第六話 人間を連れ帰る

 これから殺されようとしている人間を見た刹那、俺は気が付けば詠唱を紡いでいた。


「【繋げ】!」


 一瞬にして紡がれた《空間転移ワープ》の魔法。

 直後、俺の姿は人間とケルベロスの間に立っていた。


「グルアアァ!!!」


 ケルベロスの牙が、俺の頭に突き刺さり、血が滲み出てきた。

 だが、《常闘不堕ファイトルヒール》によって即座に治癒される。


「お返しだ」


 そう言って、俺は直ぐ真横に居る動かぬ的ケルベロスに、《世界を侵す呪剣ワールド・ビオレーション》を一閃する。


「グルギャアア!!!」


 絶叫と同時に、倒れ伏す。

 さて、もう片方もさっさと殺るか。


「グルルアアアア!!!」


 まるで怒りの咆哮でも上げるかの如く、残る1頭のケルベロスが、鋭い爪を逆立てて、俺を細切れにせんと振り下ろす。


「【水よ、凍れ】」


 だが、俺の目の前から渦を巻くように発生した水柱が、ケルベロスの右足に絡みついたかと思えば、一瞬で凍った。

 凍り、一時的と言えど動けなくなるケルベロス。

 その隙を俺が見逃すはずも無く、《浮遊する聖剣フローティング・エクスカリバー》で先に攻撃しつつそっちに意識を向かせると、本命の一撃ワールド・ビオレーションをお見舞いした。


「グル……ァ……」


 斃れ伏す2頭のケルベロス。

 それらを一瞥した俺は、剣を空間収納インベントリの中にしまうと、ようやくそこに倒れる人間に目をやった。


「怪我は軽そうだな。それで……ダンジョンに迷い込んだって訳じゃなさそうだ」


 横向きの状態で倒れる、さらりとした長い茶色の髪を持つ若い女性を見て、俺はそう呟いた。

 彼女の装備は、俺と似た動きやすさ重視の戦闘衣バトルクロス。《鑑定アナライズ》で見てみた所、どうやらダンジョンの上層……大体第100階層辺りで出現する魔物の革から作られたもののようだ。


「《秘宝級アーティファクト・クラス》の長杖を持ってるようだし、割と潜ってるのかな?」


 そんなことを言いながら、俺はその場にしゃがみ込むと、周囲に散乱する彼女の持ち物を拾っていく。


「ん? 何だこれ?……機械?」


 なんか、一部が欠けた手のひらサイズの機械が転がっていた。

 よく分からんが、一応彼女のリュックサックに入れとこ。

 その後も、俺は欠けた部品の一部やカードなんかを入れていく。


「よし。これで全部か……ん?」


 地面に転がる小さな何か。

 拾い上げてみると、それはチェーンの切れたペンダントだった。

 そこには、夫婦らしき男女と、その子供らしき2人の少女が写っている。

 皆笑顔で、幸せそうだ。


「……はっ 俺には縁のない話だ」


 俺はそう吐き捨て、同様にリュックサックに放り込んだ――その瞬間、唐突に背中をどつかれた。


「マスター! 何があったの~?」


 無邪気な笑みを浮かべる、人型となったルルムによって。

 何気に今のは、地味に痛かった。


「ああ。ちょっと見つけてな」


 ルルムを背中に背負ったまま、俺はそう言って彼女を指差す。


「マスターと同じ種族~?」


 そう言って、彼女は無邪気に笑うと、こてんと首を横に傾げた。


「ああ、そうだよ……っと。すまん、アルフィア。一旦拠点に帰ることにした」


 俺はロボさんを抱えながら、こっちに向かって来たアルフィアを見やると、そう言う。

 一方、アルフィアは目の前に倒れる女性が人間であると知るや否や、目を見開いた。


「ほう。ご主人様以外の人間か。あまり強くないのう……して、連れ帰るのか?」


「ああ。ここで見捨てるのは、精神的によろしくないんだよ。それに、この程度大した手間じゃ無いし」


 傷を治して、上へ送ればいいだけだ。

 上の座標を知らない都合上、途中から歩いて行かないといけないのが手間だと言われれば手間だが、一度通った道だ。

 そう時間はかからないだろう。


「じゃあ、帰るか。【座標を繋げ――《範囲空間転移エリア・ワープ》】


 詠唱を紡ぎ、俺は皆と共に第600階層にある拠点に転移した。


「……よし。一先ずベッドに寝かせとくか。【集え】」


 流石に意識失ってる怪我人を、床にぽーいしておく訳にはいかないので、俺は塵を軽く払うと、体中に付着している血を自身の指先に集め、外にぽーいした上で、ベッドに寝かせる。


「ふぅ……あ、忘れてた。【解除】」


 《常闘不堕ファイトルヒール》を解除していない事に今更気づいた俺は、即座にそれを解除すると、ふぅと一息つく。

 すると、アルフィアが口を開いた。


「また聞くようじゃが、良いのか? 助けて」


「まあ、さっき言った通りだよ。それに、時間が経ったお陰で、昔ほど酷くないし」


 俺が人間を嫌っている事を知るアルフィアからの問いに、俺は肩を竦めて答える。


「そうか。では、妾たちは邪魔せぬようにここを離れておるとしよう」


 そう言って、アルフィアはルルムとロボさんを連れ、家から出て行った。

 うん。正確には、”妾たちは”ではなく、”ルルムは”なのだが……それを聞いたらルルム、絶対へこむだろうからなぁ。

 俺は若干微笑ましく思いながらも、直ぐにその笑みを消すと、リュックサックの中に手をやった。

 そして、あのよく分からん機械を取り出す。


「な~んかこっち来た時から魔力の流れを感じるなぁ……発信機か?」


 そう言って、俺はじーっとその機械を見つめたが……攻撃性は無いと判断すると、再び彼女のリュックサックの中に入れる。

 繋がりを遮断したら、人間の事だし直ぐにぎゃーぎゃー噛みついて来るだろう。

 故に、害が無いのであれば、何もしない方が無難。そう、俺は判断した。


「さて、これで治るだろ」


 そう言って、俺は戸棚から小瓶に入ったお手製の治癒薬を取り出すと、傷口に満遍なくかけていく。すると、みるみる内に傷が癒えていき、元の柔らかな女性らしい肌を取り戻した。


「ふぅ。こんなもんか」


 服の下にある傷も癒そうかと思ったが――後々「痴漢だ~!」と言われて面倒になるのがオチだと判断し、止めた。


「……んん……」


 すると、傷が癒えてからそう時間も経たないうちに、彼女の口が動いた。

 その後、直ぐにぴくぴくと瞼が動く。

 そして――ゆっくりと目が開かれた。

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