第二十九話 美玲への詫び

 美玲の気配があった場所が見える位置に転移した俺は、即座にその方向に視線を向ける。

 すると、そこには昨日俺も行った”ダンスタ”というダンジョン用品店から出てくる美玲の姿があった。口には、面倒事を少しでも回避する為か、身バレ防止用のマスクが付けられている。

 消費したダンジョン用品の補充にでも来ていたのだろうか。リュックサックは、以前見た時と比べても、明らかに膨らんでいた。


「うん。丁度店から出て来たところっぽいし、話しかけるか。ちょっと行ってくる」


 そう言って、俺は結界の外に出ると、さりげなく美玲に近づいた。

 そして、魔法を唱える。


「【歪め、空間】」


 神速で紡がれた詠唱と同時に発動するのは、空間を捻じ曲げて周囲からの視覚を遮断する《歪曲領域ディストーションフィールド》。

 美玲はそれなりに有名人である都合上、普通に声を掛けるのは、互いに面倒な事になり兼ねないし、かと言って1人になるまで尾行するのは面倒。

 そんな悩みを一気に解消できるのは、やはり魔法これしかないな。


「えっ!?」


 直後、美玲から戸惑いの声が上げられる。

 流石に真後ろで魔法を発動したら、声や魔力で気づかれてしまうか。

 まあ、そんな事はさておき、声を掛けよう。


「……美玲。川品大翔だ」


 さっと美玲の眼前に姿を現した俺は、そう言って美玲の顔を見やる。


「あ、えっ……大翔……さん!?」


 俺の顔を前に、美玲は目を大きく見開くと、動揺を露わにしながら声を上げた。

 宏紀って人間は平然としていたが……心を隠すお偉いさんで無ければ、驚くのも無理は無い。

 すると、美玲は続けて、言葉を嚙みながらも――口を開いた。


「あ、あの! 昨日は、恩の押し売りをしてしまって、すみません! 助けて頂いたのに、大翔さんの事を、考えていませんでした!」


 そして、思いっきり頭を下げられた。

 おいおい。こっちが謝るつもりだったのに……逆に謝られたら、何か調子狂うな……


「……つーか、人間の謝罪だって、何気に美玲からしか聞いたこと無いな……」


 気が付けば、俺はそんな言葉を口にしていた。

 人間に謝罪する――否、させられた事なら幾度と無くあったが、謝罪をされた事なんて――昨日車内でといい、今日ここでといい、美玲からしか無い。

 ……おっと。何呟いてんだ。

 謝罪に夢中で聞かれなかったようだが、聞かれてたら、何言ってんだって思われるぞ。

 で、この状況をどうするかだが……


「……美玲が謝罪をする必要は無い。だって、美玲は俺を害して居なかったじゃないか。むしろ、何もしていない美玲に対してあそこまで言い、威圧してしまった俺の方が謝罪すべきだ。本当に、すまなかった」


 謝罪には謝罪で対抗的な感じで、俺も頭を下げて謝罪した。きちんと、美玲に非が無い事を言った上で。

 すると美玲は、ピクリと体を震わせた後、恐る恐るといった様子で顔を上げた。目を見開いており、驚きの感情が窺える。


「い、いえ、あの……大丈夫、です。今思えば、私は大翔さんの事を考えていなくて、ただ命を助けて貰った礼がしたいとだけ、思ってました。昨日だって、会う場所をあそこにしてしまったせいで、野次馬が沢山来てしまって……」


「いいよ。それ以上、謝る必要は無い。て言うか、会う場所をネカフェの前にしようと提案したのはそもそも俺だ」


 ここまで謝られると、マジのマジで調子狂う。

 どうなってんだよ……

 人間って、何なんだよ……どういう生き物なんだよ……


「……取りあえず、昨日の件はに水に流そう。今の謝罪で、もう終わりだ。謝るのは、互いに禁止。それでいいか?」


 このままだと埒が明かないんじゃね?と思った俺は、半ば強引にその流れを断ち切ることにした。

 それと同時に、思う。

 確かに、美玲には言葉だけの謝罪で十分だったな。

 つーか、この状態で詫びの品なんて渡せないだろ……

 すると、次第に落ち着きを取り戻してきた美玲が、軽く息を吐いた後、コクリと頷いた。


「……はい。分かりました。大翔さん」


「ああ」


 よし。これで一件落着かな。

 美玲も納得してくれているようだし、道理は通せたと見て問題無いだろう。

 それじゃあ、さっさとアルフィアたちの所に戻って、街観光でもするか~……と思った矢先、美玲が思わぬ提案をしてきた。


「あの……今晩は、一緒に夕食を食べに行きませんか? 勿論、お金は私が払いますので」


「夕食か……」


 突然の提案。

 俺は即座に思考を高速回転させ、どうするべきか考える。

 咄嗟に思ったのは、「一体何を企んでいるんだ?」……だ。

 だが、流石にここまで来て、何か企んでいるというのは、流石に回りくど過ぎる。

 そして、昨日と今日の様子から、これは純粋に命を救って貰った礼をしたいだけなのではないか……と思えて来た。

 だったら、奢って貰えるんだし、行っても良いのではなかろうか。

 それにもし、ここまで来て俺を害するようなら――


 本気で、潰せばいいだけだ。


 俺の力量なら、十分可能だしね。

 警戒を怠るつもりはさらさら無いが、他の人間を遥かに上回る実力を持つ俺が、必要以上に警戒する必要もまた――無い。


「あ、あの……無理なようでしたら、断って頂いても構いません。これはただの、自己満足のようなものですから」


 そう言って、儚げに笑う美玲。

 おっと。流石に色々と考えすぎて、だんまりになってたな。

 昨日はここで威圧を放ち、怒鳴ったが――流石にもうやらん。


「分かった。美玲の厚意、ありがたく受け取ろう」


 そう言って、俺は安心させられるような笑みを浮かべるのであった。

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