第二十九話 カミングアウト

「むにゅ~~~ましゅた~~~」


「はいはい。ここに居るよ」


 ベッドで、俺は謎にいくつもある枕を積んで背もたれにし、足を延ばしながら、擦り寄って来るルルムの頭を片手で優しく撫でる。


「うーむ。これも美味いのぅ。ほれ、ロボさんも」


「……エネルギー、チョウビカイフク」


「さっきと同じじゃのう。まあ、分かってはいたのじゃが……」


 向こうでは、アルフィアがポットでお茶やコーヒーなどを淹れ、楽しんでいた。

 だが、何故ロボさんをそれに巻き込んでいるのか……

 味を聞かれても、ロボさんでは理解しようが無いのに。

 まあ、楽しそうだからいいか。


「で、明日は朝食を食べた後、大鎌使いを見つけて、参考になりそうであれば技を盗む。そんな感じかな?」


「マスターの言う通り~~~」


 天を仰ぎながら、明日の予定について色々と考える俺に、ルルムは俺の胸元付近にまで這い上がって来ると、そう言って顔を埋めてくる。

 そんなルルムに、俺はいつものように背中へ手を回してやると、優しく撫でたり、ポンポンと叩いてあげた。

 地上ここは俺からしてみれば、ダンジョンの最前線と変わらない、油断ならない場所。

 常に警戒しては居るが、今ぐらいはゆっくりしても良いかと、俺は警戒を一段階緩めた。

 そんな時――


「……ん?」


 俺は、部屋の前に立つ1人の人間を感知した。

 最初は通り過ぎるだけかと思ったが……何故止まる?

 しかも、荷物を一切持っていない、客らしき男。

 俺は緩めた警戒心を一気に高め、ベッドから起き上がろうとした――次の瞬間。


 コンコンコン


 その男が、ドアを右手でノックした。

 これで、ここに用があるのは確定……か。


「ふむ。ホテルの従業員とやらか?」


 すると、アルフィアはそう言ってドアの方に視線を向けた。

 殺意は感じないし、それなら知識の無いアルフィアが、勘違いしてしまうのも頷ける。


「いや、客だ。ロボさん、隠蔽の結界を」


「リョウカイシマシタ」


 言葉の節々に硬いものを感じたのか、アルフィアの目がすっと細められ、ルルムは瞬時に隣のベッドへ移動、そしてロボさんは詠唱を始める。


「さて、何用かな?」


 そして俺は、警戒しながらドアへと向かうと、そこをバッと開けた。

 するとそこには、身なりを整えた若い男の姿があった。

 だが……強いな。

 日本最強とか言われてる、【災禍の魔女】に近い実力が見て取れる。

 すると、その男は丁寧に頭を下げた。


「初めまして。夜分に失礼いたします。私の名前は鈴木宗也。日本国総理大臣を務めております」


「……そうか」


 その言葉には、僅かながらにも驚きを覚えた。

 確かに、特級探索者クラスの実力者であることは、見れば分かる。

 だが……まさか総理大臣とは。

 今の日本の総理が、【万能首相】の二つ名を持つ特級探索者でもあることは、知ってはいたが、何故そんな奴がここに……?

 俺に何の用があると言うのだ。

 すると、顔を上げた宗也が、目的を告げる。


「単刀直入に申し上げます。どうか、貴方の武力で、ダンジョンの大反乱を止めて欲しいのです。お願いします……始まりの探索者」


「始まり――」


 その瞬間、俺の警戒心が一気に上がる。

 何故、それを知っているんだ。


「【繋げ】」


 刹那、俺はコンマ1秒にも満たない速度で転移魔法を構築すると、奴ごと居場所を自らの領域である第600階層に移した。

 ここであれば、自分が良く知る場所という事もあるし、他の人間からの干渉も受けない。

 俺にとっては、最も安全な場所だ。


「場所を移させてもらった。知ってることを全部話せ」


 他の人間どころか、アルフィアたちですら、俺が最初にダンジョンへ入った人間であろうという事は知らない。

 知っているのは、俺だけの筈だ。

 すると、ここへ移動した事に僅かな動揺しか見せなかった宗也が口を開く。


「はい。私は、《未来占知ウーラニアー》という、未来を視る固有魔法を持っています。視えるのは私の周辺、最も近い未来のみと制限がありますが、魔力が持つ限り、何万年何十万年先の遠い未来を視る事も出来ます。これで、私がを取る事を想起した瞬間、日本が貴方によって氷漬けにされる未来が見え、そこで貴方の発言を聞いた事で、貴方が始まりの探索者である事が分かったという次第であります」


「なるほど」


 驚いた。

 まさか、そこまで詳細な未来を視る固有魔法があるとはな。

 それほど強力な魔法であれば、頷ける。

 嘘も、吐いていないようだ。


「分かった。それで、ダンジョンの大反乱とは……昔、ダンジョンが出来た時に起こったものの事で、間違いないか?」


「はい。それが、もう間もなく浜松のダンジョンで起こると言われております。既に世界各国で同様の事が起こっていますが、浜松のそれは比較にならない程のもの。どうか鎮圧に、手を貸していただけないでしょうか? 報酬は、望むだけお渡ししますので」


 そう言って、宗也は再度深く頭を下げた。

 なるほど。確かにそうなれば、大勢の人が死ぬだろうな。

 だが、手が思いつかない。

 そこで、藁にも縋る思いで、俺の所に来たという訳か。


「……1つ聞きたい。ある行動を取ったら、俺が日本を凍らせるとか言ったな? そのある行動とは一体なんだ」


 そんな俺の問いに。

 宗也は冷や汗を流し、心音を大きくさせながら――答えた。


「……はい。ダンジョンから1人で出て来たルルムさんを、私が誘導し、精神支配をして傀儡にする事で、ダンジョンの大反乱を止めようとした時でした」


「は?」


 その言葉に、俺は煮えたぎるような怒りを覚えると、宗也の首を鷲掴みにするのであった。

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