第十五話 なんでこいつ特級じゃないの?

(逃げないと逃げないと逃げないと……宗也にそこまで見透かされていたとなれば、早くあいつに知らせないと……)


 そんな事を思いながら、全力逃走をする翼は、ダンジョン側にいる仲間にこの事を伝えるべく、スマホを起動する。


「へっへっへ。一般人を巻き込む訳には、いかないだろうからな〜?」


 翼はこの時、あえて人通りの多い場所を選んで逃走している。

 理由は勿論、無辜の民を盾にする為。

 現に、圧倒的な実力差がある訳では無いこともあってか、宏紀は攻めあぐねて――


「厄介ですね。ですが――【魔法書解放リード――《死ノ決闘デス・マッチ》】」


 ……いた。

 だが、直後に発動される魔法。

 刹那、宏紀と翼の2人は異空間へと飛ばされる。


「……はい。これで思う存分、戦えますね」


「……もうやだ。なんでこいつ特級じゃないの?」


 自らの負けを悟った翼は、今の状況を思いながら、思いっきり絶望する。

【災禍の魔女】の固有魔法――《魔法書庫グリモワール》は、魔法をストックする事ができ、そして【剛毅】の固有魔法――《死ノ決闘デス・マッチ》は、外界からの干渉がされない場所で、強制的に1対1を仕掛ける事が出来る魔法。


(無理ゲーだぁ……まあでも、この事をあいつに伝えられただけ、マシな方か)


 そう。翼は寸での所で仲間に連絡が出来ており、”こっちに居る宗也は偽物で、実は宏紀であった”という情報を、既に共有できているのだ。

 なら、自分はどうすればいいのか。

 宏紀に勝つ……だなんて甘い幻想を抱くつもりは、翼にはさらさらない。

 だが、足止め程度なら全然出来る。


(ま、俺がここでどれだけ努力しても、宏紀には勝てない――だけど、宏紀がミスをすれば、勝つ可能性がある)


 今は、それを念頭に入れておくだけでいい。

 そう思いながら、翼は魔法を唱える。


「【生き残れ、この世界じごくを。全てを我が身に、全てを奪え――】」


 己を体現する、固有魔法を。

 そんな翼に対し、宏紀も一呼吸遅れて詠唱を始めた。


「【生き残れ、この世界じごくを。全てを我が身に、全てを奪え――】」


 翼と全く同じ、詠唱を。


(っ!?)


 これには、思わず目を見開く翼。

 だが、実力者らしくそれ相応の修羅場を潜ってきているのか、詠唱を止める事は無かった。


「【――これこそが、この世の理。この世の真理――《強欲世界アバリティア》】」


「【――これこそが、この世の理。この世の真理――《強欲世界アバリティア》】」


 そして、ほぼ同時に終わる詠唱。

 直後、二重に漆黒の領域が展開された。


「なるほど。これで相殺……いや、こっちが勝ってるか」


 相殺されたかと思ったが、実際は翼が展開した《強欲世界アバリティア》の方が、宏紀が展開した《強欲世界アバリティア》よりも高い性能だった。

 レベル差があるのに、若干の差……どうやら《万象神眼プロビデンス》で模倣したものは、宏紀が言う通り全て劣化すると見て、間違いないようだ。


(良かったー)


 翼にとっては、不幸中の幸いという事もあってか、内心ほっと安堵の息を吐く。

 だが、それも一瞬。


「【魔法書解放リード――《厄災顕現カタストロフ》】!」


 一瞬の詠唱と共に、宏紀の背後に顕現するのは、黒い

 絶望と呼ぶか。

 恐怖と呼ぶか。

 それとも――厄災と呼ぶか。

 そんな名状しがたい巨大な黒いナニカが、宏紀の背後で蠢いている。


「やっべー……そうじゃん。これ、あるやん……」


 だが、あの一瞬ではどうする事も出来ない。下手に動けば、自身の死を早めるだけだと、十全に理解しているからだ。

 それでも、これは――翼にとって、絶望だった。


「【災禍の魔女】のもう1つの固有魔法……確かにあいつの魔法をコピッた事も相まってか、結構劣化しているみたいだけど……それでも絶望なんだよなぁ……」


「”魔滅会”のクズが絶望してくれて、私は大変満足していますよ。胸がすく思いです」


 翼の言葉に、宏紀は迸る殺意を隠す事なく放出しながら、そんな言葉を口にする。

【災禍の魔女】のもう1つの固有魔法――《厄災顕現カタストロフ》。

 厄災という概念を顕現し、使役するという攻撃系最強クラスの魔法だ。


「さて、絶望しながら――死んでくださいっ!」


「やるしかねええええええ!!!!!!!!!」


 そうして、両者は衝突するのであった。


 ――――――――――

 ――――――

 ――――

 ――


「……がはっ がはっ」


 血反吐を吐き、ボロボロになりながら倒れる翼。

 一方、宏紀は無傷で佇んでいた。


「随分と粘りましたね。ですが、終わりです。生かした際のデメリットが多すぎるので、さっさと殺すとしましょう」


 そう言って、宏紀は背後にいる”黒いナニカ”を翼の下へと向かわせる。

 迫り来る絶望。

 だが、翼はそんな中でも冷静で――狡猾だった。


「”魔滅会こっち”にも嘗て、未来視出来る奴がいてねぇ……てか、そいつが創設者なんよ。で、世界、場合によっては滅ぶってさ。ダンジョンから出て来たナニカによって……詳細は、分からんかったけど……ごほごほっ……」


「っ!?」


 翼の言葉に、宏紀は思わず目を見開いた。

 当然だ。だってそれは――宏紀も薄っすらと見た景色だから。


「多分、首相も、知ってんじゃ、ね……? あいつ、未来視、持ってるし……」


「……だから、その未来を消す為に、お前らは悲劇を生み続けると?」


 宏紀から溢れ出る濃密な殺意。

 大切な人を殺されたからこその殺意だ。

 それを正面から受けながら、翼は最期に言葉を紡ぐ。


「知らね。俺はただ、もう二度と奪われない為に、敵の全てを奪ってきた……だけだから。……んじゃ、時間稼ぎ完了っと」


 直後。


 ドオオオオオオン!!!!!!


 翼を起点に、宏紀を巻き込むほどの大爆発が引き起こされるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る