第十五話 星下の誓い

 次の日の朝。

 青梨美玲は、自身が所属する”星下の誓い”の事務所に赴いていた。

 用件は勿論、昨日の事件に関する報告をする為。


「すみません。青梨美玲です」


「ああ、美玲さん。昨日は大変でしたね」


 受付へ行くと、スタッフが笑顔で出迎えてくれた。

 その表情には、同情がありありと浮かんでいる。


「ええ。大翔さんが居なかったらと思うと、ぞっとします」


 ふと、昨日の事を思い出し、内心震えあがる美玲。

 だが、その恐怖心を第二級探索者としての高い精神力で抑え込むと、口を開く。


「それで、社長はもういらっしゃるのですか?」


「あ、はい。つい先ほど来られました。もう社長室に居るかと思います」


「ありがとう」


 知りたい事を知れた美玲は礼を言うと、真っ直ぐ階段へと向かう。

 そして、社長室がある4階へと向かった。

 そうして4階に着いた美玲は、廊下を歩き、ある1つの部屋の前に辿り着く。

 若干特別そうに見える両開きの扉――そこには、”代表取締役社長室”と書かれていた。


 コンコン


 やや控えめなノック。

 すると、部屋の中から「入って来なさい」と、穏やかな声が聞こえて来た。


「失礼します」


 その言葉を聞いた美玲は、そっと扉を開け、中に入る。

 落ち着いた雰囲気が漂う物静かな部屋――本棚や話をする為のテーブルとソファが両側に見える。

 そんな部屋の奥で、執務机につく、40代半ば程に見える優しげな――されど理知的な瞳を持つ長身痩躯の男性。

 彼こそが、ダンジョン配信者事務所、”星下の誓い”の代表取締役社長、小川宏紀おがわひろきだ。

 宏紀は入って来た美玲の姿を見ると、穏やかな笑みを浮かべ、口を開く。


「昨日は大変だったね、美玲。あれから身体に異常はないかい?」


「はい、大丈夫です。どこも異常はありません」


 優しく紡がれる宏紀の言葉に、美玲は若干身体を弄ってから、頷く。

 そんな美玲を見て、彼は「それは良かった」と頷くと、席を立った。そして、商談等をする為に設けられたソファの下へ行くと、美玲にそこへ座るよう促す。

 美玲はさささっとソファの下へ行くと、先に座った宏紀とテーブルを挟んで向かい合うように、ソファへ腰を下ろした。


「えっと……どこから話せば……」


「んー取りあえず事の発端からだね。昨日、美玲が第33階層に入ってから」


「分かりました」


 そして、ぽつりぽつりと美玲は何が自分の身に起きたのかを話し始めた。

 第33階層を探索していたら、岩陰に隠れるように存在する通路を見つけた事。

 宝箱があるかもと思い、進んでみたら、行き止まりだった事。

 引き返そうとした瞬間、地面に魔法陣が現れたかと思えば、次の瞬間には全く別の場所に居た事。

 さっきまで居た階層とは比べ物にならない程大きな場所で目にしたのは、見上げる程大きな3つの頭を持つ犬型の魔物だった事。

 気が付けば攻撃を喰らい、それからの記憶が無い事。

 そして、目を覚ましたら川品大翔に助けられていた事。

 その後、再び気絶してしまい、気が付けばダンジョン総合案内所のロビーに居た事。

 それらを、あの時の恐怖を思い出して震えたり、あの時の安堵を思い出して落ち着きながら、丁寧に分かりやすく説明していく。

 そうして話が終わった所で、宏紀は小さく息を吐くと、口を開いた。


「なるほどね。美玲が為す術無くやられる未確認の魔物……か。そして、そんな場所へ転移させる罠が第33階層にあるというのは、流石に無視できない。恐らく国が調査依頼を出すだろう。それに、美玲が参加する可能性は極めて高いから、念頭に入れておいて欲しい」


 宏紀の言葉に、美玲は「分かりました」と頷くが、その表情には拒絶の感情が仄かに浮かんでいた。また、あの恐怖を味わうのは御免だと、そう言いたげな顔だ。

 だが、第二級そこまで登り詰めた探索者である以上、覚悟はある故、首を横に振ることは無い。

 一方、そんな美玲の感情が手に取るように分かる宏紀は、それについては何も言わない方が良いと判断し、話題を変える。


「まあ、美玲が無事で本当に良かった。魔力通信が完全に途絶えた時は、私も年甲斐もなく焦ってしまったよ。君を助けた彼らには、私からも感謝しないとね」


「はい。私も、出来る限りの感謝と礼をしたいです」


 ややおどけるように言う宏紀の言葉に、美玲は小さく笑みを浮かべると、コクリと頷いた。

 するとそこで、宏紀の声音が少し責めるような物へと変わる。


「うん。で、その件なのだが……何故、あんな約束をしたんだ?」


「そ、それは……」


 眉間を揉みほぐしながら言う宏紀の言葉に、美玲は盛大に口ごもる。


「あんな約束をしてしまえば、どうやっても周囲一帯野次馬の嵐となってしまい、彼に迷惑が掛かってしまうだろう? せめて、連絡先を交換するとか、会う場所を事務所ここにするとか、もう少しやりようはあったと思うよ」


「す、すみません。色々あって、頭が回っていなくて……」


「まあ、事情は分かるし、私が責める事柄でも無いから、これ以上は何も言わないけど……ちゃんと彼に謝ってね」


「はい」


 窘める宏紀の言葉に、美玲はしょぼんと肩を落としながら頷く。


(……いたたまれない)


 そんな感情が宏紀を支配する。

 美玲の上司としても、、言わなければならない事だと分かっていたが――落ち込みやすい性格の美玲を窘めると、いつもこうなってしまうのだ。


「……まあ、今私から言う事は以上だ。今日の午後3時に、またここへ来てくれ」


「わ、分かりました。し、失礼しました……」


 美玲は宏紀に窘められた事を若干引きずりつつも、そそくさと部屋から去って行った。

 その後、1人部屋に残った宏紀は、小さく息を吐くとボソリと呟く。


「川品大翔……か。何故彼は、美玲をあそこまで警戒していたんだろう……?」


 そんな呟きが、誰も居ない室内に響き渡るのであった。

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