第十話 万能首相

 俺は今、アルフィアの前で正座している――いや、正確に言えばさせられている。

 何故なら――


「ご主人様よ。妾、言ったであろう? 美味い飯を買ってくるようにと。なのに何故、買ってくるのを忘れたのじゃ?」


「いや、これに関してはマジですまん……。なんか、流れ的につい……」


 そう。本来俺は地上へ行って美玲と会うついでに、飯を買って来る予定だったのだ。

 だが、流れ的な問題でそのまま帰ってしまい、そして今、アルフィアに指摘された事でようやく思い出した……という訳だ。


「妾、楽しみにしておったのじゃぞ? わくわくしておったのじゃぞ?」


「はい。マジですみません。直ぐに、買ってきます……」


 完全の俺の落ち度であるが故に、何も言い返すことが出来ない。

 普段であればどんな時でも俺の味方をするルルムも、今回ばかりは俺の意思的なものもあってか、おろおろと俺とアルフィアを交互に見ている。


「うむ。では、さっさと行ってくるのじゃ」


「はい。【座標を繋げ――《空間転移ワープ》】」


 アルフィアの言葉に、俺は正座したまま《空間転移ワープ》を発動させると、再び地上へと舞い戻るのであった。


「……ふぅ。それじゃ、探すか」


 そうして地上の、毎度おなじみダンジョン総合案内所の屋根上に転移した俺は、気配を消すと、美味い飯を求めて彷徨い始めるのであった。


 ◇ ◇ ◇


「げぇ、【災禍の魔女】……あいや、なんでもねっす」


「……やれやれ。これ、何とかならないのか?」


「無理ですね。師匠」


 ダンジョンから出てきた、怜華率いる7人パーティは、その瞬間数多の視線を浴びる事となる。

 彼ら全員が特級探索者及び第一級探索者という、日本最強格のパーティ故、このように相当目立つ。

 特に、特級探索者の怜華へは畏怖と尊敬の込められた眼差し――そして、不名誉な

 二つ名、【災禍の魔女】の声が止まらない。

 それにはげんなりとしてしまう怜華に、弟子の1人は無理ですと首を横に振る。


「もう、20年も前の事ではないか。何故、そう引きずるのか……」


「いや、流石に単騎で国滅ぼした事が20年程度で忘れられる訳が無いでしょう?」


「20年どころか、100年も200年も語り継がれそうだな。もっと脚色されて」


 弟子に正論をぶつけられ、更にげんなりとする怜華。

 怜華としては、自分を引き抜く為に弟子を誘拐した某北の国とかいうダンジョンの無い国を滅ぼしただけとしか見ていないが……世間的には、普通にヤバい。


「はぁ……で、やはり居たか。ぼんくら」


 そう言う怜華の視線の先に現れたのは、スーツ姿の若い男性だった。

 その身体は、スーツ越しでも分かる程度には鍛えられており、その存在感からも、彼が優秀な探索者である事が伺える。

 そんな男性は、怜華の前まで歩み寄って来ると、口を開いた。


「相変わらず、手厳しいですね」


「事実だろう? 鈴木宗也すずきそうや……いや、【万能首相】の方がいいか?」


「私は別に、貴方とは違いどちらでもいいですよ。さて、立ち話も何ですし、行きましょう」


「はいはい……それじゃ、お前さんたちは家に帰ってていいよ」


 そう言って、怜華は弟子から離れると、詠唱を始めた。


「【ここは四次元世界。空間と空間の橋渡し――】」


 そして、1分程の長い詠唱を経て――発動する。


「【――座標を繋げ――《空間転移ワープ》】」


 直後、怜華と宗也の2人はその場から姿を消した。

 そして次の瞬間、2人は同じ浜松市内にある、怜華行きつけのカフェに居た。

 その後、2人は店内に入ると、注文をし、席に着く。


「さてと。【展開せよ。隔絶された領域を――《隔絶結界イソレーション・フィールド》】……ふぅ。それじゃ、話をしようか。お前さんも、仮面を被り続ける必要はもうないだろう?」


 誰にも聞かれないように結界を展開した怜華は、そう言って対面する宗也に話を振る。


「そうですか……。あ~師匠疲れたよ~。めっちゃ肩凝るんですよ? これ」


 その瞬間、宗也は一気に威厳という威厳を霧散させると、テーブルに顔を伏せる。

 一方、そんな宗也を前に、怜華は深くため息を吐くと口を開いた。


「確かに、お前さん程首相に向いた奴もおらん。だが、性格は完全に見不相応だねぇ」


「うん。それはマジで分かってる。だけど、やるしかないじゃん。てか、目を背けられないよ、こんなん……」


 怜華の言葉に、宗也はそう言ってため息を吐く。

 鈴木宗也、またの名を【万能首相】

 歴代最年少の24歳で特級探索者へと至り、明らかとなっているレベルは170。更にその後、若干26歳の若さで日本の総理大臣にもなっている。

 お陰で巷では、「あいつ、SPいらんくね? だってSPの方が弱いもん」とか言われてたりする。

 そんな彼を、日本最強格の座に押し上げているのは――


「それで、なんだ? その表情……《未来占知ウーラニアー》でマズい事でも出たのか?」


 そう。秘匿されし固有魔法、《未来占知ウーラニアー》だ。

 その問いに、宗也はがばっとテーブルから顔を上げると、口を開く。


「そうそう。《未来占知ウーラニアー》で見てたらね。丁度今日、師匠の死が出てたんだよ。それで、怖くて怖くて……」


 そう言って、ぶるりと震える宗也。

 そんな宗也の言葉に、怜華は「私がくたばる訳ないだろう」と言おうとして……思い出した。


(ああ、多分大翔か。大翔と敵対した世界線の私を、見ていたのだろうねぇ……)


 宗也の《未来占知ウーラニアー》は、最も起こる可能性の高い未来のみしか、見る事が出来ない。

 宗也が《未来占知ウーラニアー》を使ったタイミングにもよるが、場合によっては死んでいた――そう、怜華は解釈すると口を開く。


「それならもう、解決した。だから心配する必要は無い」


「あ、そうなんだ。それなら良かった~……それじゃあ、今回の探索の報告お願い」


「はいはい。分かった分かった」


 そうして、怜華は宗也へ探索の成果を報告するのであった。

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