第三十二話 美玲との関係は――

「ふぅ……美味しかった。美味い肉を食べたのは、いつぶりだろうか……」


 美玲と共に”しょしょ苑”の外に出た俺は、意味も無く腹を擦りながら、そう言った。


「喜んで貰えて、なによりです」


 そんな俺を見て、美玲は嬉しそうに微笑んだ。

 やれやれ。美玲には、人間相手にあまり見せたくない、気の抜けた顔を焼肉のせいで沢山見せてしまったな……。

 あんな顔を見せようものなら、舐められ、害される可能性が高くなる事は嘗ての惨状から重々承知なのだが――まあ、美玲なら問題無いだろう。

 これまでの観察から、そのように動く可能性はそこまで高く無いし――なにより、それをした所で、俺ならどうとでもなる。


「まあ、今日はありがとな」


「いえ。これは、あの件に対する私からの礼です。私が奢りたいと思ったから、奢ったという感じなので、借りとか恩を感じる必要はありません」


 俺の礼に対し、貸し借りを感じさせないように気遣う美玲。

 命を助けた礼と言われれば、納得出来なくは無いが……それでも、やはり美玲は不思議だ。

 宏紀もそうだが、本当に――人間とは何なのだろうか。


「……分からん。なんだろうね……」


「大翔さん……?」


 おっと。思考の波に呑まれてた。

 心配そうに俺の顔を覗き込む美玲を見て、我に返った俺は小さく咳ばらいをして誤魔化すと、口を開く。


「何でも無い。まあ……今日は思いの外、楽しかった。それじゃ、あの件について、これ以上気にする必要はもう無い」


 そう言って、俺はくるりと背を向けた。

 うん。これで、美玲との関係もフラットなものになった。なら、もうこれ以上接触する事は無いだろう。

 そう思いながら、俺は1歩2歩と踏み出した――


「ちょっと、待ってください」


 が、美玲に声を掛けられ、立ち止まった。

 そして、ちらりと後ろを見やる。


「何かあったのか?」


 俺は無意識に警戒しながら、そう問いかけた。

 若干冷えてしまった言葉。

 それを受け、美玲はピクリと小さく体を震わせつつも、口を開く。


「いえ。これは、良かったらで良いのですが……また、一緒に食事に行ったり、買い物に行ったり……時には、ダンジョンに潜ったりしませんか?」


「それはまた何故?」


 美玲の言葉の意図が分からず、俺は問いを投げかける。

 俺と一緒に、それをするメリットが美玲にあるのだろうか……?

 ダンジョンはまだ分かる。俺は、大きな戦力になるからだ。

 だが、食事に買い物……?

 美玲の言い方からして、別に奢ったりするとかでは無く、普通にただ共に買い物をするだけ……って感じだろ?

 まさか、本当に心の奥底で、何かを企んでいるのか……?

 だけど、魂魄こころに俺への害意は一切ない。

 ここまで美玲が、俺相手に害意を隠し通せるとは思わないが……どうなんだ……?

 俺は表情を一切変えずに、とにかく思考を巡らせ続ける。俺が思考すれば、ほんの一瞬でここまで色々な事を考えられる。だが、やはり結論は出てこない。

 すると、そうこうしている内に美玲が口を開いた。


「宏紀さんから色々聞いて……大翔さんの事を、放っておけないと思ったんです」


「なるほど……」


 少しずつだが、分かって来た。

 どうやら美玲は、俺の本質――人間嫌いや人間不信等――を不憫に思い、寄り添おうを思っているのだ。

 魂魄こころを視れば、興味が無い以上複雑な感情は分からないが、害意以外の感情もそれなりに分かる。


「んー……美玲の言いたい事は分かるのだが、結局美玲は俺に何を求めている?」


「求めている……?」


 俺の言葉に、美玲は虚を突かれたかのような顔つきになると、小さく小首を傾げた。

 だが、俺からしてみればそこは重要だ。

 人間が、利益の一切ない無償の行動を――物語の英雄のような行動を取る訳が無い。絶対に、何かしらの益があると考えての事。

 さっきまでは俺が美玲に貸しを作っているような状態だった故、例外だったのかもだが、今はフラットな状態。必ず、何かある筈だ。感情は、そのオマケのようなものだろう。

 そう思いながら、俺は美玲の言葉を待つ。すると、やがて美玲がその唇を震わせ、言葉を紡いだ。


「特に、求めているものは無いです」


「は?」


 美玲の言葉に、俺は瞠目し声を上げた。


「何故だ? 俺に今後も接触するという事は、何かしらのメリットがあっての事だろう?」


 そして、続けざまに疑問を呈す。

 それに対し、美玲はようやく合点が行ったとばかりに「あ……」と声を漏らした後、言葉を紡ぐ。


「大翔さん。誰かと関わりを持つのは、決して理屈だけじゃ無いんです。勿論、大翔さんが思うような関係もありますが……友人とか、仲間とか。そういうのは理屈じゃなくて、一緒に居たら楽しいとか、落ち着くとか。そういう感情によるものなんですよ。……私では無く、宏紀さんの言葉ですけど」


「……」


 美玲の――宏紀の言葉に、俺は頷かざるを得ない。

 ロボさん、ルルム、アルフィア――彼らは最初こそ”戦力”として内心見ていた。だが、言葉を交わし、共に戦い、笑い合い――いつしか、彼らを”かけがえのない仲間”として見るようになった。

 それこそ、美玲の言う”理屈じゃ無い関わり”だ。


 だが――彼らは”魔物”だ。


 俺は幾万幾億の魔物と相対してきたが、奴らが俺に向けるのは大概、本能的な殺意だった。知性も無く、ただ本能のままに殺戮する存在。

 そんな奴らに嫌悪や憎悪など、逆に湧かん。


 だが――美玲が言うのは”人間”だ。


 理性というものを持ちながら、考える頭を持ちながら、それでも尚――俺を害す。己が利益を得る為に、俺を使い潰した。

 溜まる鬱憤の捌け口として”使い潰す”。

 都合の良い金づるとして”使い潰す”。

 面倒事の身代わりとして”使い潰す”。

 俺が関わって来たのは、そんな奴らだけだった。

 あの頃の俺には、抗う力なんて無かったから、これ見よがしに人間たちは俺を使い潰していった。

 だから、抗う力を手に入れた今の俺は、その力を以て拒絶することにした。


 だが――


「どれだけ視ようとも、美玲にそんな感情は見られなかった……」


「大翔……さん?」


 何の脈絡も無く紡がれた俺の言葉に、美玲は不思議そうに首を傾げた。

 だが、俺は気にする事無く”答え”を告げる。


「……今度、美味い海鮮系の飯屋に連れてってくれ」


「は――はい。分かりました。大翔さんの為に、今の内からいいとこ探しておきますね」


 俺の”答え”に、美玲ははっと目を見開いた後、嬉しそうに笑みを転がした。

 うん。これでいい。

 俺ではまだ、人間が理解できない。

 だから、ただネカフェで調べるだけでは分からないような事を教えて貰う――それをメリットとして捉える事にした。そして、その対価として軽い要望程度には応える。

 そんな――言うなればwin-winな関係を、一先ずは築いてみる事にした。

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