第四十四話 救助活動

 突然外から聞こえてきた爆発音に、喧騒としていた場は一瞬静まり返る。

 だが、直ぐに状況を理解すると、また再び騒めき出した。


「え!? ちょ、ちょっと見に行ってくる!」


「ああ。俺も行く」


 何が起きたのか気になった俺は、慌てて飛び出す美鈴の後に続いて走り出した。

 そうして建物の外に出た俺は、階段を駆け上がり――目を見開いた。


「……マジかい」


 そこには、火の手が上がり、もくもくと黒煙を上げるいくつもの建物。

 そして――


「”魔滅会”の同胞たちよ! 彼奴らに分からせてやれ!」


 そんな馬鹿みたいな事を言いながら暴動を起こす、武装した人間の姿があった。


「ちっ ”魔滅会”かよ」


「流石にこれはやりすぎだって……」


 見に来た他の探索者たちも、この惨状を引き起こしているのが”魔滅会”であると知るや否や、苦々しい顔をする。


「なっ……い、行かないと!」


 すると、誰よりも先に美鈴が飛び出した。その顔には、焦燥感がありありと浮かんでいる。

 確かにこの惨状――美鈴には耐えられないか。

 でも、他にも何か感情……憎悪に似た感情が垣間見えたのだが……いや、一旦置いておこう。


「よし。行くぞお前らぁ!」


「「「「おおおおお!!!!」」」」


 ふと横を見ると、それなりのレベルの探索者たちが、声を上げながら美鈴と同様に駆け出していた。

 感情的に、衝動3割報酬7割といった感じかな。


「さて。俺も行くか」


 流石にこの状況を傍観するのは、美鈴を助けた時と同じように、精神衛生上よくない。

 俺はアルフィアに遠距離念話テレフォンで「やる事が出来たら、待っててくれ」と伝えた後、即座に美鈴の後を追って駆け出した。


「【魔力よ、いかづちとなれ。穿ち続けよ――《雷矢サンダーアロー》】!」


 追い付いてみると、そこでは美鈴が雷の矢をいくつか出して”魔滅会”の構成員を攻撃していた。そして、その隙に巻き込まれた一般市民を抱えると、大きく後ろに下がって逃がす。


「美鈴。状況は?」


「あ、大翔さん。どうやらこの周辺に奴らの構成員はそこまで居ないようで、既に鎮圧の方向に進んでいます。ですが、火の手が凄くて……」


 おお、もういけてるのか。

 ただ、……だからね。気配を見てみると、北東部に結構な人数が居る事が確認出来る。


「そうか。なら、火は任せてくれ。水属性魔法は得意なんだ」


「そうなんですか……! 分かりました。こちらは大翔さんにお任せします。私は、あっちの方へ逃げ遅れた人が居ないか見てきます!」


 手短にそう言って、美鈴は走り去っていった。


「任せる……か。まあ、やるだけやってみるか」


 これぐらいなら、大して力を使わなくても、消火可能。

 俺は右手を前方に掲げると――唱えた。


「【水よ】」


 一瞬にして紡がれる詠唱。

 直後、俺の下から産声を上げた激流が、うねり動いて、燃え盛る炎を一気に鎮火していく。


「おお、こんな所にすげぇ水属性魔法師が居たのかよ。なら、こっちはやるまでもねぇか」


「壮観だなぁ……」


 背後から、見ていた人間による感嘆の声が聞こえてきたが、特に詮索される事は無く、皆それぞれのやるべき事をしに向かって行った。

 ふぅ。これでも凄いと言われるもんなのか。

 まあ、状況が状況って事もあってか、詮索されないで良かった。


「さてと……あ、逃げ遅れた奴いるな」


 周囲一帯の消火は終えたものの、崩れかかっている建物は多々あり、結構危なそうな人がちょくちょく居た。

 俺は地を蹴ると、真っ先にその人の下へと向かう。


「探索者だ。大丈夫か?」


 俺は崩れかかった建物で、瓦礫に足を挟めて動けなくなっている壮年の男性を見つけると、そう問いかける。

 男性は俺の姿を見るや否や、ほっと安堵の息を吐いた。


「あぁ……助かった……。この瓦礫のせいで、身動きが取れないんだ」


「分かった。持ち上げるから、その隙に地を這って出てきてくれ」


 俺はそう言うと、瓦礫を片手で持ち上げた。

 そして、その隙に男性は地を這って、そこから出てくる。

 どうやら瓦礫に足を潰された訳ではないようで、打撲と捻挫程度で済んでいるようだ。


「治癒薬だ。それで治癒したら、南の方に逃げろ。あっちはもう、大丈夫だ」


「ああ、ありがとうございます」


 男性は丁寧にお礼を言うと、俺が手渡した治癒薬で足を治した後、何度もペコペコと頭を下げてから、走り去っていった。


「よし。後もう数か所やれば、俺の仕事は終わりかな」


 そう呟くと、俺は他の人も救助すべく、動き出すのであった。


 ◇ ◇ ◇


 ダンジョンから見て、北東部。

 密かに造られた、普通の一軒家――見える建物にて。


「あっちは陽動。もそろそろやり始める頃だろうし、こっちは今の内にここ周辺にある組合の人員を人質に取るぞ」


「「「「「はっ」」」」」


 ダンジョン総合案内所の直ぐ近くで暴れていた構成員と比べると、遥かに強い――今回の襲撃の主戦力の全てが、そこには居た。


「よし。では、早速――」


 ガチャリ


「何をしているのでしょうか?」


 穏やかな――されど冷ややかな言葉が、ドアの開閉音と同時に聞こえてきた。

 皆一斉にドアの方に視線をやる。

 すると、そこには40代半ば程に見える男性――”星下の誓い”の小川宏紀が、右眼に深紅の魔法陣を宿しながら佇んでいた。


「なっ!? 名古屋へ出張に行った筈のお前が、何故ここに……!」


「ギリギリでしたが、何とか動きを掴んで、つい先程ここに戻って来た……という訳です。ゴミども」


 その言葉に、この場における指揮官の男は激しい焦燥感に駆られていた。


(マズいマズいマズい……引退したとて、こいつは特級探索者一歩手前――レベル158の化け物。だが、それよりも固有魔法が――)


 小川宏紀の固有魔法――《万象神眼プロビデンス》。

 その効果は、眼前で起こった事象、具象、現象の観測、解析、理解、模倣。

 千差万別ある固有魔法の中でも、その性能は一線を画す。


「……お前たち。全力だ!」


 男はその焦燥感を、高い精神力ですぐさま抑えると、力強い声音で仲間に命じ、自らも駆け出した。

 その直後――


「【魔法書解放リード――《空間圧縮崩壊オーバーブレイク》】」


 一瞬にして紡がれる詠唱。

 そして――


「がはっっ!!!!!」


 皆一様に、全身をぼろぼろにしながら倒れ伏した。

 最もレベルが高い1人を残して――全員死亡。

 組織においてもそれなりに高い戦力だった彼らにしては、あまりにもあっけない終わりだった。


「が……それは、【災禍の魔女】の……まさか、固有魔法まで、模倣……で、き……」


「相性の良いものだけですけどね。劣化もしますし、流石にこれでレベル106あなたまで殺すのは不可能でしたか。まあ、精々警察からの詰問を受けた後、死んでください。糞野郎が」


 そう言って、宏紀は素早く足を振り下ろすと、男を気絶させた。


「……はぁ。流石に彼らを見ると、感情が抑えられなくなる。復讐鬼に堕ちそうになる自分が、怖くてならない」


 そんな言葉が、孤独にポツリと落とされるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る