第四十一話 治癒薬の調合

範囲空間転移エリア・ワープ》を用いて、第600階層に転移した俺は、類似とは言え、実に9日ぶりの陽光を浴びながら、口を開いた。


「今回の探索の目標であった、第892階層の踏破と、第893階層の調査は、どちらも完璧に達成できたとみて、問題ないだろう。ロボさんは、後で細かいデータを整理して、俺に伝えてくれ」


「リョウカイシマシタ」


 俺はロボットのように解析系が得意なロボさんにそんな頼みごとをすると、《空間収納インベントリ》を開いて、《氷狼大剣ヴァナルガンド・ブレード》をしまう。


「ふひゃ~~……マスター! ルルム、マスターの役に立てた?」


 可愛らしく身体を伸ばす、人型に戻ったルルムは、無邪気にそんな事を聞いてくる。


「ああ、勿論。いつも頼りになってるよ」


 それに対し、俺はそんなルルムの頭を優しく撫でながら、笑みを浮かべてそう言った。

 別にこれはお世辞とか、気を遣ったとか、そういう訳じゃ無い。素直に本心から言った言葉だ。《擬態》を用いた唯一無二の戦法は、俺の足りない所をいい感じに埋めてくれる。


「ふむ……因みに妾は?」


 すると、アルフィアも気になったのか、ちらちらっと俺の方を見ながら問いかけて来た。


「いや、俺より素の能力が高いんだから、当たり前だろ。ロボさんもだ」


 アルフィアはアルフィアで、この中で最強のステータスを持っており、シンプルながらも普通に頼れる。昔は力頼りの戦いだったが、今はきちんと技術を身に着けているしさ。

 で、ロボさんは守りとか解析とか、俺の戦いを補佐するという点で、誰よりも優れている。


「む、面と向かって言われると、なんだかこそばゆいのう」


「アリガトウゴザイマス。コンゴモ、マスターノタメニガンバリマス」


 頬を赤らめ、若干照れるアルフィアと、嬉しそうな感じで言うロボさん。

 今思うと、もし彼らが居なければ、今頃孤独によって、人間性を相当喪失していただろうなぁ……


「じゃ、やる事はやったし、息抜きに魔導工房アトリエで実験でもしてくるよ」


「息抜きまでそれなのか……まあ、ご主人様らしいのう。では、妾はちと寝るとしようか」


 息抜きが、客観的には息抜きになっていない事に若干呆れつつも、そういって欠伸をするアルフィア。


「ルルムは~~……マスターと一緒に居る!」


「デハ、ワタシハカイセキヲシテオリマス」


 ルルムは俺と一緒に居ると宣言し、ロボさんは今日の探索の解析をすると行って、真っ先に家の中へと入って行った。

 その後、アルフィアは龍形態となってお気に入りの昼寝場所へと飛び立ち、俺はルルムを肩車しながら、家の地下にある魔導工房アトリエへ行くべく、狭めの階段を下りて行った。


「ふぅ……何気にここも、来るのは久々だな【解除】」


 色々な事が重なって、いつもより日が開いてしまったなと思いながら、俺は《魔法鍵マジックキー》を解除すると、ドアを開けて明かりをつけ、中に入る。

 すると、視界に入って来たのは、薄暗い雑多な小部屋。

 壁に掛けられた棚には、ラベルの付いた小瓶が無数に置かれており、他にも薬品が入った樽に浸された薬草や、作業道具など。約100年分の努力の結晶がずらりと並んでいた。


「さてと。確か、ここら辺に経過観察中のやつが……お、あったあった」


 楽しそうに「きゃっきゃ!」と笑うルルムを肩に担ぎながら、俺は数本の小瓶を手に取った。そして、中に入っている薬品の色を確認する。


「んー微々たる変化……か。まあ、想像通りだな」


 確認を終えた俺はそう呟くと、再び元あった場所に小瓶を戻した。

 この中には特殊調合を施した治癒薬と、森で捕まえて限界ギリギリまで弱らせた小さいスライムが入っており、今はその経過観察をしている最中なのだ。


「半永続的な治癒薬……開発できれば、確実にダンジョン探索が楽になる」


 そう。今開発しているのは、一度服用すると、暫くの間自身に《常闘不堕ファイトルヒール》の自動再生オートリジェネと同じような効果を付与する事が出来る治癒薬だ。

 即効性のある普通の治癒薬を、怪我する度に服用するというのも手なのだが、服用時に隙を晒してしまうし、そもそも治癒薬全般を量産出来ず手作業で調合している関係上、そんな乱用確定な使い方は、到底できない。

 だったら、より時間をかけてでも、《常闘不堕ファイトルヒール》の劣化代替ぐらいにはなり得そうな治癒薬を、調合すればいいんだ!って思ったんだよ。


「ま、今はめちゃくちゃ微妙なものだけどな……」


 10年近く研究を続けているのだが、最近ようやく治癒薬に自動再生オートリジェネの効果を付けられるようになった所だ。しかも、見ての通り2か月で、切り傷が数か所癒えるだけという、効果時間が無駄に長い事だけが取り柄の治癒薬っていうね……


「効果時間もっと短くていいから、性能を上げてぇ……」


「マスター……がんばれ~!」


 そんな切なる願いを口にしてみると、ルルムが俺の顔を覗き込みながら、可愛らしく応援してくれた。こういう純粋な応援は、心温まるものだねぇ……


「ははは……ありがと、ルルム。頑張るよ」


 頬を綻ばせながら、俺はルルムの腕を優しく擦ると、そのままよっこらせと椅子に座った。そして、薬草や調合道具を手に取ると、新たな治癒薬の調合を、始めるのであった。

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