第三十八話 ドミネイター

「……ん……んん?」


 段々と意識が覚醒してきた俺は、むくりと上半身を起こすと、即座に周囲の状況を見やる。

 確か俺は、《世界ノ掌握アルケニア》を行使し、その反動で意識を失ったんだったな。

 それで今は、アルフィアたちによってベッドに運ばれ、寝かされている……と。


「うみゅぅ……ましゅたぁ……」


 ルルムは普段と同様、俺の腰あたりに抱き着くようにして寝ており、ロボさんは部屋の隅でスリープ状態。

 そして、アルフィアは――


「うむ。ようやく目が覚めた様じゃな、ご主人様よ」


 腕を組みながら、俺のベッドの横に立っていた。

 様子を見るに、それなりに長い時間、その場に立っていたようだ。


「ああ、ありがとう。気を失っている間に何かあったか?」


「特に何も無かったぞ。まあ、丸1日寝ておったがな」


「そうか……ずっとそこに居たんだろ? 流石にごめん」


 アルフィアの言葉に、俺はルルムの頭を優しく撫でながら、そう言って短く謝罪をする。


「ふん。ご主人様が倒れた時の心労に比べれば、1日待つなど、何てこと無いわ。そもそも、妾は寝ずともエネルギーさえあればいくらでも活動できる。まあ、寝た方が気分が良いのじゃがな」


 俺の言葉に、そう言ってからからと笑うアルフィア。

 優しいな……アルフィアは。


「ありがとう」


「……礼を言うぐらいなら、妾たちを心配させないようにするのじゃ」


 再び礼をすると、アルフィアは腕を組んだままそう言って、プイとそっぽを向いた。

 アルフィアらしいな。


「……さてと。それじゃ、やるべきことは早めにやらないと」


 やがて俺は、ルルムを起こさないように気を付けながら、ゆっくりとベッドの外に出た。

 そして、顎に手を当てながら、そんな言葉を口にする。


「ふむ……昨日居場所を把握したとは言っておったけど、まだ把握しておるのか?」


「ああ。魔力の波長、気配、能力……その全てを把握した」


 僅かな時間だったとは言え、固有魔法をも超える魔法――《世界ノ掌握アルケニア》を行使したのだ。

 故に、もう奴の正体も把握している。

 そしてそいつが、俺よりも格下だという事も――


「奴の正体は、やはり魔物だ。それも、自我を持っている。例えるなら、初期アルフィアみたいな感じだ」


「初期の妾て……」


「うん。昔のアルフィアって、超重度の戦闘狂だっただろ? それと同じで、向こうは重度の支配欲に呑まれている」


 何とも気まずそうな顔をするアルフィアを華麗にスルーしつつ、俺は見解を述べていく。


「俺みたいに、暴走を止める奴も居ないからな。それで、今はそこそこの魔物を力づくで配下にして、来たる大反乱に備えているようだ」


「なるほどのう。放置したら面倒そうじゃの。なら、やはり早めに片付けるかの」


「ああ。一応対話を試みてみて、駄目なら殺る。それだけだ……」


 そう言って、俺は天を仰ぐ。

 ふむ……感知してみたが、場所はしっかりと感知できる。

 直ぐ行けるな。


「ロボさんとルルムにはここで待ってて貰って……アルフィア、念の為一緒に来てくれ」


「うむ、任せてくれ。勿論、付いていくのじゃ」


 俺の言葉に、そう言って頷くアルフィア。

 そんなアルフィアを見て、俺は小さく笑うと、詠唱を唱える。


「【座標を繋げ―《範囲空間転移エリア・ワープ》】」


 そして発動するのは、毎度お馴染みの転移魔法。

 刹那、俺たちの姿はその場から消える。


「……ふぅ。見つけた」


 転移先は、第481階層。

 光の一切無い、真っ暗な洞窟。

 そんな暗い暗い闇に溶け込むようにして佇む、1体の黒い人型の陰。


「……何モノダ?」


 漆黒のソイツは、ジロリとその常闇の瞳をこちらに向ける。

 そして、硬い声音でそんな言葉を紡いだ。

 ふむ……本当に支配で埋め尽くされているな。

 支配しか頭に無い、この魔物の名は――


「ドミネイター……か」


「フム。ナニヲ言ッテイル? ……人間」


「……人間、か」


 俺を見て人間と言ったことに、俺は若干目を見開く。

 これが示す事とはつまり、こいつは過去に人間と相対し、更にステータスを視た……或いは、それなりに人間の言葉を聞いたという事になる。


「まあ、確かに俺は一応人間だな。それで、お前は俺と敵対するか? しないなら、二度と地上を攻めるのはやめろ。ただ、敵対するというのなら……殺す」


 こいつはアルフィアやルルムの時とは、訳が違う。

 支配に長い事支配され過ぎていて、《世界ノ掌握アルケニア》で調べた限りではかなり危険だという事が分かっている。

 故に、この言葉だけで頷かないようなら、殺すしかない。

 そう思っていると、ドミネイターは生死の分け目ともなる選択を、即座に出す。

 それは――


「何ヲフザケタ事言ッテイル。我ハ全テヲ支配スル。貴様モナ!」


 拒絶だった。

 刹那、詠唱が始まる。


「【▲▲▼▲▼◇▲▼◇▼▲▼▼◇――】」


 暗号のような、聞き取り不能な詠唱。

 だが、それが支配の魔法だという事ぐらいは直ぐに分かった。

 俺を支配するってか……


「潰すっ!」


 それはマジで嫌いなんだ。

 そう思いながら、俺は一瞬で距離を潰すと、ドミネイターの頭をパンチ一発で消し飛ばす。


「フザケルナ……」


 だが、ドミネイターは手に出現させた口を使ってそう言う。

 やはり、人型は仮初の姿だったか。

 なら、頭を消しても死なないのは納得だ。

 そう思いながら、俺は魔法を詠唱する。


「何もさせない。【魂魄よ、砕けろ】」


 そうして発動するのは、即死級の魔法――《魂魄破壊ソウル・ブレイク


「ガ、ハ……グ、グ、グ……」


 それをくらったドミネイターは、苦しそうに藻掻き苦しむ。

 ほう。これでも死なないとは……無駄にしぶといな。

 そう思いながら、俺は手を掲げるのであった。

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