第三十五話 因縁の戦い

「【魔法書解放リード――《強欲世界アバリティア》】」


 直後、宏紀が展開するのは、敵の体力と魔力を常時奪う漆黒の世界――《強欲世界アバリティア》。


「ほー中々だな」


「黙ってください。【魔法書解放リード――《孤独悲壮レメント・ティア》】!」


 それでも余裕を見せる信也に、宏紀は声を上げながら、次の魔法を発動する。

 俊敏と筋力を3割落とす、能力低下アンチステータスの固有魔法――保有者よりも宏紀の方がずっと強い関係上、模倣による劣化はほとんど無い。


「流石に当たってやらないよ」


 だが、それは軽々と身を退かれる事で、躱されてしまう。


「お返しだ。【雷帝よ、穿て。穿て。穿ち続けよ――《雷帝ノ槍ライトニング・ランス》】」


 そして、お返しとばかりに雷の波状攻撃がお見舞いされた。


「はっ! はっ! はっ!」


 その攻撃を、宏紀は素早く動いて躱すと、そのまま一気に信也との距離を詰める。

 刹那、響く金属音。


「……強くなったなぁ。女に守られるようなガキから、もうすっかり脱却したじゃないか? ……多分」


「ぐ……!」


 両者剣を構え、本気の力比べ――だが、流石にただの力比べでは、信也に分があった。

 均衡は一瞬、徐々に押され始める。

 だが、それで終わるほど宏紀は甘くない。


「【魔法書解放リード――《武神招来タケミカヅチ》】」


「なっ!」


 直後、宏紀が一気に押し返す。


「ぐっ!」


 その衝撃で、信也は大きく後ろへ弾き飛ばされた。

 日本に3人居る、特級探索者の一角――【剛毅】のもう1つの固有魔法、《武神招来タケミカヅチ》。

 その効果は、魔力を代償とした純然たる身体強化。

 模倣により劣化して尚、強化倍率は2倍となっている。


「やれやれ。そういや、そう言うのもあったなぁ……」


 だが、信也は吹き飛ばされただけであり、上手く衝撃を受け流したのか、ダメージらしいダメージは受けていないように見える。


(このまま、私のペースで押し込む!)


 体勢を立て直させてはいけない。

 そうとばかりに、宏紀は信也へ怒涛の攻めを見せる。


「はああああ!!!!!」


「やるなああ!!!!」


 両者斬り合い、僅かながら血飛沫が舞う。


「貴方を! 絶対に殺すんだ!」


「やられてたまるか!」


 その斬り合いは、宏紀の方が優勢。

 このまま行けば、押し込める。

 そう思った宏紀の中に、ある疑問が浮かび始める。


(長い間生き残って来た、狡猾なこいつの事だ。絶対に何か企んでいる)


 その証拠に、信也はまだ固有魔法――《偽神幻界ヤルダバオト》を見せていない。


(……まだ?)


 刹那。


「死ね」


 正面ではない。

 宏紀の右斜め後方――丁度死角となっている場所から、剣が勢いよく突き出て来た。


「くっ!」


 それを、宏紀は勢いよく身を退くことで回避を試みた……が。


「痛い、ですね……」


 流石に回避しきれず、脇腹を斬られてしまう。

 やがて、眼前に見えて来る2人の信也――ここで、宏紀はようやく絡繰りを知る事となる。


「なるほど。最初からずっと、分身と本体を重ねていたんですね……」


「ああ、その通りだ。ずっと重ね、ここぞという時に分身体を離脱させ、死角からお前を仕留める……そうするつもりだったのだがな」


 宏紀の言葉に、信也は答え合わせとばかりにそんな事を口にした。


「確かにそれなら、私の眼で見抜けなくても、無理は無いです――ねっ!」


 そう言って、宏紀は再び距離を詰める。


「はああっ!」


 それに対し、信也は余力を作る為か、もう無意味となってしまった分身体を消すと、そんな宏紀と剣を交える。

 そうして再び響く金属音。


(ここで、一気に押し切るんだ!)


 脇腹に受けた傷は、浅いものではない――だが、深くも無い。

 これぐらいなら気合で何とかなると、宏紀は歯を食いしばりながら、全力で戦い続ける。


「【魔法書解放リード――《空間圧縮崩壊オーバーブレイク》】!」


「うぐっ!」


 そして、僅かな隙を見つけては、速射で強力な魔法を放ち、ダメージを蓄積させていく。


「くっ 糞がっ!」


 長い攻防の末、遂に地面へ膝を付いてしまう信也。

 そこへ、宏紀が渾身の一撃を放つ。


「終わらせるんだ!!!!!」


 その一撃が――特級探索者であろうとその命を奪えるような強烈な突きが、信也の心臓へと吸い込まれて行き――


 そして。


「が、あっ……!?」


 の腹を、深々と貫いた。

 何が起きたのか分からず、一時的に思考が止まる宏紀。


「……まあ、そういう訳だ」


「な……!?」


 そして正面には、無傷の信也が立っていた。

 見れば、自分の腹を貫いているのは――自分自身の剣。

 つまり、宏紀は自分で自分の腹を――刺したのだ。

 何があったのか、理解できない――そう言いたげな宏紀に対し、信也は小さく息を吐くと、口を開いた。


「最初から最後まで、お前は俺の幻術の中に居たんだよ」


「な……眼に、は……」


「はっ 頭に血が上りすぎて忘れたのか? 俺の幻術は精神干渉系。対象の認識そのものを歪め、幻術を作るんだ。例えお前の眼が真実を観測していたとしても、脳がそれを理解できなければ意味が無い。少し考えれば分かる事だろうに」


 コンコンと自身の頭を人差し指で小突きながら、信也は心底憐れむように、死に行く宏紀へ本当の答えを告げる。


「まあ、世界の認識を歪め、分身体を作り出す方は予め答えを知っている宗也とは違い、しっかり見抜いて対処した。そこは凄い。称賛ものだ」


「ふざけ、るな……」


 ああ、憎らしい。

 これほど憎い相手に憐れまれるなんて。

 宏紀の中で、憎悪がどんどん渦巻いていく。


「……まあ、そろそろ復讐の呪縛から、解放されるといい。そしてあの世で、恋人と再会でもするんだな」


 そう言って、信也は剣を振り上げた――刹那。


「ぶっ!」


 宏紀が、精一杯の力を込めて纏めた血を弾丸の様に吐き出した。

 それを、信也は咄嗟に剣で防ぐ。

 それによって生まれた一瞬の隙で、宏紀は魔法を発動させた。


「【魔法書解放リード――《神速雷走イピクロス》】」


 刹那、宏紀はその場から姿を消した。

 歴代最強の俊敏上昇の固有魔法――《神速雷走イピクロス》を発動させることによって。

 その後、気づけば新幹線内に戻っていた信也は、座席に座ると、天を仰いだ。


「また恋人に守られるとか……ダサすぎだろ。あいつ」


 そして、そんな言葉を漏らすのであった。

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