第七話 どうやら彼女はダンジョン配信者らしい

「……えっと……ここは……?」


 彼女は眩しそうに目を細めながら、そう唇を震わせると、ゆっくりと上半身を起こした。

 そして、すぐ横に立つ俺の顔を見上げると、そのまなこをしっかりと開く。


「ここは……どこですか?」


「俺の拠点だ。転がってたから、ここまで連れて来て、治療した」


 彼女の問いに、俺は淀みなく答える。

 すると、彼女は「そうですか……」と俯いた。


「次は、俺の番だ。何故、あそこに転がっていたんだ?」


「何故って……あ――」


 俺の問いに、彼女は一瞬困惑したような顔つきになったが、直ぐに何かを思い出したかのような顔になると、一気にその顔を青ざめさせる。

 そして、ポツリポツリと話し出した。


「ダンジョン第33階層で探索をしていた時……小道に入って……そしたら、地面に魔法陣が現れて……そして、気が付けば別の場所に居て……そ、そして何かに襲われて、それからは……多分、気絶してしまったんだと思います」


 身体を震わせながらも、彼女は経緯を話してくれた。

 そのお陰で分かったこと――それは、この場所が地上でもダンジョンという名前になっているということだ。

 ダンジョン以外――例えば”迷宮”なんていう呼び名や、”〇〇洞窟”なんていうのも普通にありえたし。


「分かった。それで、身体に異常は無いか?」


「えっと……はい。全然大丈夫です」


 硬めに紡がれる俺の言葉に、彼女は自身の身体を手で弄ってから、柔らかな笑みを浮かべて答える。


「なら、良かった。この後、君を上まで連れて行く。助けた手前、その日の内に死なれるのは寝覚めが悪い」


 ここが第600階層であることを知られたら、面倒なことになると思った俺は、言葉を選びながらそう告げる。


「あ、ありがとうございます。……あ、すみません。名乗っていませんでした。私の名前は青梨美玲あおなしみれい。”星下の誓い”所属のダンジョン配信者で、第二級探索者です」


「そうか。俺は川品大翔だ」


 いきなりの自己紹介に、俺も反射的にそう答える。

 ……てか、ダンジョン配信者ってマジかよ。

 300年後の日本では、死地たるダンジョンで配信する事を世間が認めてるんか……

 そして、ダンジョンを探索する人を探索者と呼び、階級もある……といったところか。

 会話の中から、それなりに情報を得た俺は、そこでふとあることを思う。


「配信ってことは……さっきのあの機械って、カメラなのか?」


 俺の何気ない一言に、ハッとなった美玲は、「さ、撮影ドローン、拾ってくれたんですか?」と、やや慌てたような口調でそう言った。


「ああ……この中にある」


 その慌てように訝しみつつも、俺は地面に置いといたリュックサックを手渡した。


「ありがとうございます!」


 そう言って、美玲はバッとリュックサックの口を開くと、中からあの機械――ドローンを取り出す。


「あ〜羽が壊れてる……あ、こっちは壊れてない。みんな〜! 聞こえる〜?」


 美玲は壊れたドローンを見て、落胆するも、直ぐにハッと目を見開くと、笑顔でドローンに声を掛けた。

 ああ、なるほど。

 配信してるようだったし、心配している人もそれなりに居る事だろう。


「……あれ? 俺の顔、映ってねぇよな?」


 すると、俺の呟きが耳に入ったのか、美玲は「私を助けてくれた大翔さんの顔って、映ったの〜?」と問いかける。

 直後、ドローンから光が放射されたかと思えば、ドローンの側面に浮かび上がるようにして、空中に某動画サイトのような画面が出現した。

 空中ディスプレイという物だろうか。

 そこには、ドローンが今映している光景が見え、その横には視聴者のコメントらしき物が滝のように流れていた。


 ”見えんかった〜”

 ”見たかったな”

 ”見たいけど……言い方的に顔出しNGっぽいな”

 ”美玲ちゃん!ちょっとドローン動かしてくれ!”

 ”見てぇww”

 ”でも、拒否ってる中、無理に見せたら盗撮やからな”

 ”美玲ちゃん!警察に捕まるから無理に見せなくていいよ”

 ”気になるな”

 ”でも、一応聞いてみて”

 ”そうそう。一応一応”

 ”見せてくれ〜!ちょっとだけ!先っちょだけだからww”

 ”見たいな”

 ”見てえな”

 ”でも、美玲ちゃん助けるくらい強いなら、そこそこ有名なんじゃね?”

 ”何者だろうか……”

 ”第二級以上って、案外居るからな……”

 ”たいがって言われても分からんなあ”


 軽く見てみたが、視聴者的にはどうやら俺の顔は見たいらしい。

 まあ、気持ちは分からなくもない。

 すると、美玲がチラリと俺の方を見てきた。


「あの……大翔さん。顔を写してもよろしいでしょうか?」


「断る。厄介な事になりそうだから」


 やや遠慮がちに聞いてきた美玲の問いに、俺は悩むこと無く首を横に振った。

 そして、直ぐに話を本筋に戻す。


「それじゃ、落ち着いてきた事だし、さっさと上へ送るか。荷物は全部リュックサックに仕舞ってくれ」


「分かりました」


 俺の言葉に、美玲は素直に頷くと、壊れたドローンをリュックサックの中にしまった。

 そして、ベッドから起き上がると、背中にそれを背負う。


「取りあえず【静かにしててくれ】――【寝ろ】」


 自然な形で、音を遮断する魔法――《静寂領域サイレントフィールド》を展開した俺は、すぐさま《強制睡眠スリープ》で美玲を眠らせると、美玲の体勢に気をつけながら、そっと肩に担ぐ。


「説明が面倒だからな。さて……【思念よ、繋げ】」


 そう言って、《遠距離念話テレフォン》でアルフィアに声を掛ける。


『アルフィア、これから上へ行ってくる。ついでに今の地上の様子も知っておきたいから、帰ってくるのは明日か明後日になると思う』


『む? ご主人様か。分かったのじゃ。ルルムとロボさんの事は妾に任せよ』


 すると、脳内からアルフィアの声が聞こえてきた。

 向こうの様子は分からないが、何となく胸をドンと叩いているような気がする。


『ありがとう』


『うむ。じゃが、上ということは、人間が沢山居るのじゃろ? 無理せず、妾が行った方が……』


『大丈夫だって。俺は人間が嫌いだが、殺そうなどとは思っちゃいない。俺は人間から無関心でいて欲しいだけなんだよ。それが、一番ラクだ』


 仲間想いなアルフィアの言葉に、俺は軽い感じで答える。

 そう。俺は人間から関心を持たれなければ、それで良いのだ。

 無関心――例えるなら、コンビニの店員と客。

 変な例外を除いて、基本的に両者は互いに関心を示さない。

 会話もするし、金のやり取りもするし、常連なら顔も覚えられるが――それだけだ。

 まあ、もし俺に関わろうとする――すなわち、俺を害しようとするならば、全力で抗おう。

 俺はもう、何も出来なかった頃の俺じゃないんだ。


『それじゃ、行ってくる』


『……うむ。気をつけての』


 そうして、俺は《遠距離念話テレフォン》を切ると、《空間転移ワープ》を使い、座標を覚えている中では最上層の第240階層に転移した。

 そして、気配を消すと、美玲に気を使いながらも、全速力で走り出した。

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