第四十話 第893階層の調査

「ふぅ……そんじゃ、そろそろ行くぞ」


 弁当を2つ食べ、十分に休息をとった所で、俺はすっと立ち上がると、そう言った。


「うむ。そうじゃな……や~美味かった。美味かった」


 唐揚げ弁当とのり弁を食べたアルフィアは、満足気に腹を擦りながら立ち上がる。


「えへ~ぽかぽかして~~ルルムは嬉しいの~~~!」


 ルルムはにへらっと笑いながら、充足したように言うと、俺の腰に抱き着いた。


「リョウカイシマシタ。マスター」


 そして、1人黙々と魔石を食べていたロボさんは、俺の言葉にいつも通りの返事をした。


「さてと。無事第893階層に到達したし、後はここに出てくる魔物の調査や構造をあらかた把握する感じで行くとしよう。となると俺自身はそっちに意識を集中させる為にも、近接戦は避けるようにするか……。守りや万が一の回復は、頼んだよ」


 彼らの返事を聞いた俺は、的確に指示を飛ばすと、《無限収納インベントリ》から一振りの、青氷色の大剣を取り出した。

 何もしなくても、じんわりと冷気を放つこの大剣の銘は――《氷狼大剣ヴァナルガンド・ブレード》。等級は――《神話級ミソロジー・クラス》。


「よし。それじゃ――行くぞ!」


 そう声を上げると、俺は《拒絶領域レジェクトフィールド》を解除した。


「「「「「グガアアアアアァ!!!!!!!!」」」」」


 直後、我先にと襲い掛かって来る大量の魔物たち。

拒絶領域レジェクトフィールド》のせいで、長い事足止めを食らっていた、地味に哀れな魔物たちだ。

 俺はそんな魔物たちを一瞥すると――《氷狼大剣ヴァナルガンド・ブレード》を逆手に構え、剣先を地面に突き刺した。

 そして――唱える。


「【万物よ凍れ――”第一次魂魄解放”――《偽現・絶対氷獄デミ・アブソリュート・ゼロ》】」


 直後、地面に突き刺さった《氷狼大剣ヴァナルガンド・ブレード》の剣先を起点に、冷気が広がり始めた。

 そしてその冷気は、瞬く間に魔物どもを一瞬で凍らせ、動きを止め、そのまま破壊していく。

 休憩中に準備しておいた、《氷獄世界コキュートス》よりも更に1度低い温度のやつだ。

 摂氏温度にして-273.07度――絶対零度が-273.15度だという事を考えれば、これがどれだけヤバいのかが、分かる事だろう。


「おー壮観じゃの~」


「止まってる~~~!」


 何もかもが凍り停止し、完全に別世界となっている光景を前に、アルフィアたちは呑気にそんな言葉を漏らしていた。

 アルフィアたちの方に冷気は向けていないが、それでもここまで極低温だと、余波もそれなりにあると思うんだけどね……


「……さてと。周囲一帯ほぼ絶対零度に出来たし、暫くは邪魔される事なく進めるだろう」


 呑気な彼らから視線を外し、前方へと向けた俺はそう言うと、凍った地面を歩き始めた。


「ん…構造は、前回と差異は無さそうだ。だが――」


「階層が広くなった……じゃな」


「だね~」


 暫く歩いた所で、俺とアルフィアはそんな言葉を口にした。

 そう。調査に専念して分かった事なのだが、ここ第893階層は、最低でも前回の第892階層の1.3倍の広さがある事が分かったのだ。

 分かりやすく言えば、北海道が丸々すっぽり入る程度。

 まぁー結構広い。

 もっとも。第600階層っていう、1つの惑星かってツッコミを入れたくなるぐらい広い場所もあるから、別に驚きは無いんだよね。


「あー……そろそろ《偽現・絶対氷獄デミ・アブソリュート・ゼロ》の効果範囲外に出るから、魔物が一気に来そうだな」


「そうじゃな……っと。早速来たみたいじゃぞ」


 すると早速、曲がり角から跳び出してくる魔物の群れ。

 結構多いが、強さは前回の階層とほとんど変わらない事が分かっている。

 故に――


「余裕だな。【凍れ】【貫け】【凍土と化せ】」


 凍る魔物。

 無数の氷牙。

 凍てつく世界。

 右手に持つ《氷狼大剣ヴァナルガンド・ブレード》による補助の下、強力な氷属性の魔法が、有無を言わさず凍らせていく。

 倒すだけなら、やはり《世界を侵す呪剣ワールド・ビオレーション》や《屍山血河デストブラッド》による身体強化を用いた近接戦の方が、全体的な消耗は抑えられるのだが――さっきも言ったが、今回は調査だからね。

 俺自身に余裕が生まれる、こっちを選んだって訳だ。


「ふぅ……で、見てみた感じ、魔物の種類は今の所、近接特化が多めだなぁ……」


 前よりも、筋力高めの脳筋体質の魔物が多いなぁと思いながら、俺は引き続き殲滅を続ける。


「「「「グルアアアアアア!!!!!」」」」


「……なんか、多いな」


 更に更に戦い続けて分かった事なのだが……この階層、魔物の数も多い。


「やっぱ、階層主フロアマスターがいる階層に近づいているからかなぁ……」


 第699階層や第799階層付近の事を思い出しながら、俺はそんな言葉を呟いた。

 いやーでもやっぱ数で来られると、割とキツいんだよなぁ……

 しかも、1体1体が、素の俺に匹敵するレベルの強さだから、生半可な魔法じゃ倒せないし。


「……そろそろ潮時かな?」


 やがてアルフィアたちも戦闘の方に加わり始め、その状態でも数日間ぶっ通しで戦った。

 気づけば調査する余裕も無くなっているし、ここだと一瞬のミスがガチで命取りになり兼ねないから、さっさと拠点に帰った方がいいだろう。

 昔は余裕がなさ過ぎて、考える事すらなかったが――引き際はちゃんとと考えるべし!


「帰るよ。【空間を繋げ――《範囲空間転移エリア・ワープ》】」


 戦闘の最中、俺は3人に帰るよと伝えると、転移魔法を発動させ、第600階層に帰還するのであった。

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