できた。

 刹那、宏紀は勢いよく飛び上がると、《神速雷走イピクロス》を普通に詠唱して発動させ、現場へと急行した。


「ふっ――なっ!」


 そして、眼前の光景に思わず目を見開く。


「う、ぐっ……」


 まず、地面に倒れ伏すのは鈴木宗也。

 そして――


「遅かったね。宏樹さんよ」


 その前に佇んでいたのは、剣を持ち、袴を身に纏う老人の姿だった。

 その姿は、写真で見たあの男と同じ。


(まさか、こいつが――)


「佐藤時光か!」


「その通り」


 宏紀の言葉に、そう言って剣を構える老人――佐藤時光。


「さて……だが、先にやらせてもらおう」


 そう言って、剣を向ける先は――瀕死の宗也。


「やらせないっ!」


 未来を察した宏紀の行動は、速かった。

 地を蹴った宏紀は、一瞬で距離を詰めると、倒れる宗也を抱きかかえて回収する。


 ザン!


「ぐっ!」


 だが、その代償は重かった。

 見れば、宏紀の背中には深めの斬撃が縦に走っている。


「くっ……」


 痛みを覚えながらも、宏紀は俊介戦前からずっと使っていた自身の固有魔法――《万象神眼プロビデンス》で、しっかりと時光を見る。

 冷静さを失い、昨日の様にならないよう気を付けながら――


「――っ! はあっ!」


 直後、宏紀が素早く抜いた剣を振るったのは、あろうことか今助けた宗也。

 すると、抱えていた宗也が、まるで幻だったかのように消えてゆく。


「……非常に屈辱ですよ。藤堂信也」


 屈辱を露わにしながら、宏紀は時光をその眼光で射抜く。


「【魔法書解放リード――《呪怨邪槍マスティマ》】」


 そして、怨念の黒き槍を時光へ放った。

 神速で放たれたその槍は、時光の腹を貫き――そして揺らいだ。


「はっ……これ制作するの、相当苦労したんだが……」


「知りません」


 時光――否、藤堂信也の言葉に、宏紀はきっぱりとそう答えた。


「……前回ほどではありませんが、冷静では無かった。もっと、冷静にならないと……そもそも通信が盗まれていた時点で、分かる筈なのに……!」


 誰も居ない屋上で、宏紀はそう言って歯噛みすると、今度こそ本当に宗也へ連絡を入れるのであった。

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