第三十二話 パキッ!(トングが割れる音)

「……朝か」


 次の日。

 目を覚ました俺は、むくりと起き上がろうとして……止めた。


「むみゅ~……」


 理由は勿論、ルルムが上から覆いかぶさるような形で、俺に抱き着いていたから。

 まあ、いつもの事だ。するりと抜けるとしよう。

 ただ……


「なんでアルフィアも居るんだ?」


 右を見れば、そこには何故か隣のベッドで寝た筈のアルフィアが居たのだ。

 俺の右半身へ抱き着く様に寝ており、顔と角が結構近い。


「む~……ごしゅじん、さま……」


 随分とまあ、こっちも幸せそうと言うか、無防備な寝顔だ。

 そう思いながらも、俺は朝のバイキングの時間が迫っていると思うと、2人を起こす事にした。


「おーい。起きろお前ら。朝だぞー」


 そう言って、俺は2人を揺する。


「ん……むぅ……ごしゅじん、さまぁ……?」


 すると、まず初めにアルフィアが目を覚ました。

 アルフィアは朧げな意識の中、ゆっくりと目を開き、そして俺の方を見る。


「……あ」


 次の瞬間、一気に頬が紅潮すると、布団に顔を埋めながらすすすと距離を置いた。

 そして、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。


「お、おはよう……なのじゃ。ご主人様よ……して、迷惑では無かったか?」


「いや、全く。だからそう、気にすることは無い」


 アルフィアの言葉に、俺は平然とそう言って、首を横に振った。


「んみゅ……ましゅ、た~……?」


 その後、僅かに遅れてルルムが目を覚ました。

 ルルムは小さな手で目を擦りながらむくりと起き上がると、俺の方を見る。


「マスター……おはよう……」


 そして、ぎゅっと上半身を起こす俺に抱き着いてきた。


「ああ、おはよう。ルルム。朝食の時間が迫っているから、準備しな」


「んみゅ! ご主人様!」


 そう言って、ルルムはベッドから飛び降りると、ロボさんと戯れ始める。

 本人は起こしに行った感覚なのだろうが……残念。

 ロボさんはもうスリープモードからとっくに目覚めている。


「さてと。アルフィアも、準備しな。朝食の時間だ」


「うむ。分かったのじゃ、ご主人様よ」


 こうして目を覚ました俺たちは、身支度を整えると、ちゃんと《幻術ファントム》で人畜無害そうな人間に偽装してから部屋を後にした。

 そして、1階にあるレストランへとエレベーターで向かう。


「ほーもういい匂いが漂って来るのう」


「美味し~食事っ! 美味し~食事っ!」


 1階へ降り、レストランが見えて来た辺りで、アルフィアとルルムはそれぞれそのような事を口にする。

 そんな2人の言葉に、俺は小さく口角を上げて、「そうだな」と頷きつつ、受付の人間に声を掛けた。


「朝食バイキング、7時からの川品です」


「はい……畏まりました。では、お席へご案内いたしますね」


 そして受付を済ませると、店員に連れられてレストランの中へと入って行く。


「……客として来るのは初めてだな」


「ほ~……沢山あるのぅ」


「美味しそうな食事が、いっぱい~~~!」


「リョウリタクサン。エネルギーホキュウ、カンペキ」


 中へ入ると、そこにはバイキングらしく、様々な料理が並んでいた。

 そして多くの客たちが、自分好みの食事を皿に移し、食べている。

 いいね。少し、楽しみだ。


「こちらのお席になります。お時間は、今から60分となっております。それでは、ごゆっくりどうぞ」


「ああ、分かった」


 やがて、よくある4人席へと案内された俺たちは、俺とルルム、アルフィアとロボさんのペアになるような形で席に座った。

 そして、一息ついた所で俺は口を開く。


「バイキングは昨晩も言った通り、皿に好みのものを乗せ、食べるといったやり方だ。まあ、ある程度人間のルールを知ってきているから、そこまで忠告はしないが……なるべく、穏便にな。《幻術ファントム》で隠しているとは言え、万が一が必ずある。それと、ルルムは俺と一緒にあそこを回ろうな?」


「はーい。マスター!」


 俺の言葉に、ルルムは元気よく声を上げた。

 ルルムからしてみれば、俺と一緒に居られるという意味で嬉しいのだろうが……実際は、絶対に目を離してはいけないという意味なんだよな。

 そして、その事をよく理解しているアルフィアは、喜ぶルルムを見て、なんとも複雑そうな顔をするのであった。

 その後、席を立った俺たちは、それぞれ別々の場所で料理を取る事となる。

 盆を取り、その上に皿を乗せた俺は、美味しそうな物を取りあえず更に乗せて行く。


「ポテトフライ、唐揚げ、パスタ、ピザ……ルルム。皿に収まる範囲で入れてよ?」


「うん、分かった! マスター!」


 俺の言葉に、元気よく頷くルルム。

 不安だ。

 だが、その不安とは裏腹に、ルルムは結構器用に、程よく食事を乗せて行く。


「……まあ、ルルムも俺視点では不器用と言うだけで、それなりにはやれるんだよな……と言うか、やれなかったら《擬態》で他の魔物になって、その魔物固有の能力を使うだなんて絶技、出来んよな……」


「む~?」


 ルルムが不思議そうに俺を見る中、内心そう思いつつ――それでもやはり、警戒は抜けない。

 何せルルムには、前科がありすぎるのだ。

 すると、案の定――


「これ美味しそう!」


 パキッ!


 力加減をミスり、トングを粉砕するというミスをしてくれやがった。

 その瞬間、俺は刹那の内に魔法を発動させると、砕けたトングを修復する。

 土属性に属する錬成はかなり不得意なのだが……まあ、この程度ならどうとでも無い。

 そう思いつつ、俺はルルムに忠告をする。


「ルルム。地上の物は基本的に脆いんだ。はしゃぎ過ぎて忘れるなよ」


「む~……ごめんなさい。マスター」


 俺の言葉に、ルルムはそう言ってしゅんとしょげる。

 とまあ、そんな事がありつつも、なんだかんだで皿一杯の食事を取った俺たちは、席へと戻るのであった。


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なんか文量が絶妙に多かったので、バイキングは次回も続きます。

……ああ、飯テロに浸食されてる。

そんなつもりじゃなかったのに。

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