第十四話 逃~げるんだよ~!

(でも、今ならあれ使えるんだよなぁ……)


 空中に飛ばされたお陰で、互いの距離が離れ――お陰で今なら固有魔法が使えると判断した翼は、即座に詠唱を紡ぐ。


「【生き残れ、この世界じごくを――】」


「はあっ!」


 直後、上へと跳び、攻撃を仕掛けて来る宗也。

 それに対し、翼は咄嗟に腰に携えてある双剣を両手で抜き、クロスに構える事で迎撃しようとする。


「はっ!」


 だが、宗也はそれを分かっていたかの様に、空中で身体を捻って避けた。

 恐らく、戦闘中常時発動させている《未来占知ウーラニアー》によって、この攻撃が来ることを知っていたのだろう。


「【――全てを我が身に、全てを奪え――】」


 そんな事を思いながら、翼は次の詠唱を紡ぐ。


「はあっ!」


 直後、宗也がそのままの勢いで翼へ裏拳をぶつけた。


「ぐっ!」


 それを、翼は甘んじてそのまま受ける。


(ここはどう動こうが、意味が無い――どうせ対処されるから……だが、めっちゃ痛いなぁ……泣きそう。マジで泣きそう。骨バキバキ逝ったし……)


 翼は、今の攻撃で肋骨が数本折れたことを自覚しつつも、下へと落下しながら最後の詠唱を唱えた。


「【――これこそが、この世の理。この世の真理――《強欲世界アバリティア》】」


 そして――発動する。

 直後、翼を起点に広がる漆黒の球体。

 それは、直径20メートル程にまで広がり、宗也と己を取り込んだ。


「……ふぅ。痛いなぁ……。後でしこたま、アソパソマソ体操を元気に踊った会計係君から、治療費貰わないと……」


 そんな事を言いつつも、翼は漆黒の領域内で、一部の隙も無い構えを取る。


「なるほど。これが、かの悪名高い固有魔法――《強欲世界アバリティア》ですか。直接目にするのは初めてですが、これは相当ですね……」


 一方、領域内に引き込まれた宗也は、冷静な声音で辺りをぐるりと観察する。


「へー俺の領域内だってのに、随分と余裕そうな表情だね。首相」


「《強欲世界アバリティア》……領域内に居る全ての生物の魔力と体力を常時奪い、自身にそっくりそのまま加算する魔法。いざやられてみると、本当に厄介な物ですね」


強欲世界アバリティア》――それこそが翼の固有魔法。

 領域内に居るあらゆる生物から魔力と体力を継続的に奪うという、世界規模で見ても強力な部類に入る固有魔法。


「それ、未来が見えるお前が言えた事じゃねーだろ。未来見られる方が、よっぽどズルだよ。ズル……」


 だが、総合的にどちらが強力かと言われれば、流石に《未来占知ウーラニアー》に軍配が上がる。

 いくらか制限があるとは言え、戦闘中でもそうでなくとも、未来をほぼ正確に知る事が出来るというのは、強すぎるのだ。


「だが、この程度で私が負ける事は無い。では――」


 直後、宗也がその場から消えた。

 そして次の瞬間、宗也は翼に肉薄すると、低い姿勢から蹴りを右脇腹へと飛ばした。


「はああああっ!」


 それに対し、翼は間一髪のところで双剣をクロスして防ぐと、大きく後ろへと跳ぶ。

 この状況になれば、後は時間が経てば経つ程、有利になって行くのは翼の方だ。


(よしよしよし。一先ずこの領域に居続ければ、大分時間が稼げる……!)


 この隙に、仲間がランダムに動いて宗也の《未来占知ウーラニアー》の結果を、当初とは違うものへと変える。

 そして、それに気づいた宗也が急いでここを離脱し、【災禍の魔女】――怜華及び宏紀にその事を報告する前に、事を済ます。

 それが、翼たち”魔滅会”の計画だ。


「でも、ちょっと……いや、マジできつ――いぃ!!!」


 翼は宗也の猛攻を必死に躱したり迎撃しながら、そんな声を上げた。


(まあ、そりゃそうか。首相になった時でさえ、既にレベルは170――今は不明だけど、推定レベル174って言われてるしね。それに引き換え、俺はせいぜいレベル139――相手になら……あれ?)


 ここでふと、翼の中に疑問が生じる。


「なんで……ここまでやり合えるんだ?」


 冷静に今までの戦いを振り返ってみれば、意外といい勝負だった。

 確かに力負けしている感じは否めないが、それでも――少なくとも特級探索者クラスと第一級探索者クラスがぶつかり合った時の戦いでは無い。


「まさか……影武者か!?」


 そんな筈は無いと思いながらも、翼は思わずそんな言葉を漏らした。

 当然だ。眼前にいる宗也は、既に《未来占知ウーラニアー》を使っている気配がある。

 言動も同じだし……


(待て。確か、それが可能な人間が、1人だけ――)


 ある心当たりを覚え、思わず目を見開く翼。

 直後、眼前に居る宗也が、何かを察したかのように口を開いた。


「ああ、気づきましたか。なら、もうこれは魔力の無駄ですね。【あるべき姿へ戻れ】」


 そう言って、魔法の解除呪文を唱える宗也――すると、その身体があっという間に別人へと変わる。


「くっ……宏紀だったか!」


「はい。宗也さんから頼まれましてね」


 翼の言葉に、宏紀は元の口調に戻すと、平然とそう言って見せた。


「しかもその解除術式……10年前に死んだ特級探索者、【千変万化】の固有魔法かよ……ったく。なんでもありかよ、こいつ」


 10年前に病没した、あらゆる生物に変身し、更にそのステータスまでもを一部反映できるという、2人は知る由もないが、ルルムと同系統の固有魔法――《千変万化メタモルフォーゼ》を保有していた探索者の名を思いながら、翼はそう吐き捨てた。


「いえいえ。相性の良いものだけですし、劣化もしますので」


「ちょっと、黙ろうか」


 何の感情も込められていない宏紀の言葉に、翼はそう言うと、双剣を構えた。

 そして――


「逃~げるんだよ~!」


 と言いながら、全力逃走を始めるのであった。

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