第二十一話 迷子の子供

「アルフィア……何故ここに……?」


 眼前で佇むアルフィアの姿を見て、俺は思わずそう問いかけた。

 すると、アルフィアは小さく息を吐いてから、さも当然のように口を開く。


「ご主人様がそんな顔をしている時に、声をかけない妾が居る訳なかろう」


 そう言って、アルフィアは俺の横に腰掛けた。

 柔らかな肌が触れ合う中、俺はまた問いを投げかける。


「そんな顔って……別に普段と変わらんだろ?」


 俺は普段通りの顔で、おどけるうように言ってみせた。

 アルフィアはそんな俺を見て、今度は深くため息を吐く。


「確かにそうじゃな。じゃが、。これでも100年以上の付き合い。妾にあの程度の誤魔化しが効くわけ無かろう? ルルムも、本能的に何か感づいておるじゃろ。ロボさんは……まあ、ゴーレム故、仕方ないが」


「それは……いや、そうだったな」


 アルフィアの言葉に、俺は自嘲するように言い、俯いた。

 確かにな。俺がアルフィアたちの様子がおかしければ直ぐに気づくように、アルフィアたちもまた、長い付き合いであるが故に、気が付くのだ。


「……すまん。自分の感情が、ごっちゃになっててな」


「見れば分かる。妾は人間の事なぞ、ご主人様から聞いた事しか分からぬが……きっとそれは”迷子の子供のようだ”と言った感じじゃろう?」


「……だね」


 そうだ。確かに今の俺は、迷子の子供だ。

 何が何なのか分からず、混乱し、思考の波を迷い彷徨い続ける――子供。


「……すまん。俺の話を、聞いて欲しい」


「うむ。分かった」


 そして、俺はポツリポツリと、地上に行ってからの事を話し始めた。

 美玲を無事地上へ送り届けた事。

 ネカフェへ行き、そこで300年分の基本的な知識を仕入れた事。

 食事をした事。

 ダンジョン用品が売られている店に行った事。

 美玲に連れられ、事務所に行った事。

 礼を受け取る時に、一悶着あった事。

 お土産を買い、帰宅した事。

 何も分からず、為すがままに、俺は全てを話した。

 人間の事を詳しく知らないアルフィアの為に、噛み砕いて分かりやすく。

 そうして全てを話しきった所で、ずっと黙って聞いていたアルフィアが口を開いた。


「人間不信が故の暴走……か。じゃが、妾からしてみれば、ご主人様は十分譲歩したと思うぞ。妾がご主人様の立場であれば、何かされる前に街諸共燃やしておる」


「アルフィア……」


 それは流石にやり過ぎだ……と言いたげな目で、俺はアルフィアの事を見る。

 だが、ドラゴンであるアルフィアからしてみれば、人間なんて俺で言うところの魔物と似たようなもの――故に、否定はしない。


「そんな目で見られてものう……妾からしてみれば、ご主人様が人間相手にそこまで気を遣う意味が分からぬ」


 魔物としての、純然たる疑問。

 それに、俺は答える。


「別に気を遣っている訳じゃ無い。ただ俺は……あの人間ゴミ共と同類になりたくないんだ! 道理を知らない、クズに成り下がるなんて、俺が俺自身を許せなくなる! だから俺は、相手が俺を害すると確定するまで――俺にとって最良であった、無関心であり続ける事にした!」


 俺は吐き出すように、己の行動理念を発露した。

 そうだ。正直な話、会って来た人間の大半は、俺に対して無関心だった。無害だった。

 故に、無関心である人間まで、敵だと断じて処理しようとは思わない。だが、関わって来た――即ち、害しようとしてきた人間は敵として、当然処理する。

 だが……だが、あの時は……!


「ご主人様は……優しいのぅ。まあ、妾とルルムを殺さなかった時点で、それは明白じゃな。じゃが、ご主人様は1人で溜め込み過ぎじゃ。もう少し、妾たちを頼ってくれんかの」


「すまん……だが、俺は誰かを頼った事が無いから、どうすれば良いのか、分からない」


 俺はそう言って、俯いた。

 直後、俺の上半身が右に傾いたかと思えば――ぽすんと、俺の右頭部が柔らかな感触に包まれる。

 端的に説明すれば膝枕だ。

 俺が、アルフィアに膝枕されている。


「な、何を……」


 突然の行動に、さしもの俺も困惑する。

 すると、アルフィアは無言でさわさわと俺の頭を優しく撫で始めた。

 暖かく心地よい感覚に、荒んでいた俺の心が一気に鎮静化していく。


「ルルムや、偶に妾にもしてくれた膝枕。きっとご主人様も心の底では、誰かにこうしてもらう事を望んでいたのかのではないかと思ってな……違うか?」


 優しげに紡がれる、アルフィアからの言葉に、俺は心地良さそうに目を細めながら、そっと口を開いた。


「分からない……だけど、そうかもしれない」


 自分が膝枕これを望んでいたのかは、やはり分からない。だけど、気分が落ち着き――楽になったのだから、きっとそうなのだろうと、俺は小さく口に弧を描いた。


「そうか。なら、気が済むまで妾の膝を貸すとしよう。そして落ち着いてから、また考えれば良い。必要なら、妾も一緒に考える」


「……ありがとう」


 アルフィアからの気遣いに、俺はただ一言礼を言うと、アルフィアに身体を委ねた。

 やがて、俺の意識は朧気なものへと変わっていき――意識はかこへと旅立つのであった。

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