第十九話 お礼の品は――
美玲と色々会話をしながら、車に揺られる事およそ5分。
目的地に着いたようで、車が停車すると同時に美玲がこちらを向く。
「大翔さん。着きましたので、降りてください」
「ああ。分かった」
そう言って、俺は自動で開いた左のドアから外に出る。
停まったのは、極々普通の立体駐車場だった。
ここから、目的地まで歩くといった感じだろうか。
すると、美玲がこちら側にやって来る。
「ここを出て、直ぐの場所にありますので、私に着いて来てください」
「分かった」
相変わらず丁寧な物腰の美玲に、俺は素直に頷くと、美玲の後に着いて行く。
「……」
「……」
必要な話は、車内であらかた言い尽くしてしまった事もあってか、何とも言えない沈黙が流れる。まあ、下手に関わるつもりはさらさら無いから、こっちの方が俺からしてみりゃありがたいけど。
そんな事を思いながら、歩くこと数分。遂に、目的地に辿り着いた。
「このビルです」
「そうか。事務所らしいと言えばらしいな」
目の前で聳え立つビルを前に、俺はそう呟いた。
事務所があるのは、このビルの3、4、5階らしい。
自動ドアを抜け、中に入った俺たちは、そのままエレベーターに乗り込んで、受付がある3階まで上がる。
「着きました。ここが、私が所属する”星下の誓い”の事務所です」
エレベーターから降りた美玲は、まるで紹介するかのような手振りで目の前の光景を見せつけてくる。
そんな彼女の手を追うように、俺は事務所内の光景を見渡した。
と言っても、あるのは受付とその後ろで事務作業をする数人の人間……ああ、強いて言うなら階段もあったな。
「それでは、また私に着いて来てください」
「ああ」
そして、今度は奥にある階段へと向かうと、そこを上り、5階へと上がる。
エレベーターでは、4階と5階には行けないらしいからね。仕方ない。
そうして階段を上り、着いた先は静かな廊下。
そこでも案内され、最終的に辿り着いたのは――
「代表取締役社長室……か」
若干特別そうに見える、両開きの扉には、そんな言葉が刻まれていた。
どうやら車内で聞いてた通り、ここのお偉いさんとも話すようだ。
コンコン
「美玲です。大翔さんをお連れしました」
控えめなノックと共に、紡がれた美玲の言葉。
すると、部屋の中から「入って来なさい」と優しげな男性の声が聞こえて来た。
「大翔さん。私に着いてきてください。……では、失礼します」
一度こちらを見てから、美玲はそっと扉を開け、中に入った。
俺も、その後に続いて中に入る。
「貴方が、川品大翔さんですか。どうぞ、お掛けになってください」
ザ、社長室って感じの部屋で佇む40代半ば程の男性が、俺を見るなり朗らかに笑いながらそう言った。
彼が指す先には、テーブルとソファ。俺は言われた通りそこへと向かうと、そっとソファに腰掛ける。
おお、良い座り心地だな。家に欲しいかも。
……いやでも、柔だとルルムが直ぐ壊すからな……
そんな事を考えている内に、男性と美玲が揃って、テーブルを挟んで反対側のソファに腰を下ろした。
すると、その男性が口を開く。
「自己紹介がまだでしたね。私は”星下の誓い”代表取締役社長の小川宏紀と申します。先日は専属配信者の青梨美玲を助けてくださり、ありがとうございます」
男性――宏紀はテーブルの上に名刺を置き、その場で立ち上がったかと思えば、深く頭を下げて礼を言った。
美玲と並んで、随分と律儀な人だ。まあ、これは立場上
「俺はただ、寝覚めが悪いから助けただけです」
そんな彼に、俺は名刺を受け取ると、丁寧な言葉で本心を告げた。
律儀な彼に対する、俺なりの返しみたいなものだ。
すると、宏紀は「そうか……それでも、ありがとう」と言ってから、腰を下ろした。
「さて、早速本題に入りたい所なのだが……少しお聞きしたい事がありまして。美玲は何階層で倒れていたのですか? 未知の転移トラップについて、とても有力な情報になる為、是非教えて頂きたいです」
マジか。それ聞かれるんか。
……いやでも、確かにあんなのほぼ即死トラップみたいなものだったからな。
調査し、情報を集めたいというのも頷ける話。
だが――流石に教えられないな。
「悪いけど、実はこっちも色々あって、どこの階層なのか把握してないんだ。確実に第90階層より下……というのは分かるんだけど」
そう言って、一番無難そうな嘘の吐き方をした。
第90階層よりも下なのは、本当の話だし。
すると、宏紀は「そうですか……」と何か考えるようなそぶりを見せた後、口を開く。
「貴重な情報、ありがとございます。では、こちらからお礼をさせていただきましょう。大翔さんの場合、現金の方が良いかと思いまして、こちらをご用意させていただきました」
宏紀はそう言うと、テーブルの上に分厚い茶封筒を置いた。
俺は恐る恐る茶封筒を手に取ると、チラリと横目で中身を確認する。
「おお。凄い量だな……」
中には、1万円札がぎっちりと。感覚的に、ざっと250万と言ったところか。
これなら、お礼として十分――いや、過剰すぎる程だ。
そうしてお礼の量に目を見開いていると、宏紀がニコリと笑った。
「満足していただけたようで、何よりです」
「ああ。これで礼は十分だ」
これで、互いに貸し借りゼロ。フラットな状態となった。
なら、もうさっさとおさらばするか――と思ったら、ずっと黙っていた美玲が口を開いた。
「あの……私からも礼をしたいのですが……何かして欲しい事はありますか?」
「いや、もうこれで十分だ。というか、相場を見ればこれでも相当多い方だよ」
思わぬ一言に、俺はネットで調べた知識も交えて首を横に振る。
だが、どういう訳か美玲は引き下がることなく、
「ですが、私は貴方にほとんど何も返せていませんので……何か、礼をさせてください」
「……んん?」
何故ここまで……しかも、”礼をさせてください”だと?
俺がもう良いと言っているのに、何故自ら損をするような真似を……
いや待て。
こいつ――何か企んでいるな?
過分な礼をして俺を喜ばせ、その陰で俺を害そうと……!
そうに違いない。
でなきゃ、そんなのやる意味が無い!
「……おい。何を企んでる?」
「……えっ!?」
眼光を鋭く光らせた俺に、美玲は素っ頓狂な声を上げた。
白々しい。
「俺がもう良いと言っているのにその返し――俺に何をする気だったと聞いているんだ!」
「ひぃ……ち、違い、ひ、ひ……う、ぅ……」
若干の威圧を交えた俺の怒鳴り声に、美玲は萎縮したように縮こまった。
ちっ 威圧で声も出ないってか?
すると、俺の威圧を受けても額から冷や汗を流す程度で済んでいた宏紀が、美玲を宥めながら口を開いた。
「美玲は貴方を害そうなどとは一切思っていない。美玲のそれは、本当にただ命を救ってくれた礼をしたいという善意なんですよ」
冷静ながらも、訴えるように言う宏紀の言葉。
それに対し、俺は――
「人間に善意なんて無いだろ」
自分でも驚くぐらい、ぞっとした声が唇から零れ落ちた。
2つの息を飲む声が、前方から聞こえてくる。
……待て。流石にこれはやり過ぎだ。
よくよく考えてみれば、まだ彼らは行動に移していないじゃないか。
即ち、証拠もないただの疑惑。それで、ここまで言うのは、流石にこっちが悪者だ。
「……流石に言い過ぎた」
そう言って、俺は立ち上がると、そのままこの場を去って行った。
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