第八話 失言者が約1名

「お前さん、私より強くないかい?」


 唐突に紡がれたその問いに。

 俺は少し黙り込んだ後、口を開く。


「そう思ったか。それで?」


 別に俺の実力を見抜いたから、どうこうするとか、そういのは全く考えていない。見抜いただけで、とやかく言うのは道理に合わん。

 だが、問題はそれをどうするかだ。

 俺が圧倒的な強者である事がバレたら、今の日本では面倒ごとになるのは必至。

 故に、得た情報の使い道次第では、俺はこいつを――処理する事も普通に視野に入れている。

 すると、そんな俺の言葉に怜華は「そうねぇ……」と顎を撫でてから言った。


「見ただけの情報なら、別に言っても構わんのではないかね? 私としても、国としても、強い探索者が大っぴらに活動して貰うのは、色々と都合が良いしの」


 なるほど。詭弁だな。

 そんなの、俺の意思をまるっきり無視している。

 それで誰かが苦しむ可能性を、考えていない。

 まあ、所詮は人間だ。その程度で苛立ちなどしない。

 そもそも国なんぞが、個人の意見を尊重する訳が無いだろうに。


「そうか。やるのであれば、今この場でお前を処理する。有無を言わさずな」


「私と戦い、負ける可能性を一切考えない奴と会うのなんて初めてかもしれないねぇ。まあ、冗談だ。別にそんな事はせん。私も変に嗅ぎまわられるのは、嫌だからねぇ」


 俺が淡々と末路を説明すると、怜華はそう言って首を横に振った。

 しない……か。


「一度あんな事を言った人間、信用できんな」


「私はこれでも日本最強だからの。殺す方が、多分面倒な事になると思うぞ。第一ここで本気の戦いをしたら、あ奴らも巻き込む」


 俺の言葉に怜華はそう言って、向こうに居る美玲たちを見やる。

 別に俺なら、一瞬で殺せるからそんな心配は無意味だが……


「まあ、止めておこう。面倒ごとは嫌いだ」


 そう言って、俺は身を引いた。

 少し前までなら、多分普通に殺してただろう。

 これも、美玲という、これだけ関わって来ても俺を害するという行動を取らない奇妙な人間を知ったお陰かな。

 あとは、害意を感じなかったから……だな。


「それで良い。それで――」


 そう言って、怜華は杖を構えた。


「ちとばかし、胸を貸してくれないかい? 無論、報酬は払う」


「ん?」


 突然の怜華の言葉に、思わず首を傾けた――直後。


「【魔法書解放リード――《暗黒破壊弾ダークネス・ブレイクバレット》】


 超短文詠唱と同時に放たれる、無数の漆黒の弾丸。しかも1つ1つが、着弾と同時に爆発する仕組みだな。


「【水よ、纏え】」


 それに対し、俺は手持ちの《水精霊の剣アクア・エレメンタル・ソード》にそれなりに魔力の込められた水を纏わせると、上手い事全てを迎撃する。


「あ! 師匠、またやりやがってる!」


「強そうな奴見かけたら、どこだろうがお構いなしに手合わせしようとする癖、ちょっとは治ったと思ったんだけどなぁ……」


 なんか向こうから、諦めとも取れる声が聞こえてくる。

 ふむ。どうやらこれは、怜華にとっての”普通”のようだ。

 まあ、今の日本最強の実力を見るのは、俺としてもメリットになり得るな。

 なら、継続しよう。


「やるねぇ。【秘めたる魔力よ。爆ぜよ、爆ぜよ、爆ぜよ――《魔力爆弾マジック・ボム》】【閉ざされし氷獄の槍よ。穿て、穿て、穿て――《氷獄大槍コキュートス・ランス》】」


 続けて放たれる魔法の弾幕。

 なんとしても当ててやるって思いが透けて見える。


「ちょ、それ試しでやる事じゃないだろ!? いつの間に耄碌婆になったんだよ師匠!」


 向こうからそんな声が聞こえてくるが、俺は変わらず必要最低限の動きで受け流していく。

 ん-……流石にこのままじゃ終わらせてくれ無さそうだな。

 こっちも、何かやらないと。


「【万物を閉ざせ。永劫の氷獄――《永劫氷獄牢エターナル・コキュートスプリズン》】」


 取りあえずで、俺は氷の牢獄を生成して怜華を囲い、閉じ込めた。


「ちょ、なんかこっちも容赦なくねー!? てか、普通に俺より強くねー!?」


 外野がなんか五月蠅いが、無視して《永劫氷獄牢エターナル・コキュートスプリズン》の中でさらに氷の鎖によって縛られている怜華を見やる。


「やれやれ。お前さん、容赦ないねぇ」


 だが、怜華は呑気にそんな事を言うと――詠唱を紡いだ。


「【魔法書解放リード――《空間圧縮破壊オーバーブレイク》】」


 直後、俺の《永劫氷獄牢エターナル・コキュートスプリズン》が粉々に砕かれ、怜華が出て来た。


「はーよいよい。満足だね。ほれ、礼だ」


「ああ」


 俺は怜華がピンと指で弾いて投げて来たものを受け取る。

 すると、それは魔石だった。

 第190階層クラスの魔石で、売れば8万円ほどになる事だろう。

 まあ、それなりにいい収入だと思いながらそれを懐に入れると、美玲が駆け寄って来た。


「大翔さん! 怪我は無いですか?」


「いや、大丈夫だ。ちょっと爆風で服に塵が付いた程度だから、心配はいらない。それに、そこら辺は互いに気を遣ってたから」


 そう言うと、美玲から「互いに気を遣ってた? どこが?」とでも言いたげな視線が送られてきた。

 まあ、美玲からしてみれば結構ハードな戦いに見えただろうからね……仕方ない。

 すると、怜華が笑いながら口を開いた。


「久々に楽しめたよ。私が戦って楽しめるのは、特級の奴らか宏紀の小僧ぐらいだったからねぇ」


 それじゃ――と、怜華は仲間の方へと視線を向けた。

 すると、何故か怜華から怒りの感情が溢れ始めた。


「……で、だ。耄碌婆と言ったのは、どこのどいつだい……?」


「ひいいいいいいいいい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいいいいい!!!!」


 この後、ダンジョン内にさっきの戦い以上の轟音が、響き渡るのであった。

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