第十六話 300年ぶりの地上飯

 俺はその後も検索し続けた。

 今の物価。

 今の科学技術。

 今の社会情勢。

 今の俺がやれそうな金稼ぎ法。

 などなど、調べたい事を片っ端から調べていた俺は、ふと今の時刻に目を向ける。


「わぁ、時間経つの早いね……」


 空中ディスプレイの右下にちょこっと表示されている”11:12”の部分を見て、俺は思わず頬を引きつらせた。

 どうやら俺は、一晩中パソコンに向かっていたらしい。

 レベルが上がり、9徹10徹も余裕で出来てしまう俺だが、地上に出たせいなのか、はたまた今の時刻が明確に分かるからかなのか、どこか完徹オールしてしまった事に背徳感を覚えてしまう。


「……まあ、いいや。朝になったし、適当に飯を食いに行くかな」


 美玲から礼として貰ったネカフェ代だが、3日分のネカフェ代としては過剰だったし、稼ぐアテもあるので、多少使っても問題ないだろう。

 そう思った俺は、よっこらせと立ち上がると、海の龍王リヴァイアサン戦闘衣バトルクロスを羽織り、靴を履いた。

 そうして準備万端となった俺は、ドアを開けようとドアノブに手をかけ――


「……あ、忘れてた。やっとかんと面倒な事になる……【付与エンチャント、阻害せよ――《魔力不可干渉付与エンチャント・オブストラクション》】」


 忘れてたとばかりに、俺は身に着けている装備と自分自身に纏めて1つの付与魔法――魔力による干渉を防ぐ付与エンチャントを施す。

 いやー忘れてた忘れてた。

 俺が鑑定アナライズって言う解析魔法を持っているように、人間も名称は違えど、似たような解析魔法をいくつか持っているんだよね。

 魔法である以上、俺自身は高い耐性能力で抵抗レジスト出来るが、装備は恐らく無理だろからね。そして俺自身も、固有魔法に付随する解析魔法は完全に抵抗レジストしきれないと思ったので、一応したって訳だ。

 見られたら間違いなく、面倒な事になるからね。

 一応そういうのは法律で規制されているらしいが……人間が律儀に法律を守る訳無いだろう。


「さてと。じゃ、今度こそ行くか」


 そう言って、俺は今度こそ部屋のドアを開けた。

 そして、左右に続く長い廊下を見やると、外へと向かって歩き出す。


「ん~……何を食べようかなぁ……【記憶よ。脳裏に浮かべ――《記憶回帰メモリーレコード》】」


 歩きながら、俺は先ほど調べたここ周辺の地図を、文字通り脳裏に浮かび上がらせる。

 脳裏に浮かぶ精細な地図。

 そこに書かれている数ある飲食店の中から、今食べてみたいものを選別する。

 寿司か。

 ハンバーグか。

 しゃぶしゃぶか。

 焼肉か。

 ラーメンか。

 ピザか。

 コラボカフェ限定メニューか。

 エトセトラエトセトラエトセトラ――


「はぁ……流石に悩むな」


 気付けば、俺はもう外に出ていて、人通りの多い道をぶらぶらとアテもなく彷徨っていた。

 300年ぶりという事もあってか、食べたいものが多すぎる。

 なにせダンジョンでは、基本的に魔物の肉を焼いただけの物だったからな。

 あれも、最初は不味いなぁって思ってたんだよなぁ……

 今じゃ、普通に何の感慨も無く食ってるけど。

 そんな事を思いながら歩いていたら、ある飲食店が目に入った。


「ふむ……イタリアン系か」


 見えてきたのは、”ジョニーパスタ”という店だった。

 どこかで聞いた事があるような無いようなって感じの店名だが……まあ、細かい事は気にしなくていいか。


「……うん、席はまだ空いてるな」


 店に入った俺は、店内を見回しながらそう呟く。

 昼食を食べるにはまだ早い時間帯という事と、平日という事もあってか、店は割と空いていた。

 すると、来店に気付いた店員がこちらへやって来る。


「いらっしゃいませ。1名様でしょうか?」


「ああ。1人だ」


 店員のありきたりな対応に安堵しながら、俺はコクリと頷いた。

 すると、「それでは、お席へご案内いたします」と言って、カウンター席に案内してくれた。

 そうしてカウンター席に案内された俺は、席に座ると、早速メニュー表を開く。


「どれにしようかなぁ……」


 店内に漂う懐かしい匂いに腹を鳴らしながら、俺はメニュー表を見て、何を頼もうか真剣に悩む。

 うーむ。どれもこれも、甲乙つけがたいな……

 だが、食べたいもの全部頼む訳にはいかない。

 ややあって、俺が選んだのは――


「すみません。チーズグラタンと、マルゲリータと、ペペロンチーノを1つずつお願いします」


 店員を呼んだ俺は、メニュー表を指差しながら、料理名を省略しつつ注文する。


「さて、久々だな……ん、水美味ぇな」


 注文した料理が来るのを待ちながら、俺は出された水で喉を鳴らし、息を吐く。

 飲み物も、最初は魔物の血だったからね。

 魔法使えるようになってからは、魔法で水出して飲んでたけど……あれ、魔法で作られたせいなのかは知らんが、味は微妙なんだよ。

 そんな事を思いながら、美味い水をお代わりしては飲むこと十数分後……


「お待たせしました」


 料理を持った店員が来たかと思えば、料理名を言いながら、1つずつ机の上に乗せていく。そして、最後の確認をした後、去って行った。


「……美味そうだ」


 俺は、無意識に出て来た涎をゴクリと飲み込むと、ピザに手を付けた。

 魔法を使い、一瞬で8等分に分割すると、その内の1切れを――食べる。


「ん!」


 伸びるチーズ。

 トマトの酸味。

 もちもちとした生地。

 美味い。美味すぎる。

 俺は周囲の目を気にする事無く、がつがつとピザを食べ進めていく。


「ふぅ……次はこっちかな」


 ピザは一旦お預けにして、次はグラタンにしてみよう。

 俺はスプーンを手に取ると、ひと抄いし、口に入れた。


「んん!」


 またもや目を見開く俺。

 チーズ、マカロニ、バジル、それ以外は……悪いけど分からん!

 だけど、こっちもまた、美味い。

 味が……良い。


「最後はこれを」


 そして、最後にペペロンチーノ。

 俺はフォークでくるくると絡め取ると、垂れそうになる涎を必死に抑えながら、そっと口に入れた。


「んんん!」


 これも美味い。

 麺類としての触感とか、ちょびっと感じる辛味とか。

 久々に感じる”味”というものが、今の俺からしてみれば感激ものだった。

 ”料理”とは、これ程までに美味しいものだったのか……!


「これは、他のものも楽しみだな……」


 そう言って、俺はどんどん食べ進めていく。

 ああ、美味い。

 本当に美味い。感激ものだ。

 ただ、これだと……


「……俺、もういつもの食事に戻れないかもしれねぇ……」


 これからどうしよう、と天を仰ぎながら、俺は戦慄するのだった。

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