第七話 災禍の魔女

 その後も少しずつ下の階層へと降りながら、俺たちはダンジョン探索を続けた。


「はっ!」


「【――穿ち抜け――《雷槍サンダーランス》】!」


 俺が近くに居る魔物を一閃し、間合い外に居る魔物を美玲が魔法で仕留める。

 そんな、言ってしまえば単純な連携の繰り返しで、俺たちは進み続けた。

 最初はこんな低レベル帯で戦うなど、意味が無いと思っていたが、普段第600階層でやっているような”型の確認”がお手軽に出来て、案外悪くは無い。

 まあ、それでも流石に第600階層あっちの方が効率は良さそうだが……命の危険が無い場所でまで効率を求める必要は無いな。

 もう、老いる事は無いんだし。


「ふぅ。これで第63階層か。今どれぐらい経ったのだろうか?」


 時間を普段気にしない俺に、そういった物は分からない。

 魔法で地上の様子を確認しようかと思ったが、それよりも先に美玲へそう問いかけていた。すると、美玲は徐に腕を確認し、そして答えを告げる。


「今の時刻は午後6時。あともう少ししたら戻るつもりですね」


「そうか」


 あれから存外時間が経っていたのだなと思いつつ、俺は壁から産み出て来た魔物を一閃する。

 ここら辺の魔物のレベルは40程度。それでもって、魔石は1つ1000円程で売れる。

 俺はこれでもそれなりに良いと思ったが、普通の人間は装備品等にそれなりの金額を投じると考えると、これまた何とも言えない感じになってしまう。


「まあ、それでも他の職業と比べれば、多いんだろうけど――ねっ!」


 そしてまた、魔物を1体葬る。

 そんな時、俺は下の階層へと続く階段の先から、気配を感じた。

 ん? なんか強くね?


「……美玲。下から強い人間の気配を感じた。注意した方がいい」


 人間へ抱き続ける警戒心――そしてダンジョン内で探索者を襲って物資を強奪する人間ゴミが居る事をネット知識で知っているからか、気づけば俺はそんな警告を美鈴に飛ばしていた。

 一方美玲は、そんな警告にピクリと反応すると、奥の方に見える下へと続く階段を見やる。


「確かに、かなりの速度で移動する人の気配を感じますね。ですが、これなら警戒する必要は無いと思いますよ。基本的に盗賊は、隠れて不意打ちをするのが主流ですから。少なくとも、このように堂々と上へと進むことは無いです」


「……」


 人間に”常識”は通用しない。

 だが俺では、美玲の経験則に基づいた言葉に反論する術が無い。

 故に、返す言葉を無くして、無言を貫いてしまった。

 直後、階段を駆け上がって来る人間の集団。


「ふむ……」


 探索者の階級に当てはめるのであれば、6人が第一級探索者。

 そして1人が――特級探索者。といった所か。

 すると、その特級探索者らしき妙齢の女性が、長い白髪をたなびかせながら俺――では無く美鈴を見ると、「む?」と声を上げた。

 そして、こちらへ向かって歩きながら口を開く。


「おお、美鈴かい。久々だねぇ。元気にしてたかい?」


 外見に似合わず、やけに年寄りめいた言葉遣いでそんな事を言う女。

 すると、美玲は嬉しそうに頬を綻ばせながら口を開いた。


「はい。勿論元気ですよ。久保怜華くぼれいかさん」


 そう言って、ペコリと頭を下げる美玲。

 なるほど。どうやら2人は知り合いのようだ。それも、結構仲が良い様に見える。

 すると、そんな美玲に女――伶華は、やれやれとでも言いたげな様子で口を開く。


「なんでそう、他人行儀になるかねぇ。配信の時の元気で明るいお前さんはどこ行ったんだい?」


「配信をすると、なんかスイッチが入ると言いますか、そんな感じなんです……」


 怜華の言葉に、美玲は何とも居た堪れない表情をしながら言葉を紡いだ。


「で、お前さんは誰だい? 美鈴が男と2人きりで探索とか、本当に珍し……む?」


 するとここで、怜華が俺へ話を振った――かと思えば、美玲の左手に視線が吸い寄せられた。そこにあるのは、先ほど渡した魔道具――《加護の指輪ブレス・リング》。

 それを見た怜華は、まるで何かを察したかのようにニヤリと笑うと、口を開いた。


「ほほう……その指輪。もしやお前さんたち、結婚……いや、婚約したのかい?」


「んなっ……!?」


 にやにやしながら紡がれる怜華の言葉。ふと、後方を見てみると、連れの探索者もその事に気付いて、にやにやと笑みを零している。

 ん? 確かに結婚等で指輪を渡す習慣はあるが、それだけで結婚やら婚約やらと決めつけるのは早計じゃないか?

 だが、別に悪意は感じない――むしろ、喜んでいる雰囲気すら感じる。

 そう冷静に思っていると、プルプルと震えながら黙っていた美玲が声を上げた。


「ち、違います! そういう事じゃ無いんです! 全然、ただの偶然なんです!」


 そう言って、美玲は左手の薬指にはめられていた《加護の指輪ブレス・リング》を取ると、右手の人差し指にはめた。

 んん……?

 よく分からず、内心困惑する中、怜華は「そうかい」と残念そうに呟いた。


「だが、仲が良いのは確定だね。満更でもなさそうだし、今後に期待しておくよ。ほれ、美玲はあ奴らと話でもしてくるがよい」


「っ……はい。お心遣い、ありがとうございます」


 何か言いたげな顔をしながらも、美玲はそう言って頭を下げると、後方に居る人間たちの方へ駆けて行った。

 そして、そんな美玲を見届けた怜華は、今度こそ俺の方を向き、口を開いた。


「一先ず、自己紹介をしないとねぇ。私は久保怜華。特級探索者で、【災禍の魔女】とか言う失礼な名で呼ばれたりもしてるよ……全く。私の弟子を可愛がってくれた国にお礼参りをしただけで、何故こう呼ばれなくてはならんのか……」


 いや、俺に言われても……と思いつつ、俺は「この人間が日本最強か」と思った。

 久保怜華――またの名を、【災禍の魔女】

 5属性の魔法を使う、オーソドックスな後衛魔法師――それを極めた感じだ。

 ダンジョン探索黎明期から生き、御年131歳。レベルは、今の人間としては圧倒的な248。

 普通の人間ならとっくに死んでそうだし、外見もこんな若々しくはなさそうだが――そこは、光属性魔法と闇属性魔法でどうにかしているようだ。

 そう、冷静に分析した俺は、彼女に倣って自己紹介をする。


「俺は川品大翔。探索者だが、階級は無い」


「ふむふむ。なるほどねぇ……」


 俺の言葉に、怜華はドレスのようにも見える装備を揺らしながら、顎に手を当ててそんな言葉を零した。

 そして、1歩前へと歩み寄ると、口を開く。


「お前さん、私より強くないかい?」

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