第三十一話 焼肉は……美味いね
焼肉店――”しょしょ苑”に入店した俺たちは、店員によって、4人席に案内される。
席はテーブルを挟んで対面するような感じで、テーブルの中央には結構コンパクトなサイズのロースターが埋め込まれていた。
「今思えば、早く来て良かったですね。ここ、結構人気の店なんですよ」
「へ〜そうなんだ」
席に腰を下ろしながら、美玲の話を聞いた俺は、そんな反応を示すと、店内を見渡した。
店内は、夕食には少し早め――午後5時20分であるにも関わらず、既にそこそこ席が埋まっていた。もし、午後6時とかに来ていたら、待つ羽目になっていたかもしれない。
「……にしても、いい匂いがするな」
店内には、美味しそうに焼けた肉の匂いが充満しており、気を付けていなければ、口から涎を垂らしてしまいそうだ。
「ふふっ そうですね。……それでは、早速何か頼みましょうか」
手拭きで手を拭いながら言う美玲に、俺は頷くと、空中ディスプレイに表示されているメニュー表を見やった。
「ほう……高くね? 大丈夫か?」
メニュー表を見て、俺は思わずそんな問いを投げかけてしまった。
何故ならここは、よくある食べ放題形式ではなく、普通に食べたいものを頼んでその分金を払うという形式だった。どれもこれも、1皿数千円と結構高い。
「私はこれでも第二級探索者で、それでいてチャンネル登録者数50万人超えのダンジョン配信者。ここだけの話ですが、結構稼げてるんです」
ひそひそ声で、やや自慢げに言う美玲。
なるほど。そう言えば、美玲は若くして探索者の上位5パーセント以上である第二級探索者になっており、それに加えて配信によるスパチャや広告費なんかも含めれば、稼ぎは相当なものになりそうだ。
「なるほど。確かにな」
美玲の言葉に、俺はそう言って頷いた。
「では、何が食べたいですか? 好きなものを食べてくださって結構ですよ。値段の方は、特に気にしなくて結構ですので」
「まあ、程々に頼むつもりだが……」
気にしなくて良いと言われたが、だからと言って容赦なく食べるのは道理に合わない。だが、少なすぎるのもそれはそれで美玲に失礼な感じがしなくも無い為、丁度いい――平均的な量を食べる事を心掛けてみよう。
「そんで、何を食べようか……」
タン、カルビ、ロース、ハラミ……などなど、スクロールして見てみるが、種類は結構豊富だ。しかも、例えばタンの中にはタン塩、ネギタン塩――ロースの中には上ロース、肩ロース――といった具合に、それぞれの部位にも複数種類ある。
この中から厳選するとなると……うーむ。悩む。
……でもまあ、好きな時に今度はアルフィアたちと共に来て、食べればいっか。
だから、今回は取りあえず基本的なものを食べて、様子を見てみるとしよう。何気にこういうのは、初めてなんだから。
「……よし。一先ずタン塩が食べたいな。キムチも添えて」
「分かりました。私は、カルビと……レモンサワーを頼みます」
そう言って、美玲は空中ディスプレイに手を走らせ、俺の分も合わせて注文してくれる。
すると、1分も経たない内に店員が皿に乗せた肉とキムチ、レモンサワーを持って来てくれた。
「おお、早いな」
早く届けられた品々を見やってそう言いつつ、俺はトングを手に持った。
ロースターは、先ほど店員に案内された時に付けられている為、いつでも焼き始める事が出来る。
「美玲。もう焼いていいよな?」
「んーそうですね。温まってきているようですし、早速焼きましょう」
美玲の見立てでも良いという事で、俺は早速頼んだタン塩をトングで掴み、網の上に置こうとして――美玲から、待ったが入った。
「ああ、ごめん。油を先に引かないと」
そう言って、美玲はトングで皿に乗っていた牛脂を掴み、網の上を走らせ油を引く。
おっと、確かに、肉を焼く前に、油を引くのは必須だったな。
いくら焼肉店へ行くのが初めてだったとは言え、それぐらいは考えとくべきだった。
「ああ、ありがとう。それじゃ、今度こそ焼くか」
気を取り直して、俺は今度こそ網の上に1枚2枚と、タン塩を置いていく。
直後、じゅーっと肉の焼けるいい匂いが、網の上から漂ってきて、俺の鼻孔を強烈に刺激してきた。
ああ、この匂いは反則だろ……
肉自体は、ダンジョンでアホ程喰らってきたが……目の前にある肉とは天と地程の差があるだろう。いや、もはや別物だ。
そう、直感で感じ取ってしまうぐらい、この匂いはヤバかった。
ふと前を見ると、そこでは美玲も続けてカルビを焼いていた。こっちもこっちで、美味しそうだ。
「ん~……そろそろいいか……な」
裏表をちゃんと焼き、赤身が無くなってきた所で俺はそう呟くと、トングで自分の小皿に移した。
「お~……美味そうだっ」
もう、我慢ならない。
俺は箸を手に取ると、タレを付けずに1枚、口に入れた。
「んん……!」
溢れ出る肉汁。丁度いい歯ごたえ。
そして、何より――俺の貧弱な
これはまさしく、至福の時間だ……!
「ふふっ 喜んでくれて、何よりです」
「……ごほん。まあ、そうだな」
まるで年下の――弟を見るような目で見られていた事に気付いた俺は、長年感じた事の無い気恥ずかしさを感じながら、軽く咳ばらいをして誤魔化すと、今度はレモンダレを付けて、頬張る。
……うん。これも美味い。
レモンダレが、タン塩の良さを十全に引き出しているのが、魔物の肉を食べ過ぎて、若干味覚クラッシャーを起こしている俺でも分かる。
ああ、やっぱ食事はいいものだな。
この時間は、誰にも邪魔されたくない。
だから――
「無粋な事は、やめてくれよ」
マスクを外し、俺と同様に焼肉を楽しむ美玲と、そんな俺たちの様子を撮影しようとする無粋な輩を一瞥した俺は――不快感を露わにしながらそう呟くと、そっと魔法を唱えた。
直後――
「なっ 俺のスマホが……」
そんな力なき声が、ちらほらと店内から聞こえてくるのであった。
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