第三十六話 小川宏紀と久保怜華
世界最高クラスの戦闘者――小川宏紀と藤堂信也の戦いが終わった直後。
名古屋市郊外の、人気の少ない場所にて。
「が、がはっ……う、ぐ……流石に、逃げきれ、ました、か……」
大怪我を負いながらも、限界を超えた速度を出す事で、何とかその場から離脱する事が出来た宏紀は、《
そして、その場に力なく横たわると、続けて魔法を行使する。
「【
最高クラスの回復魔法――《
そうして傷を癒した宏紀は、地面に横たわったまま、言葉を零す。
「……届かなかった。それどころか、勝負に、ならなかった……」
20年以上の時を、宏紀は復讐の為に費やしてきた。
何度も何度も死にかけながら、ダンジョンへ潜り。
あえて引退し、そこからはダンジョン探索では鍛えにくい対人戦を磨き。
”星下の誓い”を造り、そこで数多の固有魔法を模倣して。
それでも――届かなかった。
「模倣は無理としても、観測すらまともに出来ないとは……ごめん。また、無様を晒して……瀬奈。本当に、ごめん……」
やがて、零れ落ちて行くいくつかの雫。
もう長いこと、枯れていたそれを流しながら、宏紀はただただ呆然とする。
そんな時だった。
「阿呆が。こんな所で何をしている? 宏紀よ」
長い銀髪をたなびかせ、右手に杖を持つ美女が姿を現したのだ。
「……ははっ こんにちは久保怜華さん」
彼女――久保怜華を見て、宏樹は空笑いを浮かべてからそう言う。
何故ここに、日本最強――【災禍の魔女】の異名を持つ女傑がここに居るのか。
聡明な宏紀であれば、直ぐに分かる。
「宗也さんに……ですか?」
「そうだよ。あんのぼんくらに、行って来いって頼まれたんだよ。全く、自分で行けばいいものを」
そう言って、嘆息する怜華。
やがて、怜華は面倒くさそうにしながらも、事情の説明を始めた。
「お前さんは、行くなと言ってもあ奴の居場所が分かれば、1人で文字通り飛んでいくだろうと言われてねぇ。で、死ぬかもしれないから、転移魔法が使える私に、ぼんくらが土下座で、お守をお願いしてきたという訳だ」
「そう、ですか……。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
事情を聞いた宏紀は、横たわったままそう言って謝罪を行う。
すると、1歩2歩と近づいた怜華が、右足を軽く上げた。
「ふん! ふん! ふん!」
そして、何度も何度もげしげしと宏紀の身体を蹴る。
「ちょ、痛いです。怜華さん!」
ただの戯れでは無い。宏紀がかなり痛いと感じるほどの威力だ。
そんな蹴りをくらい、思わず声を上げる宏紀――すると、続けて怜華は蹴りによって浮き上がった宏紀の胸倉を掴み、ぐいっと自分の所まで近づけた。
そして、声を上げる。
「阿呆が! こんな所で転がって抜け殻みたいになって、お前さんの執念はそんなものか? 瀬奈の仇を取るのではないのか?」
「っ……!」
それは、怜華らしい発破の声だった。
「あとな。怒りで視野狭窄になるな! お前さんの長所を自分で潰すとか、笑いにもならん!」
そう言って、怜華は宏紀を地面へ勢いよく転がす。
その衝撃で宏紀の鼻からは血が滴り、いくつかの打撲が出来る。
だが、そんなの意に帰す事無く、怜華が腕を組みながら不機嫌そうに言葉を紡ぐ。
「……あとねぇ。”星下の誓い”は、もう立派なお前さんの居場所だよ。だから、こんな所でくたばったら、あ奴らが悲しむだろうに。お前さんがくたばっていいのは、今のお前さんの居場所だけだねぇ」
「……そう、ですね。すみません……浅はかな考えしか、出来なくなっていました」
怜華の言葉を聞き終えた宏紀は、どこかすっきりしたような――どこか悔いるような、そんな顔をしながら俯き、そう言葉を紡いだ。
「ふん。馬鹿弟子どもと違い、随分と物覚えのいい奴だねぇ、お前さんは。まあ、後で事務所が赤字になるぐらい、私に飯を奢るんだね」
「無茶言わないでください。怜華さん……」
「取って食うつもりは無いさ……まあ、それはともかく、ようやく”魔滅会”壊滅の目途が立ってきた。いい兆候だねぇ」
そう言って、怜華は宏紀から背を向け、天を仰いだ。
「私はねぇ。私にとって唯一の居場所である、ダンジョンを壊そうなどと企むあ奴らが、心底憎いんだよ」
「っ……はい」
怜華の言葉の節々に見える怒りで、宏紀は思い出した。
そうだ。怜華にも、狂気とも呼べる執念が、ずっと籠っているんだ。
「沢山の弟子が、沢山の仲間が、沢山の先達が。私に先への”道”を託して、逝ってしまった。だからねぇ、私の”道”を邪魔する輩は、誰であろうと皆殺しだ」
怖い。
それが、今の怜華を見た宏紀の、正直な感想だ。
(怜華さん……冷静に、怒ってますね。恐らく邪魔をするのであれば、本当に誰であろうと……私や宗也さんであろうとも、お構い無しに殺すのでしょう)
怜華の中にある優先順位のピラミッドは、もうずっとダンジョンが上だ。
愛も、友情も、金も――そして命も、ダンジョンの為ならいくらでも捨てる。
それしか選択肢が無いのなら、いくらでも非道になれる。
それが、久保怜華なのだ。
「……さてと。そろそろ帰るよ。浜松まで、お前さんも転移で送ろうかねぇ」
「ありがとうございます」
そうして2人は、浜松へと帰還するのであった。
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