第二話 ステータス
「ぐ、ううっ……ここは……?」
目を覚ました俺は、掌に――そして主に右半身に伝わる気持ち悪い感触を覚えながらも、上半身を起こすと、きょろきょろと辺りを見回す。
「……何も見えねぇ……」
周囲一帯が常闇だった。
本当の意味で、何も見えない。
「あ、スマホ……」
スマホのライトを使おうと思った俺は、右手にべっとりと付着する化け物の血を服の裾で拭うと、右ポケットに手を突っ込む。
そうして、スマホを取り出すと、ライトをつけた。
「洞窟……なのか?」
ライトで辺りを照らすと、そこは岩肌むき出しの、まさしく洞窟と呼べるところだった。なんだか不気味な雰囲気がする。
「あ、牛刀とリュックサック」
そして、直ぐ近くには俺の持ち物である牛刀とリュックサックが転がっていた。
「さて、取りあえず立つか……ん?」
足腰に力を入れ、立ち上がろうとした俺は、ある違和感を身体に覚える。
「あれ……? 何でこんなに動きやすいんだ?」
あの時、俺は亀裂が深くなることで生まれた穴に落ちた。
生きている事さえ奇跡だと思える状況下、実感はあまり湧かないが、それなりの怪我をしている筈なので、普通なら動きは鈍くなるはずだ。
だが、今の俺はすこぶる調子がいい。今なら、体力テストの自己記録を大幅に塗り替えられると確信できるぐらいには。
「……まあいいや。取りあえず……」
それについて考えることを止めた俺は、ライトを上方向に向けて、自分が落ちて来たであろう穴を見つけることにした。
だが――
「……無い?」
自分の上に、穴なんてものは無かった。
というか、何も見えない――即ち、月明かりが一切入って来ないということは、それだけ深くまで落ちたか――はたまた、
そして穴が見当たらない以上、後者になる。なってしまう。
「……マズくね?」
今自分がどれほどヤバい状況に置かれているかに気付き、俺はすっと顔を青くした。
「と、取りあえず周囲を見てみるか……」
現実逃避したくなる気持ちを押さえながら、俺は取りあえず周囲の状況を確認しようと歩き出した。
「んな!?」
足から気持ち悪い感触を覚えた俺は、すかさずライトを下に向ける。
そして、俺は思わず息を呑んだ。
「化け物どもか……」
なんと、俺の下には3体の黒い人形の醜悪な化け物が、折り重なるようにして斃れていたのだ。
全員身体はひしゃげており、どっからどう見ても死んでいた。
身体に感じる血の感触は、あの時化け物を殺したことで浴びた血だけじゃなかったんだな……
それにしても、あの時感じた浮遊感的に、そこそこ落ちたとは思ったが……もしかしたら、こいつらがクッションになってくれたお陰で助かったのかな?
「……ん? てか、街の地下にこんな洞窟なんて無いだろ……」
そこで俺は思い出した。
あの黒い人型の醜悪な化け物が、どこから湧いて出て来たのかを――
「「「ギャギャギャ!!!」」」
足音と、聞き覚えのある鳴き声に、俺ははっとなると、音が聞こえてきた方にばっと視線を向ける。
すると、洞窟の壁から
「なっ……」
そんな非現実的な光景を前に、俺は思わず息を呑んだ。
だが、その隙に化け物どもは地に足をつけ、俺を見つけてしまった。
「「「ギャギャギャ!!!」」」
「ぎゅ、牛刀を!」
俺が地面に転がる牛刀を手に取ったのと、化け物どもが動き出したのはほぼ同時だった。
「よし!」
俺は何とか牛刀を手に取ると、柄をぎゅっと握り締める。
そして、前方から迫って来る化け物どもを見やると――逃げ出した。
「流石にあの数は無理だぁ!」
さっさと倒したい気持ちはやまやまだが、あの数とやり合うのは無謀過ぎる。
俺は道幅は広いが、迷路のように入り組んだ洞窟を、必死に走り続ける。
幸いなことに、移動速度はこっちが上!
しかも、何故か今は調子がいい。
いつも以上に速く走れる。
「……げっ マジかよ」
だが、俺は咄嗟に足を止めた。
「「「ギャギャギャ!!!」」」
何せ、前方からも同じ化け物が複数体来ているのだから――
「ちっ まあ、そりゃそうか」
壁から産み出されるのであれば、行く先々に居てもおかしくない。
てか、これ……倒さないと、無限に増え続けて、手に負えなくなるんじゃないか?
極限状態の中、辿り着いてしまったその仮説に、俺は背筋が凍ると同時に――覚悟を決めた。
「よし……やってやる!」
ライトをつけたまま、スマホをポケットの中に突っ込んだ俺は、勢いよく地を蹴ると、先頭にいる化け物目がけて、牛刀を横なぎに振った。
「ギャアア!!!」
それだけで1体の化け物が、血飛沫を上げて倒れ込む。
「んん!?」
手応えが違う。
あの時よりも……軽い?
いや、今は考えている場合じゃない!
俺は考えることを止めると、襲い掛かってくる化け物を殺し続ける。
殺す。殺す。
あれ? なんか急に動きやすくなったな。
殺す。殺す。殺す。殺す。
……ああ、また動きが良くなった。
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
ああ、また良くなった。
「……気のせいじゃ無い?」
戦いの最中であるにも関わらず、そんな言葉を口にしてしまうぐらい、自分の身体の動きはおかしくなっていた。
「いや、考えるな、考えるな!」
今は考えている場合じゃ無い。
取りあえず、ここに居る化け物を全滅させないと。
俺は自身に言い聞かせるように声を上げると、今度は後ろから追いかけて来ていた化け物を迎え撃つ。
そして、10分後――
「はぁ……一先ず、終わった、か……」
肩で息をしながら、そう呟く俺の周りには、死屍累々とした光景が広がっていた。
「……で、問題は俺の身体だな」
そう言って、俺は血に塗れた自分の身体を擦る。
今の俺は、さっき以上に調子が良い。
さっきは気のせいか……と思う程度だったが、今は絶対に何か起きていると確信できるぐらいには、調子が良いのだ。
ここでふと、俺はある仮説に思い至る。
「……レベルとか、ステータスとか……って感じかな?」
聞けば多くの人が荒唐無稽だと言うような仮説。
だが、「化け物を何体か倒すと、急に体の動きが良くなる」だなんて、ゲームやラノベでよくある”レベルアップ”の概念と全く同じだ。
自分でも疑わしい限りだが、現状それが一番しっくりくる。
「何か試す方法ねぇのかな……【ステータス】」
確かめる方法でもないのかと思った俺は、心の底から「ステータスよ! 出てくれ!」と念じるようにそう言ってみた。
すると突然、頭の中に
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【名前】川品大翔
【種族】人間
【年齢】16歳
【レベル】8
【状態】健康
【身体能力】
・体力101/131
・魔力95/95
・筋力127
・防護137
・俊敏135
【技能】
・精神強化・苦痛耐性・魔力操作
【魔法】
・水属性・闇属性
・無属性・氷属性
・時空属性
【固有魔法】
・無し
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「……マジかよ」
脳裏に浮かび上がってきたそれを見て、俺は一生分驚いたと言いたくなるような気分になった。
「何がどうなったのかは分からんけど……自然とわくわくしてくるな」
故に、こんな状況でありながらも、思わず心が躍ってしまうのだ。
「……っと。こんなことしてる場合じゃない。また奴らが来るかもしれないし、その前に、出口を見つけないと。このままじゃどの道死ぬ」
さっきの場所で待ってたところで、俺が生きている内に助けがくる確率は絶望的。
人間なんて……アテにしたら碌な事にならないのは、身に沁みて分かっているからな。
なら、このレベルアップによる能力上昇を駆使して、自力で脱出した方が賢明だろう。
水無しで人が生きられるのは、たったの3日間らしいからね
「……行くか」
そうして、俺は化け物が産み出される洞窟からの脱出を、目指す事になるのであった。
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