第四十話 栗林俊介
「……完全に消えた。つまり、元凶を大翔さんが消してくれた……という訳ですか」
1人、ビルの屋上から下を見下ろす日本国首相――鈴木宗也は、そんな声をポツリと零した。
「他のダンジョンの入り口と同じ、普通の大反乱であれば、流石に被害は一定数出てしまいますが、こちらでも対処は可能です。となれば、もう問題は”魔滅会”だけですね……」
僅かな期間で、相当数幹部の数を減らす事に成功した、ダンジョンの破壊を目論む組織――”魔滅会”
その真意はいくつかあるが、最も大きいのはやはり、あの異常な大反乱の発生を止める事。
なら、そうなる未来が絶たれた今なら、説得も可能なのではないか――
答えは、ノー。
何故なら今が絶たれても、またいずれ来る可能性は、捨てきれないから。
(何十万年先も見られるけど……それだと私の死に場所地点からしか、観測が出来ないから……それに、そこだと流石に精度が悪い。はぁ……大変だな)
早く事を済ませて、安心を手に入れたい。
そんな事を思っていると、背後に転移の気配を感じた。
これほど精密な転移が出来るのは――
「……師匠。おかえり」
「ああ、回収してきたよ。ぼんくら」
宗也の言葉に、不機嫌そうな顔で返す【災禍の魔女】――久保怜華の斜め後ろには、藤堂信也との戦いに敗れた小川宏紀の姿もあった。
「宗也さん。此度は誠にご迷惑をお掛けしました」
やがて、宏紀はすっと前に出て来ると、宗也に頭を下げて謝罪をした。
その顔にあるのは、1人で出張り、その上失敗して、なのに尻拭いまでしてもらった事への気まずさだった、
「分かった。反省しているなら、これ以上とやかくは言わない」
それに対し、宗也は素の表情でそう返す。
ここで、二度と出張るな――などとは言わない。
それを言ったとて、やはり宏紀には無意味だし、何より怜華がそれを認めないからだ。
(師匠は、そういう自分と同じような強い意志を持つ人には、なんだかんだ言いつつも敬意を払ってくれるからなぁ……)
自身の救国しかり、宏紀の復讐しかり。
そういった強い思いを、怜華は尊重する。
「全く。私にこんな雑用させおって……まあ、ダンジョン探索をする為にも、ここらで”魔滅会”は完全に滅ぼさないとねぇ……。それで、ぼんくら。状況は?」
「はい、師匠。今生き残っている向こうの幹部は、皆こっちに来ているみたいですね。序列1位の藤堂信也は、まだ浜松入りしていないようですが、序列4位の東雲和樹、序列5位の橋本奈美恵、序列7位の栗林俊介の3人は、中心部からは離れているものの、もう来てるようです。ただ、妙に動きが読みずらい……多分これ、サイコロ使ってますね。ガチガチの」
怜華の問いに、宗也はしっかりととした説明を即座に行う。
「それはまた、面倒だねぇ……で、対処は?」
「はい。完全に読めない訳では無いですし、ランダムである以上、最善手は選べてない。一先ず……先に栗林を落とす。奴の思想は、危険過ぎる……宏紀さん。今から7時間28分後に、ダンジョン通り南へ向かってください。栗林相手であれば、貴方が適任だ」
「分かりました。それまでは、回復に専念します」
こうして一先ずの方針が決まった彼らは、動き出すのであった。
◇ ◇ ◇
夜の帳が下り、三日月が下界を照らす頃。
それでもダンジョン街らしく、0時近くとなった今でも、そこそこの活気も見せている。
そんな街を、自然な仕草で歩く30代半ば程の男――栗林俊介。
彼は穏やかな笑みを浮かべながら、平和に歩く人々を、その引き込みそうな瞳で眺めていた。
(いいなぁ……何も知らずにのこのこと歩く弱者たち。ここで俺が暴れたら、どれほどの犠牲が出るんだろ?)
何人だろうか。何十人だろうか。それとも、何百人だろうか。
そんな洒落にならない妄想を、楽しそうにする俊介。
「ん?」
そんな中、ふと俊介が上を見上げた――次の瞬間。
ドン!
上から勢いよく向かって来る1人の男。
それに対し、俊介は咄嗟に回避を選択した。
「こんばんは、栗林俊介さん」
寸での所で、上手く態勢を立て直した男――宏紀は、冷静な顔つきでそんな言葉を口にする。
「宏紀が来たかぁ!」
それに対し、俊介は即座に臨戦態勢へと入った。
この時、周囲には一般人が多くいる。
探索者もそれなりに居るが、猛者2人の戦いについていける者はいない。
(さあ。民衆を巻き込んだ、大虐殺の始まりだ)
阿鼻叫喚を奏でてくれる、数多の民衆。
それを聞くたびに、俊介は
そんな、イカれた人間なのだ。
「【
それに対し、宏紀は即座に《
「させるかっ!」
だが、そうはさせまいと、俊介は一瞬で彼我の距離を詰めた。
そして、宏紀の腹へ右掌を突き出す。
中国武術、発勁だ。
「温い」
それに対し、宏紀は分かっていたかのように詠唱を中断すると、俊介の右手首を右手で掴んだ。
そして、ゴキっと捻り上げる。
「くっ!」
それにより、一瞬動きが止まる俊介。
その高いステータスによって、骨折や脱臼はせずとも、それに近い傷は負ったのだ。
「はあっ!」
その隙に、宏紀は勢いよく俊介を地面へと叩き込んだ。
「【
そして、ようやく発動できる《
これが無ければ、いかに宏紀とて、一般人に被害を出さずに殺すのは不可能だからだ。
それほどまでに、俊介の能力と性格は――悪辣。
「強いなぁ……お前。【
刹那、地面に叩きつけられていた俊介の身体が、灰となって崩れ去った。
そして、まるで風に流されるかのように灰が離れた場所へ移動し、そして再び元の身体に戻る。
……何故か、服も一緒に生成されているが。
「相変わらずそれは、面倒ですね……。既に発動されていなければ、良かったのですが……」
そんな俊介に対し、宏紀はそう呟きながら構えを取る。
栗林俊介の固有魔法――《
その効果は、万物を灰にする――ただそれだけのシンプルなもの。
だが、俊介はそれを上手く使いこなしており、自身の身体を灰に変えて離脱するだなんて真似もやってのけたのだ。
「まあ、流石に敵地だからな。とっくに発動済みで、いつでもお前らをやれるようになってる……んじゃ、そろそろ本気でやるか」
「早急に殺る」
こうして、2人の戦いは始まるのであった。
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