第八話 300年振りの地上

「だいぶ人が増えてきたな……」


 休むことなく走り続け、第30階層辺りまで来た俺は、あちこちにいる探索者たちを見ながら、そう呟いた。

 探索者を初めて見かけたのは、第174階層。そこから色々な探索者を見ていて思ったのだが、やはり俺の実力は飛び抜けて高いようだ。

 見た中で最も強かった人でさえ、レベルは206。

 今担いでいる美玲のレベル72も、上から数えた方が早いし、俺のレベル1024は絶対にバレたくないな。

 厄介事に巻き込まれる様子が目に浮かぶよ。

 人間に、わらわらと囲まれる光景が――


「……ちっ」


 嫌な事を思い出し、眉をひそめるが――それでもどんどん上り続け、遂に第10階層突入した。


「……あ、ここに上への道があったんだ」


 俺が降りてきたのとは違う道と、そこから降りてくる人を見て、俺は思わずそう呟いた。

 もし、ここの存在に気づいていたら、俺は上に戻ったのだろうか……


「……いや、ありえんな」


 唐突に思ったもしもの話を鼻で笑いながら、俺はさらに上る。

 そして、遂に――


「……ここが外か」


 ダンジョンの外に出る事が出来た。


「……ロビーって感じか」


 出た先は、学校の体育館ぐらいの広さを持つ大きな部屋で、ダンジョンで手に入れたのであろう魔物の素材や探索者の姿があった。

 奥には受付があり、様々な対応に追われているようだ。

 また、窓の外は真っ暗で、今が夜であることを告げている。


「さて……【歪め、空間】【解除】」


 俺はそんな大きな部屋の隅の方に行くと、そこで《歪曲領域ディストーションフィールド》を使って空間を捻じ曲げることで、そこに居ないと周囲に錯覚させると、《静寂領域サイレントフィールド》及び《強制睡眠スリープ》を解除する。


「……起きてくれ。着いたぞ」


「んん……あれ? 私は……」


 美玲を床にそっと下ろし、声を掛ける。

 すると、美玲は直ぐに目を覚ましてくれた。

 さて、取りあえず状況の説明だけするとしよう。


「君があの後唐突に寝てしまったから、担いでダンジョンの外まで連れてきたんだ。分かった?」


「う、うん……え、そ、そうなの!? ご、ごめんなさいごめんなさい! 迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ございません!」


 すると、美玲はバッと起き上がり、ペコペコと頭を下げだした。


「いや、それは一切気にしてない。俺が勝手にやったことだ。だから、謝らないでくれ。頼むから」


 それに関して謝られると、こっちが気まずくなるというか、申し訳なくなるというか……なので、俺は初めて優しげな声を出して、宥めてあげる。

 すると、頭を下げる美玲はピクリと肩を揺らした後、ゆっくりと顔を上げた。


「いえ……で、ですが、これは言わせてください。私を助けてくださり、ありがとうございます。お礼は、できる限りの事をしますので」


 美玲はそう言って、礼儀正しく頭を下げる。

 随分と、律儀な人なんだな。


「分かった……ああ、なら1つ聞きたいことがあるのだが、この辺りに今からでも行けそうなネカフェ……ネットカフェってないか?」


「ネットカフェ……? ちょっと待ってください」


 美玲はなんの脈絡も無く紡がれた俺の問いに困惑しつつも、手首に着ける腕時計のようなものに手をかざした。

 直後、美玲の目の前に空間ディスプレイが表示される。


「えっと……ああ、ここが宜しいかと」


 そう言って、美玲は地図のある一角を指差す。

 どうやらネットカフェは、300年経った今でもあるようだ。

 だが――


「……変わったな」


 すっかり様変わりしてしまった浜松の地図を見て、俺は寂しげにそう呟く。

 建物が変わっているとかなら分かるのだが……まさか道路や線路の位置、ましては海岸線まで、本当に何もかも――まるで、ような感じがする。

 ……いや、流石にそれは無いか。

 俺は馬鹿な妄想を吹っ飛ばすと、美玲にお礼の内容を伝える。


「なら、そこに3日程入れるだけの現金が欲しい。それを今回のお礼として受け取ろう」


 だが、美玲はぶんぶんと首を横に振った。


「さ、流石に命を救って貰ったお礼が、それだけなのは少なすぎます! ですので……明日、そちらへお伺いして、お礼をお渡ししに行きます」


 そう言って、美玲はリュックサックの中から財布を取り出すと、2枚の紙幣を取り出し、俺に手渡してくれた。


「それだけあれば、足りると思います」


「そうか……」


 俺は10000の数字が刻まれた、よく分からんおっさんの顔が描かれている紙幣をじっと見つめながら、そう呟く。

 2万円あれば確実に足りるということは、物価は300年前とそこまで変わらないのかな?

 まあ、それもネカフェで一気に調べれば済む話か。


「ありがとう。俺は明日、適当にネカフェ周辺をウロウロしているから、そこに来てくれ。来てくれれば、気配で直ぐに気付くから」


「分かりました……あの、本日は本当に、ありがとうございました!」


「そこまで畏まらなくていいよ」


 随分と腰が低い人だと思いながら――されど、命を助けられたのなら、これくらい感謝してもおかしくは無いかと納得もしつつ、俺はそう言うと、そっと《歪曲領域ディストーションフィールド》を解除した。

 そして、くるりと背を向けると、ネカフェへと向かうべく歩き出した。

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