第三十九話 大反乱とは

 何故ダ。何故コウナッタ?


 魂が傷つく――命の慟哭が響いている事をその身で感じながら、ドミネイターはただひたすらに思う。


(見ルカラニ弱ワソウニ見エル人間コイツ如キ、容易ク支配出来ル筈ダ……)


 眼前で、無感動な表情を浮かべながら佇む1人の人間。

 ドミネイターは、そこらの魔物とは比較にならない程の知能を持っており、それを駆使すれば相手の力量を見るだけで測るなど、児戯にも等しい。

 だからこそドミネイターは、眼前の人間が弱いと思ったのだ。


「……何かの実験に使えるか?」


(フザケルナ……)


 だが、実際は全くの逆。

 その実力を理解できないぐらい、その人間は強かった。

 いや、もはやその人間は――本当に人間なのだろうか?


「……馬鹿じゃのう。まあ、妾が言えた事でも無いがの」


 そんな人間の後ろに居るのは、呆れたような表情を浮かべる、自身の同類――異常種イレギュラーたる知性ある魔物。

 自身が魔物であるからこそ、一目見ただけでその事実に気付いたドミネイターは、思わず目を見開いた。


「ツ、ヨ……」


 強い。

 眼前の人間からは感じられなかったが、この同類マモノからは自身と比較にすらならない程、圧倒的な力を感じた。

 つまり、この人間はそれと同等か、それ以上――


「まあ、いいか。いらんな。リスクが大きすぎるし」


 刹那、その人間から漏れ出るのは――濃密な死の感情。

 死という概念を濃縮したかのような、本当の死。

 知性が無ければ、これを感じる事は無かったのだろうか。


「待テ、従――」


「【死ねよ――《死ノ宣告デス》】」


 直後、その身に受けるのは、狂気とも呼べるほどの死の感情。

 何をすれば、何を思えば、どう生きれば――これほどの死を、思えるのだろうか。

 知性あるからこそ、巡ってしまうそんな思い。

 そんな無意味な思いも、直ぐに薄れていき――


(支配……ガ、支、配……シ、ハ……)


「イ――」


 300年もの間生き続けた、人類の敵とも呼べる魔物は――あまりにもあっけなく、消滅した。


 ◇ ◇ ◇


「よし、処理完了」


 ボロボロと崩れていくドミネイターを油断なく見ながら、俺はそんな言葉を零した。

 あの攻撃をくらっても死なないから、それなりにしぶといかなと思ったのだが……殺ってみれば、結構あっけなかったな。

 余りにもあっけなく終わってしまったせいで、もしこの前、《世界ノ掌握アルケニア》を使っていなければ、本体が別に居るとか思っていただろうな。


「やれやれ。本当に、馬鹿な選択肢を選んだのう……こ奴は」


 ドミネイターの骸を前に、そんな言葉を零すアルフィア。


「やっぱり、同類の死は心に来る感じか?」


「そんな訳なかろう。純粋に、哀れじゃな~と思っただけじゃ。あと、あの時の妾が相当アホじゃったと再認識してしまったのぅ……」


 心に来ているかと思ったが、全然そんな事は無かった。

 まあ、アルフィアらしいな。


「別に、こいつよりもアルフィアの方がずっと強かった。能力だけを見れば、俺よりアルフィアの方が上……襲い掛かって来るのは、至極当然だったよ。それじゃ、後は――」


 俺はアルフィアをそうフォローしつつ、眼前の黒い影に目をやる。


「「「「「グギャアアア!!!!!」」」」」


 刹那、その黒い影から姿を現したのは、数多の魔物たち。

 生前、ドミネイターが支配し、影に保管してあった奴らで間違いないだろう。


「ふむ……主が死んだことで、その支配から解き放たれた……といった所か」


「これ全部、くだらない理由で地上に出す気だったんだろ? ……流石に迷惑極まりないな」


 そう言って、俺は《時空神の大鎌クロノス・デスサイズ》を振るった。

 距離を殺し、時を超えるその斬撃は、生み出された直後の時間軸に居た魔物どもの命を刈り取る。

 そして現在いま

 そこには魔物どもの骸が転がっていた。


「これで一先ず、事態を悪化させた根源とも言える存在は居なくなった。後は、魔物の大反乱を片付けるだけだ」


「む? 先ほどから気になっておったのじゃが、あ奴が大反乱を起こしているのでは無いのか?」


「ああ、普通に違う」


 アルフィアのもっともな疑問に、俺は単純シンプルにそう言って否定する。

 そして、真実を告げた。


「魔物の大反乱は、ダンジョンの捕食機構。定期的に魔物を大量発生させ、一気に人の命を喰らう為にある」


 長い探索で薄々分かっては居たが、ダンジョンはある種の食虫植物みたいなものだ。

 素材やステータス、武器で人々をおびき寄せ、先へ進んで強くなってもらい、最後に上質となった人間の魂を喰らう。

 その規模が多次元世界規模に巨大なだけで、本質は本当にそういった物と変わらない。

 まあ、まだまだ分からない事だらけだがな。


「俺ぐらいしか下まで行ってる奴は居ないから、そっちには現れないんだがな」


「なるほどのう……となると、ご主人様が倒してしまって良いのか? それだと倒しても、また来そうじゃが……」


「まあ、今回ぐらいはいいだろ。それに、統率者ドミネイターが居なければ、そんな国家壊滅レベルにはならん。だから、今後は基本放置で大丈夫な筈だ」


 アルフィアのもっともな言葉に、俺は雑にそう言って答える。

 まあそれは建前で、本音は、一応約束したから……だがな。

 約束を反故にするのは、普通にクズだから嫌なんだ。

 それに1回程度なら、ダンジョン的に誤差だ誤差。


「まあ、あともう少しそれには猶予がある。それまでは、休憩時間としよう。まだ、《世界ノ掌握アルケニア》の反動が若干残っているんだ」


「む、それなら早く休むのじゃ!」


「分かったよ、アルフィア」


 そうして俺たちは、下へと戻るのであった。

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