第四十九話 互いの本心

「な、あ……」


 仰向けに倒れ込んだ美月は、全身を激しい痛みで襲われ、驚きも相まってか、言葉にならない声を出す。

 その間に、美玲はあらかじめ手に隠し持っていた治癒薬が入った瓶を割ると、傷口に塗り、気休め程度の治療をした。

 そして、よろよろと長杖に体重を預けながら立ち上がると、口を開く。


「ごめんね、美月……。だけど私じゃ、こうするしか勝つ方法は無かった……」


 美玲は目尻を下げながら、心底申し訳なさそうに言う。

 すると、美月がなけなしの力を振るって嗤った。


「はっ 傷の、共有……そんな、奥の手が、あったのね……ははっ 完敗、だぁ……」


 その狂気的な笑みには、どこか清々しさがあった。

 それを正確に見抜いた美玲は、言葉を続ける。


「取りあえず、警察に引き渡すね。それは、絶対」


「はっ 殺さ、ないとか、甘すぎ……。さっさと、殺しな、よ……。それに、私はこれでも幹部……どうせ、死刑よ……」


「だけど、今まで一度も……人を殺した事、無いでしょ……? なら、環境も環境だし、減刑される。そして……罪を償ったら、今度こそ、幸せになって……欲しい。それが、私の、願い……。私の、エゴ……」


 互いに怪我で、声を震わせながら言葉を紡ぐ。

 だが、かなりの怪我を負っている事で、己を取り繕う事が出来ず、気づけば互いに本心で語り合っていた。


「あんた、キモ……なんで、分かるの……?」


「そりゃ勿論、美月の事を、よく分かってるから……」


「はっ ……だ、ね……」


 それは事実だった。

 皮肉にも、人生で美月が最も親しく語り合っていたのは、親が死んだ元凶とも呼べる、美玲。

 そして、それを美月は反射的に肯定する。


「それで……私は、言ったよ……。美月は、私の事、殺したいって、思うの……?」


「はっ 当然、だよ……。だって、私の大好きな、パパと、ママを、殺した、から……」


「……そう。それでも、私は……美月の事を想う。家族、だから……っ」


 美玲はずっと、家族を想っていた。

 理想の幸せな家族を幻想ゆめに持ち、自分でそれを取り返しのつかない所まで壊してしまいながら――それでもずっと、想っていた。

 後悔と苦悩に苛まれながら、家族のいない孤独に打ちひしがれながら、ずっと――

 ふと、美玲は懐から家族4人の写真がはめられたペンダントを取り出し、仰向けに倒れる美月に見せつける。

 するとそれを見た瞬間、美月の瞳がはっと見開かれた。


「美月……私は、これをずっと幻想ゆめに見ていたの。だけど、もう叶わない……だからせめて、美月だけでも……だから――」


 唇をずっと震わせながらも、ここだけはハッキリと告げる。


「美月。ごめんなさい。許して欲しいとは言わないけど、どうか、私の想いを、受け取って……!」


 そんな美玲の言葉に。

 美月は――笑った。


「はっ……そのペンダント……」


「うん。どうぞ」


 なけなしの力で、ほんの僅かに左腕を上げた美月の掌に、美玲はそっとペンダントを置いた。その後、美月はそのペンダントを全力で掲げ、まじまじと見つめる。

 すると――ぽつりぽつりと、無意識に涙が零れ落ちて来た。


「ああ――パパと、ママだ……懐かしいなぁ。写真、残って、無いから……久々、だぁ……」


「……そう」


 数年ぶりに見る、昔日の両親の顔に、美月は涙して笑った。

 そして、まるで焦がれるように右手も差し出す。


「……どう、すれば……いいか、分かんなかった、の……」


「美月……?」


 すると、ややあって美月が唐突に語りだした。


「私は、パパとママが、大好き……。だから、死ぬ原因を作ったあんたが、とても、憎かった……」


「うん」


「だけど……私は……が……大好き、だった……。一緒に遊んで、遊んで……とても、楽し、かった……」


「うん。私も」


「だから、この怒りを、憎悪を、悲しみを……どうすれば、いいのか……分からな、かった……。なにが、何を、すれば、良かったの……。分から、ない……分からない、よぅ……」


 背け続けていた嘗ての思いを口にし、美月はより一層涙を流す。

 すると、釣られるようにして美鈴の瞳からも、雫が落ち始めた。


「……それで、結局……パパとママが、信じた、”魔滅会”として……憎悪で、突き進んじゃった……。何もかも……思い出も、全部、憎悪で、塗りつぶして……でも、中途半端……あいつが言ったように、私は、半端者、だ……」


「美月……」


 美月の話を一通り聞いた所で、美鈴の心に宿ったのは、やるせない思いだった。


「あ……ちょっと、疲れ、た……」


「美月……!」


 そして、まるで全てを言い終えたとでも言うように、美月は気を失ってしまった。


「うっ……!」


 続いて美玲も、膝をガクンと地に落としてしまった。

 治癒薬はそこまで効力のあるものでは無いし、更に血を美月以上に流し過ぎている。


「あ……」


 そして、仰向けに倒れる。

 だが、そこにずっと見守っていた大翔が背中に手を回した。


「……人間、か。本当に……分からん。何故、襲い掛かって来た人を殺さない」


 美玲に治癒薬をかけながら、大翔はそう、言葉を落とした。

 だが、続けて美月にも治癒薬をかけると、言葉を続けた。


「が、2人の魂魄こころを見て、これが最良だと、思ってしまった。美月は俺も害そうとした人間なのに、何故か殺す気が湧いてこない」


 そして、小さく息を吐くのであった。

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