第二十八話 宏紀への詫び

「よっと。うん。ここが地上――人間の住まう世界だ」


 ダンジョンの出入り口がある、円形の建物――ダンジョン総合案内所の屋根上に転移した俺は、仲間に向かって紹介するような感じの身振りでそう言った。

 すると、皆はしばし固まった後、口を開く。


「ほぅ……聞いてはおったが、これは想定外じゃのう……もはや別世界じゃ」


「なにこれ~~~~~~~」


「ココガ、マスターノコキョウ。ニホンノハママツデスカ」


 アルフィアは感嘆の息を吐き、ルルムは叫び、ロボさんは解析。

 大方、予想通りの反応だった。

 この時、チラリと周囲を見回してみたが――俺たちの存在に気付いた様子の人間は居なかった。まあ、流石にね。


「……そろそろ、話を進めてもいいかな」


 暫く1人の世界に入り込んでいた皆に、俺は声を掛けて引き戻す。

 すると、アルフィアがこほんと咳払いをした後、口を開いた。


「おおう。すまんの。つい、見入ってしもうた。して、次の行動は?」


 そして、ちょっと露骨に話題を逸らす。

 恥ずかしかったのかな……?


「ああ。取りあえず、先に詫びを入れてくるよ。もう夜になるし」


 そう言って、俺はもう沈みかけている太陽を一瞥した。


「だから、ここら辺で待……いや、一緒に行ってもいいか」


 当初の予定では、ここから1人で行くつもりだったが、認識阻害の結界展開しているから一緒に来ても問題無い。なら、俺の気持ち的にも一緒に居てくれた方が助かる。


「うん。マスターと一緒~~」


 無邪気な笑みを浮かべ、抱き着くルルム。相変わらず可愛い。

 俺は思わずよしよしする。


「うん。そうだね。それじゃ、どこに居るかな……?」


 そう言って、俺は周囲の気配を最大限、注意深く感知する。

 俺が本気で気配を感知しようとすれば、魔法を一切使わずとも、周囲30キロメートルぐらいなら何とかなる。


「ん~……よし。2人共見つけた。ただ、別々の所に居るかぁ……」


 宏紀は、前回会った事務所。美玲は、街をぶらぶらしている感じかな。


「じゃ、先に宏紀の方に行くか」


 因みに理由はなんとなくだ。

 そうして、俺は再び転移魔法を使うと、”星下の誓い”の事務所の、代表取締役社長室の前に転移するのであった。


「……よし。それじゃ、皆はここで待ってて。流石に直接会うのは俺だけの方が良いからさ」


「うむ。分かったのじゃ。何かあったら、直ぐに駆けつけるぞ」


「行ってらっしゃい! マスター~~~!」


「リョウカイシマシタ。マスター」


 3人からの見送りを背に、俺は結界の外に出ると、コンコンと扉をノックした。すると、中から「入って来なさい」と声が聞こえて来た。

 中に居る宏紀が驚いているように感じたのは気のせいだろうか。

 そんな事を思いながら、俺はそっと扉を開け、中に入る。


「やはり、大翔さんでしたか。今日はどうされましたか?」


 執務机についていた彼は、そっと立ち上がると、部屋に入って来た俺に、穏やかな顔でそう言った。昨日の件が、まるで無かったかのような対応は、流石お偉いさんだと感心してしまう――て、そうじゃなくて!

 俺はぶんぶんと内心かぶりを振って邪念を振り払うと、前へと向かって歩きながら口を開く。


「昨日は、流石にやり過ぎました。これは、その詫びです」


 そう言って、俺はしれっと持っていた長剣を、彼に手渡した。

 一方、長剣を受け取った宏紀は、そっと鞘を抜き、刀身をじっと見つめると、「ちょっと視させて貰うね」と言い――詠唱を始めた。


「【万象見通すこのまなこ。もう二度と、喪わせるな。絶対に、見紛うな。星下で誓う、その死後ときまで――《万象神眼プロビデンス》】


 直後、彼の右目に深紅の魔法陣が、まるで刻み込まれるように出現した。


「固有魔法か……」


 その魔法を前に、俺は思わずそんな言葉を口にしていた。

 術者の想いが反映される独特の魔力――固有魔法で間違いないだろう。

 そして、使ったタイミングからして、恐らく――


「……《遺物級レリック・クラス》……か。これをほいと出せるあたり、大翔さんはやはり相当な実力者だったんですね」


 やはり、解析系だったか。

 いや、他にも効果がありそうだが……今考える事じゃ無いな。


「まあ、そうですね。《遺物級レリック・クラス》はそう出ませんが、自分は使いませんし、金にも困っていませんからね。どうぞ、受け取ってください。それで、昨日の件は水に流して欲しいかなと」


 人間相手に下出に出過ぎたら、マズい事になり兼ねないという思いから、どうしても下出に出過ぎないように話してしまう俺。

 誠意が足りないだ〜なんて人によっては言って来そうだが、彼は気にすること無く口を開く。


「そうですね。十分過ぎるぐらいですよ。では、あの件は水に流しましょう」


 そう言って、朗らかな笑みを浮かべる宏紀。

 ふぅ。許してくれたか。

 これで、宏紀に対する道理は通せた事だろう。

 さて、じゃあ次は美玲に詫びを入れてくるか。

 そう思った瞬間、宏紀が続けて口を開く。


「美玲には、言葉だけの詫びでいい。それが、最良なんです」


 穏やかに語る宏紀の言葉には、なんとも言えない説得力を感じた。まあ、確かにあの状況で更に礼をしようとしてくる人だったからな。

 それも、俺を害する気の無い、前代未聞の礼を――


「……分かった。では、美玲の所へ行ってくる」


 そう言って、俺は踵を返すと部屋を出た。

 そして、アルフィアたちと合流すると、直ぐに転移魔法を使って、今度は美玲の方に転移するのであった。

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